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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第7章 再起
128/131

第3話 地獄

 それは、突撃隊史上最悪の半年間だった。

 事の発端は、Netflixのドキュメンタリーだった。

 2億3000万人が視聴した『TAKIMOTO —— 騎士の涙』。その中で、突撃隊の戦闘映像が世界中に配信された。

 すると、世界中の格闘家たちが声を上げ始めた。

 『突撃隊の格闘術、荒すぎる』

 『基礎ができてない』

 『俺が教えてやる』

 最初に電話してきたのは、トニー・ジャーだった。

 次に、イコ・ウワイス。

 そして、なぜかジャン・クロード・ヴァンダム。

 三人は、瀧本を指導すると宣言した。

 だが、話はそこで終わらなかった。

 バンコク。突撃隊本部。局長室。

 「局長、また電話です」

 ハーパーが疲れ切った顔で言った。

 「誰だ」

 「サモ・ハン・キンポーです」

 「......誰だって?」

 「香港のアクションスター。『燃えよデブゴン』の」

 「何の用だ」

 「ジョンソンを指導したいそうです」

 局長は、天井を見上げた。

 「......断れ」

 「断りました。三回断りました」

 「それで?」

 「『じゃあ俺が直接行く』と言って、電話が切れました」

 「......」

 翌日、また電話が来た。

 「局長、ドニー・イェンです」

 「誰だ」

 「『イップ・マン』の」

 「何の用だ」

 「陳志明を指導したいそうです。同じ中国系だから、と」

 「断れ」

 「断りました。『俺は香港人だ。断られて引き下がると思うな』と言われました」

 「......」

 その翌日も。

 「局長、マイケル・ジェイ・ホワイトです」

 「誰だ」

 「『スポーン』の」

 「何の用だ」

 「マルティネスを指導したいそうです。同じアメリカ人だから、と」

 「断れ」

 「断りました。『ラテン系の格闘術をナメるな』と言われました」

 「マルティネスはラテン系だぞ」

 「それを言ったら、『だから俺が教えるんだ』と」

 「意味が分からん」

 さらに翌日。

 「局長、スコット・アドキンスです」

 「誰だ」

 「『ドクター・ストレンジ』の悪役の」

 「何の用だ」

 「ニコライを指導したいそうです。『あのロシア人の蹴りは惜しい』と」

 「断れ」

 「断りました。『イギリス人は諦めが悪い』と言われました」

 「知るか」

 その翌日も。

 「局長、ミリョク・ヤンです」

 「誰だ」

 「インドネシアのシラットマスター。イコ・ウワイスの師匠です」

 「何の用だ」

 「サラを指導したいそうです。『女性にこそシラットを』と」

 「断れ」

 「断りました。『弟子が行くなら師匠も行く』と言われました」

 「イコ・ウワイスの師匠が来るのか」

 「はい」

 「......」

 そして、極めつけ。

 「局長、ブアカーオ・バンチャメークです」

 「......誰だ」

 「ムエタイの生きる伝説です」

 「何の用だ」

 「局長を指導したいそうです」

 局長は、一瞬固まった。

 「......俺を?」

 「はい。『あの局長のムエタイ、悪くない。だが、もっと強くできる』と」

 「......」

 局長の目が、キラリと光った。

 「......いつ来る」

 「局長!?」

 「いつ来るんだ、ブアカーオは」

 「来週です」

 「分かった。迎えの準備をしろ」

 「いいんですか!?」

 「いい。ブアカーオに教わる機会など、一生に一度あるかないかだ」

 「でも、他の——」

 「全員受け入れろ」

 「は!?」

 「全員だ。来たい奴は全員来させろ」

 ハーパーは、口をあんぐり開けた。

 「正気ですか」

 「正気だ。これ以上ない訓練の機会だぞ」

 「でも——」

 「隊員たちには、俺から説明する」

 その日の夕方。

 全体集会。

 「諸君」

 局長は、全隊員を前に立っていた。

 「来週から、特別訓練を開始する」

 隊員たちは顔を見合わせた。

 「訓練の指導者は、以下の通りだ」

 局長はホワイトボードに書き始めた。

 『瀧本勝幸 —— トニー・ジャー、イコ・ウワイス、ジャン・クロード・ヴァンダム』

 『ジョンソン —— サモ・ハン・キンポー』

 『陳志明 —— ドニー・イェン』

