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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第7章 再起
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幕間 葬送


 王立病院。

 黒塗りの車列が到着した。

 先導車。警護車。そして、王室の紋章を掲げた車。

 国王陛下の車列だった。

 病院の玄関で、局長が出迎えた。

 最敬礼。

 「陛下。お越しいただき、光栄です」

 国王は車を降りた。

 穏やかな表情。だが、目には憂いがあった。

 「瀧本の容態は」

 「安定しております。意識も戻りました」

 「そうか。会いたい」

 「はい。ご案内いたします」

 ICU。

 局長が、病室のドアを開けた。

 「瀧本、陛下がお見えに——」

 言葉が止まった。

 ベッドは、空だった。

 シーツが乱れている。点滴のスタンドが残されている。窓から、朝の光が差し込んでいる。

 だが、瀧本はいなかった。

 局長は、数秒間、固まっていた。

 「......瀧本」

 呟いた。

 「あの馬鹿野郎、どこに——」

 国王が、局長の横に立った。

 空のベッドを見た。

 「いないのか」

 「申し訳ありません、陛下。瀧本は——」

 国王は、小さく笑った。

 「いい」

 「陛下?」

 「あの男らしい」

 国王は、空のベッドを見つめた。

 「じっとしていられない男だ。撃たれても、倒れても、立ち上がる」

 「......」

 「見舞いに来た私より、先に動いていたか」

 局長は、頭を下げた。

 「申し訳ありません。必ず見つけ出して——」

 「追うな」

 「陛下?」

 「追うな。あの男には、あの男の戦い方がある」

 国王は、窓の外を見た。

 「今日は、葬儀だな」

 「はい。キム・スヨンの葬儀です」

 「瀧本は、出るだろう」

 「......はい。必ず」

 「なら、そこで会える」

 バンコク郊外。王室墓地。

 空は曇っていた。

 灰色の雲が、低く垂れ込めている。

 墓地の入口には、警備が敷かれていた。

 突撃隊の隊員たち。白い制服。黒い腕章。

 報道陣は、遠くに規制されていた。

 だが、望遠レンズが、墓地の中を狙っていた。

 墓地の中央。

 白い棺が、置かれていた。

 花で囲まれている。白い花。スヨンが好きだった花。

 棺の前に、椅子が並べられていた。

 突撃隊の隊員たち。全員が、白い制服を着ていた。

 ジョンソン。マルティネス。ニコライ。サラ。陳志明。

 アブドゥル。ピーター。ンゴマ。アレクセイ。

 ハーパー。ルノー。ミュラー。

 レイチェル。ナターシャ。ラッタナー。

 ナリン。ファリダ。

 そして、新しい隊員たち。

 全員が、黙って座っていた。

 誰も、言葉を発しなかった。

 車椅子が、静かに近づいてきた。

 瀧本だった。

 白い制服。黒い眼帯。

 顔は蒼白だった。唇は乾いている。目の下には深い隈。

 だが、座っていた。椅子ではなく、車椅子に。

 車椅子を押しているのは、局長だった。

 全員が、瀧本を見た。

 瀧本は、誰も見なかった。

 ただ、棺だけを見ていた。

 車椅子が、棺の前で止まった。

 瀧本は、棺を見上げた。

 白い棺。白い花。

 その中に、スヨンがいる。

 「......スヨン」

 声が掠れていた。

 葬儀が、始まった。

 僧侶が経を読んだ。

 香の煙が、灰色の空に立ち昇っていった。

 局長が、弔辞を読んだ。

 「キム・スヨン。享年二十八歳」

 「彼女は、我々の仲間だった」

 「通信担当として、幾多の作戦を支えた」

 「そして、瀧本勝幸の婚約者だった」

 局長の声は、淡々としていた。

 だが、紙を持つ手が、かすかに震えていた。

 「彼女は、結婚式の日に命を落とした」

 「白いドレスを着て。愛する男の前で」

 「彼女の死は、我々の失態だ。我々が、守れなかった」

 局長は、瀧本を見た。

 瀧本は、棺を見つめていた。表情は、読めなかった。

 「だが、彼女は笑っていた」

 「最後の瞬間まで、笑っていた」

 「瀧本に、『愛してる』と言った」

