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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第6章 灰
117/132

第5話 亡霊

---


 夜明けの光が、山の稜線を淡く染め始めていた。


 瀧本勝幸は、村を見下ろす丘の上に伏せていた。隣にはヨナタンと藤原がいる。三人とも、息を殺している。白い呼気だけが、冷たい空気の中に溶けていく。


 眼下に広がる村は、まだ眠っていた。茅葺きの家が十数軒。煙突から細い煙が昇っている。電気のない、時代に取り残されたような集落だった。


 その外れに、小さな小屋がある。


 そこに、マリー・デュポンがいた。


---


 「どう行く」


 ヨナタンの声は低く抑えられていた。


 「俺が先行する。お前たちは援護だ」


 「了解」


 藤原が頷いた。その目には、緊張と決意が混じっていた。初任務だ。訓練とは違う。本物の戦場に、初めて足を踏み入れようとしている。


 瀧本は藤原を見た。


 この男は、自分と同じだ。人質を守るために犯人を撃ち、法に裁かれ、居場所を失った。だから、ここに来た。守るために。


 その藤原を、自分が戦場に連れてきた。


 瀧本は、その重さを噛み締めながら、丘を降り始めた。


---


 低い姿勢を保ちながら、不規則な軌道で前進する。狙撃手に狙いを定めさせないための動きだ。局長の訓練で叩き込まれた。撃たれる前に動け。予測させるな。


 小屋まで百メートル。


 乾いた銃声が響いた。


 瀧本の頬を、熱い風が掠めた。弾丸だ。皮膚が裂けて、血が滲む。だが、止まらない。


 五十メートル。


 また銃声。今度は右。瀧本は地面を転がり、弾丸を避けた。背後の木に弾が食い込む音がした。


 マリーは、まだ狙撃銃を使っている。距離を取って、一発ずつ狙っている。


 だが、瀧本が近づけば、その優位は消える。


 四十メートル。


 三十メートル。


---


 「援護する!」


 藤原の声が聞こえた。


 瀧本が振り返る前に、藤原は丘から飛び出していた。HK416を構え、小屋に向かって射撃を開始する。援護射撃。瀧本を前に進ませるための。


 その瞬間、小屋のドアが蹴り開けられた。


 中から飛び出してきたのは、狙撃銃を構えたマリーではなかった。


---


 金髪の女が、拳銃を手に突進してきた。


 銃を体の中心に引きつけ、肘を締め、重心を低くして走る。無駄のない、流れるような動き。


 CARシステム。


 柏木勇気の戦闘スタイルだった。


---


 藤原が反応する前に、マリーは射程に入っていた。


 ベレッタが火を噴いた。


 乾いた音が三回、連続して響いた。


 藤原の体が、後ろに弾かれた。


---


 「藤原ッ!」


 瀧本が叫んだ。


 藤原は、仰向けに倒れていた。胸の中央に、赤い染みが広がっている。防弾ベストは着けていた。だが、マリーの弾丸は、ベストの隙間を正確に貫いていた。


 心臓の近く。


 致命傷だ。


---


 ヨナタンがネゲヴ軽機関銃を構えた。


 「マリー! やめろ!」


 警告は無視された。


 マリーはCARの構えのまま、ヨナタンに向かって突進した。軽機関銃の有効射程に入る前に、距離を詰める。特殊部隊の訓練を受けた者同士なら、互いの間合いは分かる。


 ヨナタンが引き金を引いた。7.62ミリ弾が、毎分七百発の速度で吐き出される。


 マリーは横に跳んだ。


 弾丸の壁を、紙一重で避ける。着地の瞬間には、もうベレッタが火を噴いていた。


 一発目がヨナタンの右肩を貫いた。


 二発目が右太ももを貫いた。


 ヨナタンが崩れ落ちた。ネゲヴが手から滑り落ち、地面に転がった。


---


 二人。


 わずか十秒で、二人がやられた。


 瀧本は走りながら、その光景を目に焼き付けていた。


 マリーの動きは、かつて見た柏木そのものだった。同じ構え。同じ足運び。同じ射撃のタイミング。


 柏木から学んだのか。


 それとも、柏木に成り代わろうとしているのか。


---


 マリーが振り返った。