 『マルティネス —— マイケル・ジェイ・ホワイト』

 『ニコライ —— スコット・アドキンス』

 『サラ —— ミリョク・ヤン』

 『局長 —— ブアカーオ・バンチャメーク』

 会議室が、静まり返った。

 瀧本が手を挙げた。

 「局長」

 「何だ」

 「俺だけ三人なんですけど」

 「そうだな」

 「なんでですか」

 「三人とも譲らなかったからだ」

 「......」

 「お前が一番有名だからな。皆、お前を鍛えたがっている」

 「嬉しくないです」

 「嬉しくなくても、やれ」

 ジョンソンが言った。

 「局長、サモ・ハンって、あの丸い人ですか」

 「丸いが、動きは世界最速だ」

 「......マジですか」

 「マジだ。お前の体重を活かした戦い方を教えてくれるだろう」

 「俺、そんなに太ってないんですけど」

 「筋肉だろうが脂肪だろうが、重いものは重い。活かせ」

 陳志明が言った。

 「ドニー・イェンは、詠春拳の達人ですね」

 「知っているのか」

 「『イップ・マン』は全作見ました」

 「なら話が早い。しっかり学べ」

 「了解です」

 陳志明だけが、嬉しそうだった。

 ニコライが言った。

 「スコット・アドキンスは、テコンドーか」

 「テコンドーと各種武術の融合だ。お前の蹴りを強化してくれる」

 「俺は殴る方が得意だが」

 「蹴りも覚えろ。損はない」

 「......了解」

 サラが言った。

 「私はシラットの師匠が来るのね」

 「そうだ。イコ・ウワイスの師匠だ」

 「......それ、イコ・ウワイスより強いってこと?」

 「当然だ」

 「......」

 サラの顔が青ざめた。

 マルティネスが言った。

 「マイケル・ジェイ・ホワイトって、格闘技七段とかいう人ですよね」

 「空手、テコンドー、柔術、その他諸々の有段者だ」

 「......俺、生き残れますかね」

 「生き残れ。それが訓練だ」

 瀧本が、また手を挙げた。

 「局長」

 「何だ」

 「局長は楽しそうですね」

 「楽しい」

 「俺たちは地獄なんですけど」

 「地獄の中でこそ、人は成長する」

 「......」

 「俺もブアカーオに扱かれる。お前たちだけじゃない」

 「局長は嬉しそうじゃないですか」

 「嬉しいからな」

 「......」

 瀧本は、諦めたように天井を見上げた。

 「......スヨン、お前、本当に天国で笑ってるだろ」

 一週間後。

 地獄が、始まった。

 訓練場。早朝五時。

 瀧本は、三人の男に囲まれていた。

 トニー・ジャー。タイ・アクション映画の至宝。ムエタイをベースに、アクロバティックな動きを取り入れた独自のスタイル。

 イコ・ウワイス。インドネシアの格闘スター。プンチャック・シラットの達人。

 ジャン・クロード・ヴァンダム。ベルギーの筋肉。空手とキックボクシングの融合。そして、開脚。

 「さて、瀧本」

 トニー・ジャーが言った。流暢な英語だった。

 「お前のムエタイ、見た。基礎はある」

 「局長に教わりました」

 「分かる。だが、まだ荒い。もっと滑らかに動ける」

 イコ・ウワイスが言った。

 「シラットの動きもある。だが、中途半端だ」

 「局長に教わりました」

 「分かる。だが、シラットの真髄は『流れ』だ。お前は止まりすぎている」

 ヴァンダムが言った。

 「お前の蹴り、パワーはある。だが、美しくない」

 「美しさは求めてないんですけど」

 「美しさは強さだ。美しい蹴りは、効率がいい。効率がいい蹴りは、強い」

 「......」

 「そして、お前は開脚ができていない」

 「開脚は関係ないんじゃ——」

 「開脚は全てに関係する。柔軟性は力だ」

 瀧本は、三人を見た。

 「......三人同時に教わるんですか」

 「そうだ」

 「効率悪くないですか」

 「効率はいい。俺たちが交代で教える。休む暇がないだけだ」

 「それ、効率じゃなくて地獄って言うんですけど」

 「同じことだ」

 トニー・ジャーが構えた。

 「まず、俺とやれ。ムエタイの基礎を叩き直す」

 瀧本も構えた。

 右目だけで、トニー・ジャーを見据えた。

 「来い」

 トニー・ジャーが動いた。

 速かった。

 瀧本の目では追えないほど——ではなかった。見えた。見えたのに、体が反応できなかった。

 膝が腹に入った。息が詰まった。

 肘が肩を打った。体がよろめいた。

 ローキックが足を払った。バランスを崩した。

 三秒。

 三発。

