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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第6章 灰
119/130

幕間 遺書

---


 バンコク市内のホテル。


 Netflixの制作チームが、会議室に集まっていた。


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 テーブルの上には、資料が散乱している。


 写真。インタビューの書き起こし。作戦の記録。


 そして、一枚の紙。


---


 マリー・デュボアの死刑執行報告書。


---


 「......これで、三人だ」


 プロデューサーのマイケル・チェンが、椅子の背にもたれた。


 「柏木勇気。藤原誠一。マリー・デュボア。二週間で、三人が死んだ」


---


 脚本家のサラ・ミラーは、報告書を見つめていた。


 「マリーは、柏木を愛していた。柏木が死んで、柏木の戦い方を真似て、瀧本を殺そうとした。そして、処刑された」


 「......」


 「これを、どう描けばいい? 視聴者は、これを見て、何を感じればいい?」


---


 ディレクターのジェームズ・パークは、窓の外を見ていた。


 バンコクの街並みが、眼下に広がっている。


---


 「俺たちは、最初、これをエンターテインメントだと思っていた」


 「......」


 「瀧本勝幸。24発撃たれても死なない男。ダイ・ハードの日本版。それを映像化すれば、ヒットする」


 「......」


 「でも、これは、そんな軽い話じゃなかった」


---


 マイケルが、テーブルに両手をついた。


---


 「三日前、俺は瀧本にインタビューした」


 全員が、マイケルを見た。


 「藤原のこと、マリーのこと、聞いた」


 「何て言ってた」


 「『俺が連れていった。俺の責任だ』。それだけだ」


 「......」


 「あの男の目を見た。空っぽだった。何も映してなかった」


---


 サラが、資料を閉じた。


---


 「私たちは、この物語を、正しく伝えなければいけない」


 「正しく?」


 「ええ。エンターテインメントとしてだけじゃなく。人間の物語として」


---


 ジェームズが振り返った。


---


 「やり直しだ」


 「え?」


 「脚本、全部やり直しだ。最初から書き直す」


 「でも、もう撮影は......」


 「撮影も止める。一から作り直す」


---


 マイケルが、眉をひそめた。


---


 「予算は? スケジュールは?」


 「知るか。これは、そういう問題じゃない」


 「......」


 「俺たちは、人の死を扱っている。軽く扱ったら、その人たちに失礼だ」


---


 サラが、頷いた。


---


 「同感よ。藤原誠一は、守ろうとして死んだ。マリー・デュボアは、愛した男を追って、道を誤った。柏木勇気は......」


 「柏木は?」


 「柏木は、何だったんだろう。英雄? 悪役? 被害者?」


---


 誰も、答えられなかった。


---


---


---


---


 同じ日。


 突撃隊本部。


---


 局長は、執務室で一人だった。


---


 机の上に、一通の封筒が置かれていた。


 古い封筒だった。端が少し黄ばんでいる。


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 柏木勇気の私物を整理している時に、見つかったものだった。