 金髪が風に揺れた。痩せた頬。落ち窪んだ目。だが、その目には、冷たい光が宿っていた。


 殺意だ。


---


 「柏木は死んだ」


 マリーの声は、低く、平坦だった。感情が削ぎ落とされた声。


 「あなたが殺した。だから、私が殺す。柏木のやり方で」


---


 瀧本は足を止めなかった。


 距離を詰める。十五メートル。十メートル。


 マリーがベレッタを構えた。CARシステム。銃を体の中心に。肘を締めて。低い姿勢で。


 柏木が乗り移ったかのような動きだった。


 引き金が引かれた。


---


 瀧本は横に跳んだ。


 弾丸が、さっきまで頭があった空間を通過していった。


---


 「避けた?」


 マリーの目が、わずかに見開かれた。


 「前は、避けられなかったのに」


---


 瀧本は答えなかった。


 局長の訓練。二週間の地獄。ムエタイとシラット。膝と肘と拳。撃たれる前に動け。撃たれる前に殴れ。


 その成果が、今、試されている。


---


 距離を詰めた。五メートル。


 マリーがベレッタを向ける。瀧本は銃口の軌道を読んで、外側に回り込んだ。


 発砲。


 弾丸が脇腹を掠めた。肉が裂ける感覚。熱い。痛い。だが、止まらない。


 肘打ちを放った。マリーの顔面を狙う。


 マリーは頭を振って避けた。同時に、銃口を瀧本の腹に押し当てる。


 至近距離。外しようがない。


 瀧本は、銃を掴んだ。マリーの手首を捻り上げる。


 発砲。弾丸が地面に逸れた。土煙が上がる。


 マリーが膝を放った。瀧本の腹に、鈍い衝撃が走った。内臓が揺れる。


 だが、離さなかった。


 銃を掴んだまま、頭突きを叩き込んだ。


 マリーの鼻が潰れる感触。血が噴き出した。


---


 マリーが後退した。距離を取る。鼻から血を流しながら、また、CARの構えを取った。


 「強くなった」


 血の混じった声で、マリーが言った。


 「前の瀧本なら、今ので死んでた」


 「死にたくないからな」


 「死になさい」


---


 マリーが動いた。


 連射。三発。四発。五発。


 瀧本は動き続けた。避ける。転がる。跳ぶ。局長の訓練。ムエタイとシラット。流れを止めるな。動き続けろ。


 弾丸は急所を外れ続けた。


 だが、完全には避けられない。


 左腕を弾丸が貫通した。骨に当たったかもしれない。激痛が走る。


 右太ももを弾丸が掠めた。肉が削げる。


 額を弾丸が擦った。頭蓋骨の上を、弾丸が滑っていった。皮膚が裂けて、血が噴き出す。


 血が目に入った。視界が赤く染まる。


---


 それでも、瀧本は止まらなかった。


---


 「なぜ......」


 マリーの声が震えていた。


 「なぜ、倒れないの」


 「死にたくないからだ」


---


 瀧本が距離を詰めた。


 マリーがベレッタを向けた。引き金を引く。


 カチン。


 乾いた音。弾切れだった。


 マリーはマガジンを落とし、新しいマガジンを掴んだ。


 遅い。


---


 瀧本の膝が、マリーの腹に突き刺さった。


 全体重を乗せた膝蹴り。ムエタイの基本。局長が百回繰り返させた技。


 マリーの体が、くの字に折れ曲がった。


 瀧本の肘が、マリーの側頭部に落ちた。


 シラットの流れ。崩れた相手を、そのまま叩き落とす。


 マリーの体が、地面に叩きつけられた。


---


 瀧本は、マリーの上に馬乗りになった。


 拳を振り上げた。


---


 だが、振り下ろさなかった。


---


 「殺せ」


 マリーが言った。血と泥にまみれた顔。目には、涙が浮かんでいた。


 「殺してよ」


 瀧本は、拳を下ろした。


 「殺せって言ってるの!」


 マリーが叫んだ。


 「私はあなたを殺そうとした! 藤原を殺した! ヨナタンを撃った!」


 「知ってる」


 「なら、殺しなさいよ!」


 「殺さない」


 「なぜ!」


---


 瀧本は、マリーを見下ろした。


 血まみれの顔。涙と血が混じって、頬を流れ落ちていた。


---


 「お前を殺しても、柏木は戻らない」


---


 マリーの目が、大きく見開かれた。