 瀧本は、マットに膝をついていた。

 「......速い」

 「速くない。お前が遅い」

 「......」

 「局長のムエタイは、パワー重視だ。だが、お前は局長ほど体格がない」

 「言わないでください」

 「だから、速さを身につけろ。速さは、体格差を埋める」

 トニー・ジャーは手を差し伸べた。

 「立て。もう一度だ」

 午前八時。

 トニー・ジャーとの訓練が終わった。

 瀧本は、汗だくで床に座り込んでいた。

 「休憩だ。十分やる」

 「十分......」

 「十分あれば十分だ」

 「十分じゃ足りないんですけど」

 「足りる。次はイコだ」

 イコ・ウワイスが前に出てきた。

 「シラットの時間だ」

 「......はい」

 「立て」

 「......」

 瀧本は、重い体を引きずるように立ち上がった。

 「シラットは、流れだ」

 イコ・ウワイスが言った。

 「攻撃と防御を分けない。全てが一つの流れになる」

 イコ・ウワイスが動いた。

 滑らかだった。

 水が流れるように。風が吹くように。

 攻撃なのか防御なのか分からない動きが、瀧本を包んだ。

 気づいたら、また床に転がっていた。

 「......何が起きたんですか」

 「流れだ」

 「流れ?」

 「お前は、攻撃と防御を分けている。だから、隙ができる」

 「......」

 「流れの中で動け。止まるな。考えるな。感じろ」

 「ブルース・リーみたいなこと言いますね」

 「ブルース・リーは正しい」

 正午。

 イコ・ウワイスとの訓練が終わった。

 瀧本は、床に大の字になっていた。

 「昼飯だ。三十分やる」

 「三十分......」

 「食え。午後はヴァンダムだ」

 「......」

 瀧本は、食堂に這うように移動した。

 食堂では、他の隊員たちも死んだ顔で座っていた。

 ジョンソンは、テーブルに突っ伏していた。

 「サモ・ハン、動きが速すぎる......」

 「体重百キロ超えてるのに、なんであんなに動けるんだ......」

 「物理法則を無視してる......」

 ニコライは、足を引きずっていた。

 「スコット・アドキンスの蹴り、見えない」

 「見えるのに避けられない」

 「これが映画スターか......」

 陳志明だけが、輝いた目をしていた。

 「ドニー・イェン、最高です」

 「詠春拳の連打、本物を見ました」

 「感動しました」

 全員が、陳志明を睨んだ。

 「お前だけ楽しそうだな」

 「楽しいです」

 「......」

 サラは、腕を押さえていた。

 「ミリョク・ヤン、容赦がない」

 「六十代なのに、私より速い」

 「シラットの師匠、怖い」

 マルティネスは、肋骨を押さえていた。

 「マイケル・ジェイ・ホワイト、パワーがやばい」

 「俺より体格いいのに、俺より速い」

 「不公平だ」

 瀧本が食堂に入ってきた。

 全身ボロボロだった。

 「瀧本、大丈夫か」

 「大丈夫じゃない」

 「三人相手は、やっぱりきついか」

 「きついどころじゃない。死にそう」

 「......」

 「午後はヴァンダムだ」

 「ヴァンダム......」

 「開脚を教えるらしい」

 「開脚?」

 「柔軟性は力らしい」

 「......頑張れ」

 「頑張るしかない」

 午後一時。

 ヴァンダムとの訓練が始まった。

 「さて、瀧本」

 ヴァンダムが言った。ベルギー訛りの英語だった。

 「まず、開脚だ」

 「開脚......」

 「やれ」

 「......」

 瀧本は、足を広げた。

 限界まで広げた。

 「それだけか」

 「それだけです」

 「全然足りない」

 「足りないと言われても」

 「もっと広げろ」

 「これ以上は無理です」

 「無理ではない」

 ヴァンダムが、瀧本の背中を押した。

 「いたたたたたた!!」

 「これくらいで悲鳴を上げるな」

 「裂ける! 股が裂ける!!」

 「裂けない。裂ける前に伸びる」

 「伸びない! 伸びないです!!」

 ヴァンダムは、容赦なく押し続けた。

 「いいか、瀧本」

 「いたたたたた!!」

 「柔軟性は、蹴りの高さを決める」

 「高い蹴りは要らないです!!」

 「要る。高い蹴りは美しい」

 「美しさは要らない!!」

 「美しさは強さだと言っただろう」

 「強さも要らない!! 今は!!」

 午後三時。

 柔軟訓練が終わった。

 瀧本は、床に溶けていた。

 「次は蹴りだ」

