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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第7章 再起
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第1話 後始末


 結婚式襲撃事件から、三日が経った。

 バンコク。王室犯罪対策局本部。

 局長室。

 局長は、机の上に積まれた書類を見つめていた。

 報告書。損害リスト。死傷者名簿。メディア対応記録。外交文書。

 三日で、これだけ溜まった。

 窓の外は、晴れていた。

 皮肉なほどに、良い天気だった。

 「局長」

 ドアがノックされた。

 「入れ」

 ハーパーが入ってきた。参謀室の筆頭。

 その後ろに、ルノーとミュラーが続いた。

 三人とも、顔色が悪かった。

 この三日間、ほとんど眠っていない。局長も同じだった。

 「会議を始めます」

 ハーパーが言った。

 「まず、被害状況の最終確認から」

 会議室。

 ホワイトボードには、数字が並んでいた。

 『結婚式襲撃事件 被害状況』

 『敵戦力:43名』

 『無力化:43名(全滅)』

 『味方負傷者:7名』

 『 軽傷:4名(復帰済み)』

 『 中傷:2名(全治1〜2ヶ月)』

 『 重傷:1名(瀧本勝幸・ICU)』

 『死亡:1名』

 『 キム・スヨン(通信担当・アルファチーム)』

 『物的損害』

 『 式場:全壊』

 『 車両:3台損傷』

 『 航空機:UH-1H 1機(緊急修理中)』

 『 バイク:BMW R1250 GS Adventure 1台(全損・焼失)』

 局長は、その数字を見つめた。

 「瀧本のバイクは、全損か」

 「はい。ヘリの墜落時に巻き込まれて、炎上しました」

 ミュラーが答えた。

 「修理は不可能です」

 局長は、小さく息を吐いた。

 あのバイクは、瀧本の象徴だった。白バイ。何度も戦場を駆け抜けた相棒。

 それが、灰になった。

 「代わりのバイクは」

 「手配中です。同型のR1250 GS Adventureを発注しました」

 「納期は」

 「三週間です」

 「遅い」

 「申し訳ありません。白塗装の特注なので」

 局長は頷いた。

 三週間。瀧本がベッドから起き上がれるようになる頃には、届くだろう。

 届かなければ、意味がない。

 「次に、組織の状況です」

 ハーパーがファイルを開いた。

 「現在の突撃隊、稼働人員は以下の通りです」

 『アルファチーム:6名稼働可能』

 『 ジョンソン、マルティネス(軽傷)、アブドゥル、ピーター、陳志明、新隊員5名』

 『 瀧本(ICU)、ヨナタン(全治2ヶ月)、スヨン(死亡)は除外』

 『ブラボーチーム:5名稼働可能』

 『 ニコライ(軽傷)、サラ(軽傷)、アレクセイ(軽傷)、ンゴマ、ジェームズ、新隊員4名』

 『参謀室:3名』

 『 ハーパー、ルノー、ミュラー』

 『支援班:5名』

 『 レイチェル、ナターシャ、ラッタナー、ナリン、ファリダ』

 「合計、戦闘要員18名。支援要員8名」

 ハーパーは言った。

 「ただし、精神的なダメージは全員にあります」

 局長は腕を組んだ。

 「当然だ」

 「はい」

 「スヨンが死んだ。瀧本が倒れた。結婚式が血の海になった」

 「......」

 「誰だって、傷つく」

 ルノーが口を開いた。

 「局長、一つ提案があります」

 「何だ」

 「全員に、一週間の休暇を与えてはどうでしょうか」

 「休暇?」

 「はい。スヨンの葬儀の後、一週間。心身を休める時間を」

 局長は、しばらく考えた。

 「却下だ」

 「なぜですか」

 「休んでも、傷は癒えない」

 「......」

 「むしろ、何もしない時間が、傷を深くする」

 局長は立ち上がった。窓に向かって歩いた。

 「葬儀の後、通常任務に戻す」

 「しかし......」

 「ただし、大規模作戦は当面なし。日常的なパトロール、書類仕事、訓練。体を動かすことで、心を保つ」

 「......」

 「何もしないより、動いていた方がいい。それは、俺が一番よく知っている」

 ハーパーとルノーは、顔を見合わせた。

 ミュラーは、黙ってメモを取っていた。

 「了解しました」

 ハーパーが言った。

 「葬儀後、通常任務を再開します」

 「次の議題です」

 ハーパーが続けた。

 「王宮への報告」

 局長は振り向いた。

 「陛下には、すでに報告した」

 「はい。ただ、正式な書面での報告が必要です」

 「分かっている」

 「それと......」

 ハーパーは、少し言いづらそうにした。

 「陛下から、伝言があります」

 「伝言?」

 「『瀧本勝幸に、見舞いに行きたい』と」

 局長は、目を見開いた。

 「陛下が、直接?」

 「はい」

 「病院に?」

 「はい」

 「......」

 局長は、天井を見上げた。

 「陛下は、本当に瀧本を気に入っているな」

 「そのようです」

 「見舞いの日程は」

 「明後日。葬儀の後です」

 「分かった。手配しろ」

 「了解しました」

 「最後の議題です」

 ハーパーが言った。

 「瀧本の今後について」

 局長は、椅子に座り直した。

 「瀧本は、どうなる」

 「医師の見解では、身体的には回復可能です」

 「どのくらいで」

 「全治三ヶ月。ただし、左目の視力は戻りません」

 「分かっている」

 「リハビリを経て、戦闘任務に復帰できる可能性はあります」

 「可能性、か」

 ルノーが口を挟んだ。

 「問題は、精神面です」

 「......」