 瞳の奥で、何かが崩れていくのが見えた。


---


 「お前は、柏木の亡霊になろうとした」


 瀧本は言った。


 「柏木の戦い方を真似た。柏木のように動いた。柏木として、俺を殺そうとした」


 マリーは何も言わなかった。ただ、涙を流していた。


 「だが、お前は柏木じゃない。柏木は死んだ。俺が殺した。それは事実だ。だが、お前まで死ぬ必要はない」


---


 瀧本は、マリーの上から降りた。


 「動くな。縛る」


 マリーの両手を背中に回し、ロープで縛った。マリーは抵抗しなかった。力が抜けたように、されるがままになっていた。


---


---


 瀧本は、藤原のところに走った。


 左腕が痛む。血が滴り落ちている。だが、そんなことはどうでもよかった。


---


 「藤原!」


---


 藤原は、仰向けに倒れていた。


 胸の中央に、大きな穴が開いていた。血が、地面に黒い池を作っていた。乾いた土が、その血を吸い込んでいく。


 目は、開いていた。


 空を見つめていた。


 だが、何も映していなかった。


---


 瀧本は、藤原の首に手を当てた。


 脈がない。


 体温が、すでに失われ始めていた。


---


 「藤原......」


---


 返事はなかった。


 永遠に、返事はなかった。


---


 瀧本は、藤原の目を閉じてやった。


 まだ若い顔だった。三十四歳。自分より四つ下だ。


 守ろうとした男だった。人質の少女を守るために、犯人を撃った。法に裁かれ、居場所を失い、この部隊に来た。


 そして、初任務で死んだ。


 守ろうとして、死んだ。


---


 「......すまない」


---


 瀧本は呟いた。


 それしか、言えなかった。


---


---


 ヨナタンのところに行った。


 「生きてるか」


 「......生きてる」


 ヨナタンの声は弱々しかった。肩と太ももから、まだ血が流れている。だが、意識はある。


 「藤原は」


 「......死んだ」


 ヨナタンは目を閉じた。


 「......くそ」


 それだけ言って、黙った。


---


 瀧本は通信機を取り出した。


 ノイズしか聞こえない。


 圏外だった。


 ラオスの山奥。電波塔などあるはずもない。


 救援は、来ない。


 最初から、分かっていたことだ。局長が言った。「失敗したら、お前たちを助けに行く手段はない」と。


 助けは来ない。


 自力で帰るしかない。


---


 瀧本は、空を見上げた。


 朝日が、山の稜線を越えて昇り始めていた。


 穏やかな光だった。


 仲間が死んだ朝にしては、あまりにも穏やかな光だった。


---


 「......歩くしかないな」


---


---


 村の外れ。


 瀧本は、穴を掘っていた。


 左腕は動かない。撃ち抜かれている。だから、右手だけで掘った。折れた枝を使って、固い土を掻き出していく。


 汗が流れた。血が滲んだ。筋肉が悲鳴を上げた。


 それでも、掘り続けた。


---


 ヨナタンは、木にもたれて座っていた。動けない。傷が深い。


 マリーは、縛られたまま、地面に座っていた。虚ろな目で、瀧本が穴を掘る姿を見つめていた。


---


 二時間かけて、穴を掘り終えた。


 深さ一メートル。幅六十センチ。長さ二メートル。


 藤原誠一を埋めるための穴だった。


---


 瀧本は、藤原の体を穴まで運んだ。


 重かった。人間の体は、死ぬと重くなる。生きている時には感じなかった重さが、死によって顕在化する。


 藤原を、穴の底に横たえた。


 目は閉じたままだ。表情は穏やかだった。苦しんだ形跡はない。一瞬で逝ったのだろう。


 それだけが、救いだった。


---


 「藤原誠一」


 瀧本は言った。


 「元警視庁SAT。人質を守るために犯人を撃った男」


 土をかけた。


 「お前は、守ろうとした。最後まで、守ろうとした」


 土をかけた。


 「俺が、連れてきた。俺の責任だ」


 土をかけた。


 「......すまない」


 土をかけた。


---


 墓ができた。


 石を積み上げて、目印にした。


