第12話 尋問
一月の午後、ウドンターニーの空は青すぎる。
乾季の終わりに近い。日差しが地面を焼くように照らしながら、夕方に近づくにつれ決まって風が出る。気まぐれな南国の風で、止まったと思えばまた吹く。木の葉が揺れ、洗濯物が揺れ、そのリズムがどこか日本のものと違う。
柏木勇気はシェルターの庭の隅に椅子を出して煙草を吸っていた。脇腹の縫合から四日。アレクセイに「今日まで安静」と言い渡された、その今日の午後だ。
門が動いた。
若い女性が入ってくる。私服を着ているが、背筋の伸び方と顎の角度が制服の人間のそれだ。手帳を持ち、庭に踏み込んで柏木を見た瞬間、足が止まる。ショルダーホルスターに視線が落ち、それから柏木の顔に上がった。右目だけが動く顔と目が合い、驚きが走ったが一瞬で飲み込んだ。その速さに、この人間の芯の硬さが滲んでいた。
柏木は煙草を吸ったままでいた。
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「柏木勇気さんですか」
タイ語だった。
柏木は答えなかった。
「日本語で話せますか」
今度は日本語だった。訛りはあるが、正確な言葉を選んでいる。
「話せます」
「ウドンターニー県警のファリダー・チャンチャイと申します」
「どうぞ」
正面の椅子を顎で示した。ファリダーは少し間を置いてから座り、手帳を膝に開いてペンを持った。
「確認させてください。数日前の夜、サーン・トーンカムの本拠地付近にいましたか」
「いました」
「銃を使用しましたか」
「ノーコメントです」
ペンが止まった。
「それは」
「答えられません」
「なぜですか」
「答えられないからです」
短い沈黙が落ちた。ファリダーは次の角度を探しながら、ペンを持ったままでいた。
「プラチャー警部補との関係を教えてもらえますか」
「ノーコメントです」
「チャイロン少佐との関係は」
「同じです」
「あなたの職業は」
「NGOのコンサルタントです。ビザに書いてあります」
「それ以前の職業は」
「公開されている情報以上はお答えできません」
ファリダーは手帳を見た。何も書けていなかった。壁を叩いているのと変わらない。それでもペンを置かなかった。
「被害者の女性と子どもたちについて、何か知っていますか」
「知りません」
「このシェルターに保護されていますね」
「スッティンさんに聞いてください」
「スッティンさんは不在です」
「では戻るまで待ってください」
ファリダーは顔を上げ、柏木を正面から見た。柏木の目線は庭の向こうを向いていた。ファリダーを見ていなかった。煙草の煙が細く上がって、風に乗って消えていく。
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しばらく沈黙が続いた。
風が吹いた。庭の洗濯物が揺れる。その中に小さいものがある。子どもの服が午後の光を受けて白く揺れていた。
ファリダーもそれを見た。その瞬間だけ、刑事の目ではなくなった。ほんの一瞬。
「一つだけ聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「あなたは何のためにここにいるのですか」
煙草を持ったまま、少し間を置く。
「個人的な理由です」
「それ以上は」
「言えません」
ファリダーは手帳を閉じた。開いたまま持っていても、何も書けなかった。
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「逮捕しないのですか」
柏木の方から言った。
ファリダーの表情がわずかに動いた。
「証拠の整理が必要です」
「そうですか」
「……あなたを逮捕すべき理由があるかもしれません。調べています」
「そうしてください」
柏木は煙草を灰皿に押しつけた。
「何か他に」
「今のところは以上です」
「ではまたどうぞ」
ファリダーは立ち上がり、手帳をバッグにしまった。帰り際に一度だけ振り返った。
「一つだけ。あなたのことを調べます」
「どうぞ」
「邪魔をするつもりではありません。ただ知りたいんです。あなたが何者なのか」
柏木はその言葉を聞いた。
何も言わなかった。
ファリダーは門から出ていった。背筋が伸びて、顎が上がっている。来た時と変わらない歩き方だ。ただ手帳には何も書けなかった。それだけが違った。
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夜、アレクセイが庭に来た。
隣に座り、煙草に火をつける。しばらく二人で夜空を見ていた。
「警察官が来ていたな」
「新米だ」
「何を聞かれた」
「色々と」
「答えたか」
「ほとんど答えなかった」
アレクセイは煙草を吸った。風が吹いて、二人分の煙が同じ方向に流れていく。
「賢い」
「당연하지」
「それは何語だ」
「韓国語だ。当たり前だ、という意味だ」
「訓練で覚えたのか」
柏木は答えなかった。
アレクセイはそれ以上聞かなかった。
「彼女はまた来る」
「来るだろう」
「今度も同じか」
「同じだ」
「それで諦めるかな」
柏木は新しい煙草に火をつけた。
「諦めない。歩き方を見れば分かる」
アレクセイは少し笑った。それから静かになった。虫の音がうるさい。遠くでバイクの音がして、消えた。
「特殊作戦群の人間は、みんなそうやって人を読むのか」
柏木は答えなかった。
煙草の煙が夜気に溶けていく。
子どもの服はもう取り込まれていた。その場所だけ、洗濯竿が空になっていた。
七歳の女の子が昨日、一度だけ笑った。ノックから聞いていた。
それだけで十分だった。