 「......まだあるんですか」

 「当然だ。開脚は準備運動だ」

 「準備運動......」

 「立て」

 「......」

 瀧本は、震える足で立ち上がった。

 「俺の蹴りを見ろ」

 ヴァンダムが蹴った。

 回し蹴り。高い。美しい。

 「これが、540度回転蹴りだ」

 「540度......」

 「一回転半だ」

 「実戦で使いますか?」

 「使う」

 「本当に?」

 「本当だ。かっこいいからな」

 「かっこよさで蹴りを選ぶんですか」

 「当然だ。かっこいいことは、正義だ」

 瀧本は、天を仰いだ。

 「......この人、頭おかしい」

 「聞こえてるぞ」

 「聞こえてます」

 「ならいい。さあ、やれ」

 「やるんですか」

 「やる。できるまでやる」

 夜八時。

 訓練が終わった。

 瀧本は、ロッカールームで死んでいた。

 体中が痛い。

 筋肉が悲鳴を上げている。

 股関節が外れそうだ。

 「......地獄だ」

 呟いた。

 だが、不思議と嫌ではなかった。

 考える暇がなかった。

 スヨンのことを考える暇がなかった。

 悲しむ暇がなかった。

 ただ、体を動かして、殴られて、蹴られて、転がされて、伸ばされて。

 気づいたら、一日が終わっていた。

 シャワーを浴びて、食堂に行った。

 全員が、同じような顔をしていた。

 疲れ切った顔。でも、どこか晴れ晴れとした顔。

 「明日もあるぞ」

 ジョンソンが言った。

 「知ってる」

 「半年間だぞ」

 「知ってる」

 「生き残れるか」

 「生き残る。死ぬ気はない」

 瀧本は、メンソールに火をつけた。

 「生きる気満々だ」

 半年後。

 訓練は、終わった。

 瀧本勝幸は、別人になっていた。

 ムエタイの速さ。

 シラットの流れ。

 そして、540度回転蹴り。

 「使う機会あるのか、これ」

 「ある」

 ヴァンダムが言った。

 「いつか、必ず使う時が来る」

 「来ますかね」

 「来る。俺が保証する」

 トニー・ジャーが、瀧本の肩を叩いた。

 「よくやった」

 「ありがとうございます」

 「お前は、もう荒くない」

 「......」

 「滑らかだ。速い。強い」

 イコ・ウワイスが言った。

 「流れを掴んだな」

 「掴めました」

 「もう、止まらないだろう」

 「止まりません」

 ヴァンダムが言った。

 「開脚もできるようになった」

 「......はい」

 「股、裂けなかっただろう」

 「裂けませんでした」

 「だから言った」

 三人は、瀧本と握手を交わした。

 「また会おう」

 「はい」

 「次に会う時は、お前はもっと強くなっているだろう」

 「なります」

 「楽しみだ」

 他の隊員たちも、別人になっていた。

 ジョンソンは、体重を活かした戦い方を身につけた。

 サモ・ハン直伝の、重くて速い戦闘スタイル。

 ニコライは、蹴りを覚えた。

 スコット・アドキンス直伝の、見えない蹴り。

 陳志明は、詠春拳を極めた。

 ドニー・イェン直伝の、連打の嵐。

 サラは、シラットの達人になった。

 ミリョク・ヤン直伝の、流れる格闘術。

 マルティネスは、総合格闘家になった。

 マイケル・ジェイ・ホワイト直伝の、何でもありのスタイル。

 そして、局長。

 ブアカーオとの訓練を終えた局長は、満面の笑みを浮かべていた。

 「最高だった」

 「そうですか」

 「ブアカーオは、本物だ」

 「そうですか」

 「また来てほしい」

 「......」

 隊員たちは、局長を見た。

 「局長だけ、楽しんでましたよね」

 「楽しんだ」

 「俺たちは地獄だったんですけど」

 「地獄の中で、お前たちは成長した」

 「......」

 「見ろ。全員、別人だ」

 局長は、隊員たちを見渡した。

 「これが、半年間の成果だ」

 「......」

 「お前たちは、世界最強の格闘家たちに鍛えられた」

 「......」

 「もう、敵はいない」

 瀧本は、自分の拳を見た。

 半年前とは、違う拳だった。

 硬い。速い。強い。

 「......スヨン」

 呟いた。

 「俺、強くなったぞ」

 窓の外では、夕日が沈んでいた。

 オレンジ色の光が、訓練場を照らしていた。

 半年間の地獄が、終わった。

 そして、新しい戦いが、始まろうとしていた。

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