 木の枝を二本、ロープで縛って、十字架を作った。


 ラオスの山奥。名もない村の外れ。


 藤原誠一は、そこに眠った。


---


 マリーは、それを見ていた。


 「......私が、殺した」


 「そうだ」


 「......」


 「お前が、藤原を殺した。それは事実だ」


 マリーは、何も言わなかった。


 涙が、頬を伝って落ちた。


---


---


 瀧本は、ヨナタンを背負った。


 左腕が痛む。全身が痛む。血が、まだ流れている。


 だが、立ち上がった。


---


 「マリー、歩け」


 マリーは動かなかった。


 「歩けないなら、引きずっていく」


 マリーは、ゆっくりと立ち上がった。縛られた両手を背中に回したまま、歩き始めた。


---


 国境まで、百キロ。


 瀧本は、ヨナタンを背負い、マリーを連れて、歩き始めた。


---


---


 一日目。


 三十キロ歩いた。


 山道を、ひたすら歩いた。ヨナタンの体重が、肩に食い込んでいた。左腕は使えない。右足の太ももが痛む。額の傷が、ズキズキと脈打っている。


 日が暮れた。


 木の陰で、休んだ。


---


 ヨナタンの意識が、朦朧としていた。


 傷口が熱を持っている。感染の兆候だ。抗生物質がない。清潔な包帯もない。できることは、傷口を水で洗い、汚れた布で縛り直すことだけだった。


 「......大丈夫か」


 「......大丈夫じゃない。だが、死なない」


 ヨナタンは、弱々しく笑った。


 「お前が、死なないと言うなら、俺も死なない」


---


 マリーは、木の根元に座っていた。


 何も言わなかった。


 ただ、藤原の墓があった方向を、じっと見つめていた。


---


---


 二日目。


 四十キロ歩いた。


 瀧本の体が、限界に近づいていた。


 左腕は完全に動かない。感覚もない。太ももの傷から、血が滲み続けている。頭がぼんやりする。視界が狭くなっている。出血が多すぎる。


 だが、止まらなかった。


 止まったら、ヨナタンが死ぬ。


 止まったら、藤原の死が無駄になる。


---


 「なぜ......」


 マリーが聞いた。


 「なぜ、そこまでする」


 「ヨナタンを死なせるわけにはいかない」


 「......」


 「藤原は死んだ。これ以上、仲間を死なせない」


 「私は、仲間じゃない」


 「お前を連れて帰るのは、仲間のためじゃない」


 「......」


 「裁くためだ」


---


 マリーは、黙った。


---


---


 三日目。


 瀧本は、倒れた。


---


 足がもつれた。体が前に傾いた。ヨナタンを背負ったまま、地面に倒れ込んだ。


 起き上がろうとした。


 体が、動かなかった。


---


 「瀧本!」


 ヨナタンが叫んだ。


 瀧本は、地面に這いつくばっていた。


 指が動く。腕が動く。だが、体を起こす力がない。


---


 「......くそ」


---


 マリーが、瀧本の前に立った。


 縛られた両手を背中に回したまま、瀧本を見下ろしていた。


---


 「......立って」


 「......」


 「立ちなさいよ」


 「......」


 「私を連れて帰るんでしょう。裁くんでしょう。なら、立って」


---


 瀧本は、マリーを見上げた。


 逆光で、顔がよく見えなかった。


---


 「......お前、俺を応援してるのか」


 「してない」


 マリーの声は、平坦だった。


 「ただ、このまま死なれたら、私は何のために生き残ったのか分からない」


---


 瀧本は、小さく笑った。


 「......なるほど。そりゃ、死ねないな」


---


 立ち上がった。


 全身が悲鳴を上げていた。だが、立ち上がった。


 ヨナタンを背負い直した。


---


 「あと三十キロだ」


---


---


 四日目の朝。


 国境が見えた。


---


 瀧本は、最後の力を振り絞って、歩いた。


 一歩。また一歩。


 足が棒のようだった。


 視界が狭くなっていた。


