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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第6章 灰
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第6話 執行

---


 執行の日の朝は、曇っていた。


 灰色の雲が空を覆い、太陽の光を遮っていた。まるで、この日に相応しい空模様を、誰かが用意したかのようだった。


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 本部の中庭。


 普段は訓練に使われる広い空間に、隊員たちが集まっていた。


 全員が、白い制服を着ていた。突撃隊の正装だ。普段の任務では着ることのない、儀式用の服。胸には、王室犯罪対策局の紋章が刺繍されている。


 誰も、言葉を発しなかった。


 風の音だけが、中庭を満たしていた。


---


 瀧本勝幸は、隊列の前列に立っていた。


 左腕はまだ包帯で固定されている。完治には程遠い。だが、この場に立たないという選択肢は、最初からなかった。


 隣には、ジョンソンがいた。その隣に、ニコライ。サラ。アブドゥル。


 ヨナタンは、車椅子に座っていた。まだ歩けない。だが、この場に来ることを譲らなかった。


 「俺は、マリーに撃たれた。だから、見届ける義務がある」


 そう言って、車椅子を押させて、ここまで来た。


---


 新隊員たちも、全員が揃っていた。


 トンプソン、モラレス、ワシントン、ウィルソン、オコナー、ベッカー、シュミット、デュポン、黒田、キム・ジュンソ、イ・スジン、ケリー、コーエン、シルバ。


 十四人。


 本来なら、十五人のはずだった。


 藤原誠一がいれば。


---


 新隊員たちの表情は、様々だった。


 怒りを浮かべている者。悲しみに沈んでいる者。無表情を保とうとしている者。


 藤原と同じ日本人である黒田美咲は、唇を噛み締めていた。目が赤い。泣いたのだろう。だが、今は涙を見せまいとしている。


 トンプソンは、拳を握り締めていた。藤原とは、訓練で何度も組んだ。言葉は通じなくても、動きで分かり合えた。そういう関係だった。


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 中庭の中央に、木製の柱が立てられていた。


 何の飾りもない、ただの木の柱。


 その前に、一脚の椅子が置かれていた。


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---


 午前九時。


 局長が、中庭に姿を現した。


 白い制服。胸には勲章が並んでいる。いつもの気さくな雰囲気は、どこにもなかった。


 その顔は、石のように固かった。


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 「連れてこい」


---


 局長の声が、中庭に響いた。


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 しばらくして、マリー・デュポンが連れてこられた。


 両手は後ろで縛られている。足にも鎖がかけられている。


 白いワンピースを着ていた。死刑囚用の服だ。


 痩せた体。落ち窪んだ目。金髪は、かつての輝きを失っていた。


 だが、その足取りは、しっかりしていた。


 よろめくことなく、真っ直ぐに歩いていた。


---


 隊員たちの前を、マリーが通り過ぎていく。


 誰も、声をかけなかった。


 誰も、目を逸らさなかった。


 全員が、マリーを見つめていた。


---


 マリーは、一度だけ足を止めた。


 瀧本の前で。


---


 「......ありがとう」


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 小さな声だった。


 瀧本にしか聞こえないほどの。


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 「何がだ」


 「最後まで、人間でいられた」


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 瀧本は、何も言わなかった。


 マリーは、また歩き始めた。


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---


 柱の前で、マリーは立ち止まった。


 護衛の兵士が、マリーを椅子に座らせた。


 手足を、柱に縛り付けた。


 目隠しを差し出した。


---


 「いらない」


---


 マリーは言った。


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 「最後まで、見ていたい」


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 局長が、マリーの前に立った。


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 「マリー・デュポン」


 「はい」


 「お前は、反逆罪、殺人、殺人未遂、逃亡の罪で、死刑を宣告された」


 「はい」


 「最後に、言いたいことはあるか」


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 マリーは、少し黙った。


 隊員たちを見渡した。


 一人一人の顔を、確かめるように。


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 「......私は、仲間を殺しました」


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 マリーの声は、静かだった。


 震えていなかった。


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 「藤原誠一。私が殺しました」


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 新隊員たちの間に、小さなざわめきが起きた。


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 「藤原さんは、私を撃とうとしていませんでした。瀧本を援護しようとしていただけでした。それを分かっていて、私は撃ちました」