---


 封筒の表には、こう書かれていた。


---


 『遺書』


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---


 局長は、しばらく、その封筒を見つめていた。


 開けるべきか、開けざるべきか。


 迷った。


---


 だが、結局、封を切った。


---


 中から、数枚の便箋が出てきた。


 柏木の筆跡だった。丁寧で、几帳面な字。


---


---


 局長は、読み始めた。


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---


---


 『この手紙を読んでいるということは、私はもう死んでいるのだろう。


 どのような死に方をしたのかは分からない。任務中に死んだのか、それとも、別の理由で死んだのか。


 いずれにしても、私は、いくつかのことを記録しておきたいと思った。


 誰かに理解してもらいたいわけではない。ただ、記録として残しておきたいだけだ。』


---


---


 『私は、壊れていた。


 いつから壊れていたのか、自分でも分からない。


 だが、振り返ってみれば、聖域作戦の後からだったように思う。』


---


---


 局長は、ページをめくった。


---


---


 『聖域作戦。


 私たちは、人身売買組織「聖域」を壊滅させた。数百人の被害者を救出した。組織の幹部を逮捕し、あるいは射殺した。


 あの作戦は、私の人生で最も充実した時間だった。


 毎日が戦いだった。毎日が、命をかけた任務だった。


 私は、必要とされていた。頼られていた。称賛されていた。


 「柏木がいるから大丈夫だ」。そう言われるたびに、私は自分の存在意義を感じた。』


---


---


 『だが、聖域作戦が終わると、全てが変わった。


 大規模な任務はなくなった。日常的な業務が中心になった。書類仕事。連絡調整。会議。


 私は、必要とされなくなった。


 いや、正確には、必要とされ方が変わったのだ。


 戦場での英雄ではなく、組織の管理者として必要とされるようになった。


 私は、それに耐えられなかった。』


---


---


 局長は、読み続けた。


---


---


 『私は、戦うことに魅了されていた。


 それを認めるのは、恥ずかしいことだ。


 正義のために戦っていると思っていた。タイの人々を守るために戦っていると思っていた。


 だが、本当は違った。


 私は、戦うこと自体に魅了されていた。


 銃を撃つ感覚。敵を倒す達成感。仲間から向けられる尊敬の眼差し。


 それらが、私を生かしていた。』


---


---


 『聖域作戦の後、私は何度も思った。


 次の大規模作戦は、いつだろう。


 次の戦いは、いつ来るのだろう。


 だが、来なかった。


 平和が続いた。日常が続いた。


 私は、平和に耐えられなかった。』


---


---


 局長は、ページをめくる手を止めた。


 深いため息をついた。


---


 「......柏木」


---


 呟いた。


---


 「お前は、平和を守るために戦っていたんじゃなかったのか」


---


---


 次のページを読んだ。


---


---


 『瀧本勝幸という男が入ってきた時、私は嫉妬した。


 あの男は、私とは違った。


 戦うことに魅了されていなかった。ただ、守りたいから戦っていた。


 称賛を求めていなかった。ただ、目の前の人間を助けたいだけだった。


 私は、あの男になれなかった。


 私は、認められたかった。称賛されたかった。英雄でありたかった。


 だが、瀧本は、そんなものを求めていなかった。


 それが、羨ましかった。


 それが、憎かった。』


---


---


 『私は、自分が壊れていることに気づいていた。


 だが、止められなかった。


 戦いたかった。大規模な作戦がほしかった。


 自分が必要とされる場所がほしかった。


 だから、私は......』


---


---


 そこで、文章は途切れていた。


---


 次のページは、白紙だった。


---


---


 局長は、便箋を机に置いた。


---


 「......だから、お前は反乱を起こしたのか」


---


 誰もいない部屋で、局長は呟いた。


---


 「大規模な作戦がほしかった。自分が必要とされる場所がほしかった。だから、自分で戦いを作り出した」


---


---


 窓の外を見た。


 バンコクの街が、夕日に染まっていた。


---


 「馬鹿野郎」


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 局長の声は、震えていた。


---


 「お前は、最初から必要とされていた。俺たちは、お前を頼りにしていた。お前がいなければ、この部隊は成り立たなかった」


---


---


 「でも、それじゃ足りなかったんだな」


---


---


 局長は、目を閉じた。


---


 「戦場での英雄じゃなければ、お前は自分を認められなかったんだな」


---


---


---


---


 その夜。


 局長は、瀧本を呼んだ。


---


 「読んでくれ」


---


 柏木の遺書を、瀧本に渡した。


---


 瀧本は、黙って読んだ。


 表情は、変わらなかった。


---


 読み終わると、便箋を机に置いた。


---


 「どう思う」


---


 局長が聞いた。


---


 「......柏木は、認められたかったんですね」


 「ああ」


 「戦うことで、自分の価値を確認していた」


 「そうだ」


 「それがなくなって、壊れた」


 「......ああ」


---


 瀧本は、窓の外を見た。


---


 「俺は、柏木を殺した」


 「ああ」


 「でも、柏木を壊したのは、俺じゃない」


 「違う。誰も、柏木を壊してない」


 「じゃあ、誰が」


---


 局長は、首を振った。


---


 「柏木自身だ。柏木は、自分で自分を壊した」


 「......」


 「承認欲求。それ自体は、悪いことじゃない。誰だって、認められたい」


 「......」


 「でも、柏木は、それに呑まれた。戦うこと以外で、自分を認められなくなった」


 「......」


 「そして、戦いがなくなった時、自分で戦いを作り出した」


---


 瀧本は、黙っていた。


---