 意識が遠のきそうになるたびに、藤原の顔を思い出した。


 まだ若い顔。初任務で死んだ男。守ろうとして死んだ男。


 その男を、置いてきた。


 ラオスの山奥に、一人で眠らせてきた。


 せめて、ヨナタンだけは。


 せめて、マリーだけは。


 連れて帰らなければ。


---


 タイ側に、車が待っていた。


 局長が、立っていた。


---


 「......お帰り」


---


 瀧本は、ヨナタンを下ろした。


 「ただいま」


 そして、崩れ落ちた。


---


---


---


 バンコク。本部。


 瀧本は、三日間眠り続けた。


---


 目を覚ました時、最初に見えたのは、白い天井だった。


 病室の天井だ。


 体中が痛い。左腕は包帯でぐるぐる巻きにされている。右足にも包帯が巻かれている。額にも。


 点滴が、腕に刺さっていた。


---


 「起きた」


---


 スヨンの声がした。


 顔を向けると、スヨンが椅子に座っていた。目が赤い。泣いた跡があった。


---


 「......スヨン」


 「お帰り」


 「......ただいま」


 「三日間、寝てた」


 「......そうか」


 「心配した」


 「......すまない」


---


 スヨンは、瀧本の手を握った。


 その手が、小刻みに震えていた。


---


 「撃たれたの?」


 「撃たれた」


 「何発?」


 「......三発か四発。数えてない」


 「また撃たれたの」


 「また撃たれた」


 「約束したのに」


 「撃たれないとは言ってない。死なないと言った」


 「......」


 「死んでない。約束は守った」


---


 スヨンは、何も言わなかった。


 ただ、瀧本の手を握り締めていた。


---


 「藤原さんのこと、聞いた」


 「......ああ」


 「局長から聞いた。ラオスで、死んだって」


 「......ああ」


 「あなたのせいじゃない」


 「俺が連れていった」


 「藤原さんが、自分で志願した」


 「......」


 「あなたのせいじゃない」


---


 瀧本は、天井を見つめた。


 白い天井。何の変哲もない、病室の天井。


---


 「......分かってる。分かってるけど、忘れられない」


---


 スヨンは、何も言わなかった。


 ただ、瀧本の手を握っていた。


---


---


---


 ヨナタンは、緊急手術を受けた。


 肩の弾丸は、鎖骨の下を通過していた。太ももの弾丸は、大腿動脈をかすめていた。あと数ミリずれていたら、出血多量で死んでいた。


 感染症を起こしていたが、抗生物質の投与で回復した。


 全治二ヶ月。命に別状はなかった。


---


---


---


 マリーは、拘束された。


 独房に入れられた。


---


 審査が行われた。


---


 罪状は四つ。


 反逆罪。


 殺人。藤原誠一。


 殺人未遂。瀧本勝幸。


 殺人未遂。ヨナタン・レヴィ。


 逃亡。


---


 証人として、瀧本が呼ばれた。


---


 「マリー・デュポンは、藤原誠一を射殺した」


 「はい」


 「殺意はあったか」


 「ありました」


 「躊躇いは」


 「ありませんでした」


---


 瀧本は、淡々と証言した。


 事実だけを。感情を交えず。


---


 「あなたは、マリーに対してどう思う」


 「何も」


 「恨んでいないのか」


 「恨んでいません」


 「なぜ」


 「恨んでも、藤原は戻らないからです」


---


 審査官は、瀧本の顔をじっと見つめた。


 瀧本は、何の表情も浮かべていなかった。


---


---


 判決は、全員一致だった。


---


 **死刑。**


---


---


 局長が、全隊員の前で発表した。


---


 「マリー・デュポンは、仲間を殺した」


 隊員たちは、黙っていた。


 「藤原誠一は、初任務で死んだ。マリーの銃弾で。これは、許される罪ではない」


 誰も、何も言わなかった。