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 マリーは、目を閉じた。


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 「言い訳はしません。許しも請いません。ただ、一つだけ」


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 目を開けた。


 その目が、瀧本を見た。


---


 「藤原さんのお墓に、いつか、花を供えてください」


---


 瀧本は、小さく頷いた。


---


 マリーは、微かに笑った。


 穏やかな笑みだった。


---


 「それだけです」


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---


 局長は、マリーの前から退いた。


 代わりに、三人の兵士が進み出た。


 全員が、ライフルを構えていた。


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 「構え」


---


 局長の声が響いた。


 三人の兵士が、ライフルをマリーに向けた。


---


 マリーは、目を閉じなかった。


 真っ直ぐに、前を見つめていた。


---


 「撃て」


---


---


 三発の銃声が、同時に響いた。


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---


 マリーの体が、跳ねた。


 白いワンピースに、赤い花が三つ、咲いた。


---


 そして、動かなくなった。


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---


---


 誰も、言葉を発しなかった。


 風の音だけが、中庭を満たしていた。


---


 瀧本は、マリーの遺体を見つめていた。


 かつての仲間。かつての狙撃手。柏木を愛した女。


 その命が、今、終わった。


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 何を感じているのか、自分でも分からなかった。


 悲しみなのか。怒りなのか。虚しさなのか。


 あるいは、何も感じていないのか。


 分からなかった。


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---


 局長が、声を上げた。


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 「マリー・デュポンの刑は、執行された」


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 隊員たちは、黙っていた。


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 「彼女は、かつて我々の仲間だった。優秀な狙撃手だった。だが、道を誤った。仲間を殺した。その罪は、死をもって償われた」