 「お前は、どうだ」


 「俺?」


 「お前は、認められたいと思うか」


---


 瀧本は、少し考えた。


---


 「......思わない」


 「なぜ」


 「俺は、守りたいだけだ。認められなくても、守れればいい」


 「......」


 「俺が守った人間が、幸せに生きていれば、それでいい。俺のことなんか、忘れてくれていい」


---


 局長は、小さく笑った。


---


 「お前と柏木は、正反対だな」


 「そうかもしれない」


 「だから、柏木はお前を憎んだ」


 「......そうかもしれない」


---


---


 瀧本は、遺書を手に取った。


---


 「これ、どうするんですか」


 「分からん。公開するか、しまっておくか」


 「......公開した方がいいと思います」


 「なぜ」


 「隊員たちは、なぜ柏木が反乱を起こしたのか、知りたがっている。理由が分からないと、前に進めない」


 「......」


 「柏木は英雄だった。でも、壊れた。その理由を知れば、同じ過ちを繰り返さずに済む」


---


 局長は、頷いた。


---


 「分かった。明日、全隊員に公開する」


---


---


---


---


 翌日。


 ブリーフィングルーム。


---


 全隊員が集まっていた。


 局長が、前に立った。


---


 「柏木勇気の遺書が見つかった」


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 ざわめきが起きた。


---


 「これを、全員に共有する。柏木がなぜ壊れたのか。なぜ反乱を起こしたのか。その理由が、ここに書かれている」


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 局長は、遺書の内容を読み上げた。


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 隊員たちは、黙って聞いていた。


---


---


 読み終わると、沈黙が流れた。


---


 「柏木は、認められたかった」


 局長が言った。


 「戦うことで、自分の価値を確認していた。大規模な作戦がなくなった時、自分の存在意義を見失った。だから、自分で戦いを作り出した」


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---


 新隊員の一人、トンプソンが手を挙げた。


---


 「質問があります」


 「何だ」


 「俺たちは、柏木と同じにならないと、どうやって分かるんですか」


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 局長は、少し考えた。


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 「分からん」


 「え?」


 「分からん。誰が壊れるか、誰が壊れないか、事前には分からん」


 「じゃあ、どうすれば......」


 「一つだけ、言えることがある」


---


 局長は、全員を見渡した。


---


 「戦うことを目的にするな。守ることを目的にしろ」


 「......」


 「戦いは、手段だ。目的じゃない。守りたいものがあるから、戦う。守りたいものがなくなったら、戦う理由もなくなる」


 「......」


 「柏木は、守りたいものがなかった。戦うこと自体が目的になっていた。だから、壊れた」


---


 瀧本が、口を開いた。


---


 「俺は、来月、結婚する」


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 隊員たちが、瀧本を見た。


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 「守りたいものがある。スヨンがいる。だから、俺は壊れない」


 「......」


 「お前たちも、守りたいものを持て。家族でも、恋人でも、友人でも、何でもいい。戦う理由を、戦いの外に持て」


 「......」


 「そうすれば、柏木のようにはならない」


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---


 新隊員たちは、黙って聞いていた。


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---


 局長が、締めくくった。


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 「柏木勇気は、英雄だった。この部隊を作り、育てた。その功績は、消えない」


 「......」


 「だが、彼は壊れた。その理由を、俺たちは忘れてはいけない」


 「......」


 「戦うことに魅了されるな。守ることを忘れるな。それが、柏木から学ぶべきことだ」


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 解散の後、隊員たちは、それぞれの思いを抱えて去っていった。


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 瀧本は、窓の外を見ていた。


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 柏木の顔が、浮かんだ。


 初めて会った時の、鋭い目。


 一緒に戦った時の、頼もしい背中。


 そして、最後に向き合った時の、狂気に染まった瞳。


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 「柏木」


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 瀧本は、呟いた。


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 「お前は、認められたかったんだな。でも、俺はお前を認めていた。みんな、お前を認めていた」


---


---


 「それでも、足りなかったんだな」


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---


 窓の外で、鳥が飛んでいった。


 瀧本は、それを見送った。

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