 「判決は、死刑。執行は、一週間後」


---


 瀧本は、黙っていた。


 何も言わなかった。


 何も、言えなかった。


---


---


---


 その夜。


 瀧本は、独房の前に立っていた。


---


 鉄格子の向こうに、マリーがいた。


 壁にもたれて、座っていた。


 痩せた体。落ち窪んだ目。


 かつての美しさは、もうどこにもなかった。


---


 「......来たの」


 「ああ」


 「何しに」


 「......分からない」


---


 沈黙が流れた。


---


 「死刑だってね」


 「ああ」


 「一週間後」


 「ああ」


 「......そう」


---


 マリーは、天井を見上げた。


---


 「私、後悔してない」


 「......」


 「柏木を愛していた。柏木についていった。あなたを殺そうとした。全部、後悔してない」


 「......」


 「でも、藤原を殺したことだけは......」


---


 マリーの声が、震えた。


---


 「あの人は、私を撃とうとしてなかった。瀧本を援護しようとしてただけだった。私は......私は、それを分かっていて、撃った」


 「......」


 「戦場では、敵を撃つ。それは分かってる。でも、あの人は......あの人は、ただ、守ろうとしてただけだった」


---


 涙が、マリーの頬を流れ落ちた。


---


 「私は、守ろうとしてた人を殺した。一番やっちゃいけないことを、した」


---


 瀧本は、黙っていた。


---


 「死刑で、いい」


 マリーが言った。


 「私は、死ぬべきだ」


 「......」


 「柏木の亡霊として死ぬ。それでいい」


---


---


 瀧本は、鉄格子に手をかけた。


---


 「......お前に、一つ聞きたいことがある」


 「何」


 「柏木を愛していたのは、本当か」


 「本当よ」


 「なぜだ」


---


 マリーは、少し考えた。


---


 「柏木は、強かった」


 「......」


 「私と同じだった。過去に誤射の経験があって、それを抱えて生きてた」


 「......」


 「私は、民間人を誤射した。柏木は......柏木は、ただ、正義のために戦ってた。でも、その正義が、いつの間にか歪んでいった」


 「......」


 「私は、それを止められなかった。止めようとすらしなかった。だって、柏木についていく方が、楽だったから」


---


 マリーは、自嘲するように笑った。


---


 「私は、弱かったの。柏木の強さに、惹かれて。柏木の狂気に、巻き込まれて。自分の意思で動くことを、やめた」


 「......」


 「だから、こうなった」


---


---


 瀧本は、黙って聞いていた。


---


 「......お前は」


 瀧本が口を開いた。


 「藤原を殺して、後悔していると言った」


 「ええ」


 「なら、まだ終わってない」


 「......」


 「後悔できるなら、まだ人間だ。柏木の亡霊じゃない」


---


 マリーは、瀧本を見た。


---


 「でも、私は死刑になる」


 「ああ」


 「死んだら、終わりよ」


 「ああ」


 「......」


 「だから、死ぬまでの一週間で、考えろ」


 「何を」


 「自分が何をしたか。なぜそうなったか。そして、藤原に何を言うか」


---


 マリーは、黙っていた。


---


 「俺は、お前を許さない」


 瀧本が言った。


 「藤原を殺したことは、許さない。許す権利も、俺にはない」


 「......」


 「でも、お前が最後まで人間でいられるかどうかは、お前次第だ」


---


 瀧本は、鉄格子から手を離した。


---


 「じゃあな」


---


 そう言って、歩き去った。


---


---


 マリーは、その背中を見つめていた。


 涙が、止まらなかった。

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