 「それが、彼女の最後の言葉だった」

 局長は、弔辞を畳んだ。

 「キム・スヨン。安らかに眠れ」

 「お前は、我々の誇りだ」

 その時。

 車列の音が聞こえた。

 全員が振り向いた。

 黒塗りの車が、墓地に入ってきた。

 王室の紋章。

 国王陛下だった。

 全員が立ち上がった。

 瀧本も、車椅子から立ち上がろうとした。

 足が震えた。膝が折れそうになった。

 局長が、瀧本の腕を支えた。

 「座っていろ」

 「でも、陛下が——」

 「陛下も、そう望んでいる」

 国王が、車から降りた。

 黒い服を着ていた。喪服だった。

 側近たちが従っていた。

 だが、国王は手を上げて、彼らを止めた。

 一人で、棺に向かって歩いてきた。

 棺の前で、国王は立ち止まった。

 白い棺を見下ろした。

 白い花を見た。

 「キム・スヨン」

 国王の声は、静かだった。

 「私は、あなたに感謝している」

 全員が、息を呑んだ。

 「あなたは、瀧本を支えてくれた」

 「あの男は、強い。だが、一人では脆い」

 「あなたがいたから、あの男は戦えた。笑えた。生きられた」

 国王は、棺に手を置いた。

 「あなたの死は、この国の損失だ」

 「だが、あなたが守ったものは、消えない」

 「あなたが愛した男は、生きている。これからも、戦い続ける」

 国王は、瀧本を見た。

 瀧本は、車椅子に座ったまま、国王を見上げていた。

 右目から、涙が流れていた。

 声は出なかった。出せなかった。

 国王は、瀧本の前に歩み寄った。

 そして、瀧本の肩に手を置いた。

 「瀧本」

 「......陛下」

 「泣いていいのだ」

 「......」

 「強い男ほど、泣くべき時に泣けない。だが、今日は泣いていい」

 「......」

 「これは、命令だ」

 瀧本の目から、涙が溢れた。

 止められなかった。

 声を殺して、泣いた。

 国王は、何も言わなかった。

 ただ、瀧本の肩に手を置いたまま、立っていた。

 灰色の空から、雨が降り始めた。

 静かな雨だった。

 涙のような雨だった。

 葬儀が、終わった。

 棺が、地中に降ろされていく。

 白い花が、棺の上に投げ入れられていく。

 瀧本は、最後まで見ていた。

 棺が見えなくなるまで。

 土が被せられるまで。

 墓標が立てられるまで。

 『キム・スヨン』

 『1998 - 2026』

 『愛と勇気を持って生きた人』

 瀧本は、墓標を見つめていた。

 雨が、顔を濡らしていた。

 涙なのか、雨なのか、分からなかった。

 「スヨン」

 呟いた。

 「俺は、生きる」

 それだけ言って、瀧本は目を閉じた。

 夕方。

 墓地には、瀧本だけが残っていた。

 車椅子に座ったまま、墓標を見つめていた。

 雨は止んでいた。雲の切れ間から、夕日が差し込んでいた。

 足音が聞こえた。

 局長だった。

 「瀧本」

 「局長」

 「帰るぞ」

 「......はい」

 局長は、車椅子の後ろに立った。

 「今日、陛下が病院に来た」

 「聞きました」

 「お前がいなかった」

 「......すみません」

 「陛下は、笑っていた」

 「......」

 「『あの男らしい』と」

 瀧本は、小さく笑った。

 「陛下は、優しいですね」

 「優しい。だから、この国の王だ」

 局長は、車椅子を押し始めた。

 「明日から、訓練だ」

 「訓練?」

 「トニー・ジャーたちが来る」

 「......ああ、あれですか」

 「あれだ。地獄の半年間が始まる」

 「......」

 瀧本は、空を見上げた。

 夕焼けが、灰色の雲を染めていた。

 「......ちょうどいい」

 「何がだ」

 「考える暇がなくなる」

 「......」

 「殴られて、蹴られて、転がされて。そうしてる間は、何も考えなくていい」

 局長は、何も言わなかった。

 ただ、車椅子を押し続けた。

 墓地を出る時、瀧本は一度だけ振り返った。

 スヨンの墓標が、夕日に照らされていた。

 白い花が、風に揺れていた。

 「じゃあな、スヨン」

 呟いた。

 「また来る」

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