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 局長は、全員を見渡した。


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 「これが、裏切りの末路だ。覚えておけ」


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---


 隊員たちは、敬礼をした。


 全員が、同時に。


 マリーに対する、最後の敬意だった。


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---


 執行の後、隊員たちは散っていった。


 誰も、言葉を交わさなかった。


 それぞれが、それぞれの思いを抱えて、歩いていった。


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---


 瀧本は、中庭に残っていた。


 マリーの遺体は、すでに運び出されていた。


 柱だけが、残っていた。


 血の跡が、地面に染み込んでいた。


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 スヨンが、隣に来た。


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 「大丈夫?」


 「......分からない」


 「分からない?」


 「何を感じているのか、分からない」


---


 スヨンは、瀧本の手を握った。


---


 「それでいいと思う」


 「......」


 「分からなくていい。感じなくていい。ただ、生きていればいい」


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 瀧本は、スヨンを見た。


---


 「......お前は、強いな」


 「強くない。あなたの隣にいるだけ」


---


---


---


---


 食堂。


 昼食の時間だったが、誰も食欲がなかった。


---


 新隊員たちが、テーブルを囲んでいた。


 トンプソン、モラレス、ワシントン、オコナー、ベッカー、シュミット。


 誰も、食事に手をつけていなかった。


---


 「......俺たちは、何のためにここに来たんだ」


---


 トンプソンが、呟いた。


---


 「守るためだろ。タイの人々を守るために」


 オコナーが答えた。


 「でも、藤原は死んだ。マリーは処刑された。俺たちは、何を守れたんだ」


---


 沈黙が流れた。


---


 「......俺は」


 ベッカーが口を開いた。


 「俺は、難民を守ろうとして、軍を追い出された。上官を殴って」


 「......」


 「あの時は、正しいことをしたと思った。でも今は、分からない」


 「何が分からない」


 「正しいことをして、こうなるのか。仲間が死んで、仲間が処刑されて。これが、正しいことの結末なのか」


---


 誰も、答えられなかった。


---


---


 その時、食堂のドアが開いた。


 瀧本が入ってきた。


---


 新隊員たちが、瀧本を見た。


---


 瀧本は、彼らのテーブルに近づいた。


 椅子を引いて、座った。


---


 「食わないのか」


 「......食欲がありません」


 「そうか」


---


 瀧本は、自分のトレイを置いた。


 パンと、スープと、サラダ。


 普通の昼食だった。


---


 「瀧本さん」


 トンプソンが言った。


 「どうして、食えるんですか」


---


 瀧本は、パンを手に取った。


---


 「食わないと、死ぬからだ」


 「......」


 「藤原は死んだ。マリーは処刑された。それは事実だ。でも、俺たちは生きてる」


 「......」


 「生きてる奴は、食わなきゃいけない。寝なきゃいけない。息をしなきゃいけない」


---


 瀧本は、パンを噛んだ。


---


 「辛いか」


 「......はい」


 「そうか。俺も辛い」


 「瀧本さんも?」


 「当たり前だ。藤原は、俺が連れていった。俺の責任だ」


---


 新隊員たちは、黙っていた。


---


 「でも、辛くても、食う。辛くても、生きる。それが、残された奴の義務だ」


 「義務......」


 「藤原は、守ろうとして死んだ。その藤原のために、俺たちができることは一つしかない」


 「何ですか」


 「生き続けることだ。守り続けることだ。藤原が守ろうとしたものを、俺たちが守る」


---


 瀧本は、スープを啜った。


---


 「今日は辛い。明日も辛いかもしれない。でも、いつか、辛くなくなる日が来る。その日まで、生き続けろ」


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 新隊員たちは、顔を見合わせた。


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 黒田が、最初に動いた。


 箸を取り、食事に手をつけた。


---


 「......いただきます」


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 その声をきっかけに、他の隊員たちも、食べ始めた。


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---


---


 その夜。


---


 瀧本は、本部の屋上にいた。


 一人で、煙草を吸っていた。


 メンソールの煙が、夜空に溶けていく。


---


 バンコクの夜景が、眼下に広がっていた。


 無数の光が、瞬いていた。


 この街で、毎日、何百万人もの人間が生きている。


 その中で、今日、一人の女が死んだ。


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 足音が聞こえた。


 振り返らなくても、分かった。


---


 「局長か」


 「ああ」


---


 局長が、瀧本の隣に立った。


 同じように、夜景を見下ろした。


---


 「煙草、一本くれ」


 「局長、吸わないだろ」


 「今日だけだ」


---


 瀧本は、煙草を一本渡した。


 局長は、それを口にくわえ、瀧本のライターで火をつけた。


---


 「......まずいな」


 「そうか」


 「お前、よくこんなもの吸えるな」


 「慣れだ」


---


 二人は、並んで煙草を吸った。


 煙が、夜空に昇っていった。


---


 「瀧本」


 「何だ」


 「お前は、マリーを恨んでいるか」


 「いいや」


 「藤原を殺されたのに?」


 「恨んでも、藤原は戻らない」


---


 局長は、煙を吐き出した。


---


 「......俺は、マリーを処刑した」


 「ああ」


 「正しいことだったと思うか」


 「正しいかどうかは、分からない。でも、必要なことだった」


 「必要......」


 「仲間を殺した奴を、許すわけにはいかない。そうしなければ、組織が成り立たない」


---


 局長は、頷いた。


---


 「お前の言う通りだ。必要なことだった。でも......」


 「でも?」


 「俺は、マリーを殺した。部下を殺した。それは、一生背負っていく」


---


 瀧本は、煙草を吸い込んだ。


---


 「局長」


 「何だ」


 「俺も、背負ってる。藤原を死なせた。マリーを連れ帰って、処刑させた。全部、俺の責任だ」


 「......」


 「でも、背負ってるからこそ、前に進める」


 「前に?」


 「ああ。背負ってるものがあるから、立ち止まれない。背負ってるものがあるから、守り続けなきゃいけない」


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 局長は、瀧本を見た。


---


 「お前は、強いな」


 「強くない。死にたくないだけだ」


 「同じことだ」


---


 局長は、煙草を足元で踏み消した。


---


 「瀧本」


 「何だ」


 「結婚式、いつだ」


 「来週だ」


 「そうか。楽しみにしてる」


 「ああ」


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 局長は、屋上を去っていった。


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---


 瀧本は、一人で残った。


 煙草を吸いながら、夜景を見つめていた。


---


 藤原の顔が、浮かんだ。


 マリーの顔が、浮かんだ。


 柏木の顔が、浮かんだ。


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 三人とも、死んだ。


 一人は敵に殺され、一人は処刑され、一人は自分が殺した。


---


 瀧本は、煙を吐き出した。


---


 「......俺は、生きてる」


---


 呟いた。


---


 「生きてる限り、守り続ける。それだけだ」


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---


 夜風が、煙を散らしていった。


 バンコクの夜は、静かに更けていった。


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