 「スヨンを失った。目の前で、殺された。その傷は、三ヶ月では癒えません」

 「......」

 「最悪の場合、瀧本は復帰できないかもしれません」

 局長は、黙っていた。

 しばらくの沈黙の後、口を開いた。

 「瀧本は、復帰する」

 「何を根拠に」

 「あいつは、そういう男だ」

 「......」

 「スヨンを失っても、左目を失っても、立ち上がる。立ち上がらずにいられない」

 「......」

 「それが、あいつの業だ」

 ミュラーがメモを取る手を止めた。

 「業、ですか」

 「ああ。柏木は、認められたくて壊れた。瀧本は、守りたくて戦う。根っこが違う」

 「......」

 「瀧本は、守れなかったことを悔いている。だが、それで終わらない」

 「......」

 「あいつは、次を守ろうとする。同じ悲劇を、繰り返させまいとする」

 局長は、窓の外を見た。

 「問題は、それまでの時間だ」

 「時間?」

 「立ち上がるまでの時間。その間、あいつが壊れないようにすること」

 「どうすれば」

 「......分からん」

 局長は、正直に言った。

 「俺にも、分からん。ただ、傍にいることしかできん」

 「......」

 「手を握ることしか、できん」

 会議は、終わった。

 ハーパー、ルノー、ミュラーが退室した後、局長は一人で残った。

 机の上の書類を見つめた。

 死傷者名簿。その一番上に、キム・スヨンの名前があった。

 「スヨン......」

 局長は、呟いた。

 「お前は、いい隊員だった。いい女だった。瀧本を、幸せにしてくれた」

 窓の外で、鳥が鳴いていた。

 「葬儀は、明後日だ。ちゃんと、送ってやる」

 同じ頃。

 病院。ICU。

 瀧本勝幸は、天井を見つめていた。

 右目だけが、世界を映していた。

 左目は、包帯に覆われている。光を感じることすら、できない。

 体は、まだ動かなかった。

 動かそうとすると、全身に激痛が走る。

 だから、天井を見つめるしかなかった。

 「スヨン......」

 呟いた。

 返事は、なかった。

 もう、永遠に返事はない。

 右手が、シーツを握り締めた。

 指が震えていた。

 「俺は......」

 言葉が、続かなかった。

 何を言えばいいのか、分からなかった。

 何を考えればいいのか、分からなかった。

 ただ、天井を見つめていた。

 白い天井。

 何も映らない天井。

 スヨンの笑顔が、浮かんでは消えた。

 スヨンの声が、聞こえては消えた。

 「前を向いて、生きて」

 夢の中で、スヨンはそう言った。

 前を向く。

 生きる。

 分かっている。

 分かっているのに、体が動かない。

 心が、動かない。

 「俺は......」

 また、言葉が止まった。

 涙が、右目から流れた。

 枕が、濡れていく。

 声を出さずに、瀧本は泣いていた。

 廊下の向こうで、看護師が医師と話していた。

 「瀧本さん、今日も何も食べていません」

 「点滴は」

 「続けています。でも、このままでは......」

 「精神的なケアが必要だ。心療内科に連絡を」

 「了解しました」

 瀧本は、その会話を聞いていた。

 聞こえていた。

 だが、どうでもよかった。

 食べる気力がなかった。

 生きる気力が、分からなかった。

 「生きる」と言った。

 「前を向く」と言った。

 だが、どうやって。

 分からなかった。

 その時。

 ドアが開いた。

 「瀧本」

 声がした。

 局長の声だった。

 瀧本は、首を動かそうとした。痛みが走った。だが、少しだけ動かせた。

 視界の端に、局長の姿が見えた。

 「......局長」

 「来たぞ」

 「......」

 「何もしに来たわけじゃない。ただ、顔を見に来た」

 局長は、ベッドの横の椅子に座った。

 「食ってないらしいな」

 「......食欲がない」

 「そうか」

 「......」

 「無理に食えとは言わん」

 局長は、窓の外を見た。

 「明後日、スヨンの葬儀だ」

 「......ああ」

 「出るんだろう」

 「出る」

 「そうか」

 沈黙が流れた。

 「局長」

 「何だ」

 「俺は......」

 瀧本の声が、震えた。

 「俺は、生きると言った。前を向くと言った」

 「......」

 「でも、どうすればいいか、分からない」

 「......」

 「体が動かない。心が動かない。何も、分からない」

 局長は、瀧本を見た。

 「分からなくていい」

 「......」

 「今は、分からなくていい」

 「......」

 「分かるまで、待てばいい」

 瀧本は、天井を見つめた。

 「待つ、か」

 「ああ。焦るな。急ぐな」

 「......」

 「お前は、もう十分戦った。十分走った。十分傷ついた」

 「......」

 「今は、休め。それだけでいい」

 瀧本の右目から、また涙が流れた。

 「俺は......弱いな」

 「弱くない」

 「弱い。こんなに、弱い」

 「弱くない」

 局長は、瀧本の手を握った。

 「お前は、強い。強すぎる」

 「......」

 「だから、弱くなることを恐れている」

 「......」

 「でも、弱くなっていいんだ。泣いていいんだ。動けなくていいんだ」

 「......」

 「それでも、お前は瀧本勝幸だ。俺の部下だ。タイの騎士だ」

 瀧本は、声を殺して泣いた。

 局長は、何も言わずに手を握り続けた。

 窓の外で、日が傾き始めていた。

 オレンジ色の光が、病室に差し込んでいた。

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