第5話 亡霊
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夜明けの光が、山の稜線を淡く染め始めていた。
瀧本勝幸は、村を見下ろす丘の上に伏せていた。隣にはヨナタンと藤原がいる。三人とも、息を殺している。白い呼気だけが、冷たい空気の中に溶けていく。
眼下に広がる村は、まだ眠っていた。茅葺きの家が十数軒。煙突から細い煙が昇っている。電気のない、時代に取り残されたような集落だった。
その外れに、小さな小屋がある。
そこに、マリー・デュポンがいた。
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「どう行く」
ヨナタンの声は低く抑えられていた。
「俺が先行する。お前たちは援護だ」
「了解」
藤原が頷いた。その目には、緊張と決意が混じっていた。初任務だ。訓練とは違う。本物の戦場に、初めて足を踏み入れようとしている。
瀧本は藤原を見た。
この男は、自分と同じだ。人質を守るために犯人を撃ち、法に裁かれ、居場所を失った。だから、ここに来た。守るために。
その藤原を、自分が戦場に連れてきた。
瀧本は、その重さを噛み締めながら、丘を降り始めた。
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低い姿勢を保ちながら、不規則な軌道で前進する。狙撃手に狙いを定めさせないための動きだ。局長の訓練で叩き込まれた。撃たれる前に動け。予測させるな。
小屋まで百メートル。
乾いた銃声が響いた。
瀧本の頬を、熱い風が掠めた。弾丸だ。皮膚が裂けて、血が滲む。だが、止まらない。
五十メートル。
また銃声。今度は右。瀧本は地面を転がり、弾丸を避けた。背後の木に弾が食い込む音がした。
マリーは、まだ狙撃銃を使っている。距離を取って、一発ずつ狙っている。
だが、瀧本が近づけば、その優位は消える。
四十メートル。
三十メートル。
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「援護する!」
藤原の声が聞こえた。
瀧本が振り返る前に、藤原は丘から飛び出していた。HK416を構え、小屋に向かって射撃を開始する。援護射撃。瀧本を前に進ませるための。
その瞬間、小屋のドアが蹴り開けられた。
中から飛び出してきたのは、狙撃銃を構えたマリーではなかった。
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金髪の女が、拳銃を手に突進してきた。
銃を体の中心に引きつけ、肘を締め、重心を低くして走る。無駄のない、流れるような動き。
CARシステム。
柏木勇気の戦闘スタイルだった。
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藤原が反応する前に、マリーは射程に入っていた。
ベレッタが火を噴いた。
乾いた音が三回、連続して響いた。
藤原の体が、後ろに弾かれた。
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「藤原ッ!」
瀧本が叫んだ。
藤原は、仰向けに倒れていた。胸の中央に、赤い染みが広がっている。防弾ベストは着けていた。だが、マリーの弾丸は、ベストの隙間を正確に貫いていた。
心臓の近く。
致命傷だ。
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ヨナタンがネゲヴ軽機関銃を構えた。
「マリー! やめろ!」
警告は無視された。
マリーはCARの構えのまま、ヨナタンに向かって突進した。軽機関銃の有効射程に入る前に、距離を詰める。特殊部隊の訓練を受けた者同士なら、互いの間合いは分かる。
ヨナタンが引き金を引いた。7.62ミリ弾が、毎分七百発の速度で吐き出される。
マリーは横に跳んだ。
弾丸の壁を、紙一重で避ける。着地の瞬間には、もうベレッタが火を噴いていた。
一発目がヨナタンの右肩を貫いた。
二発目が右太ももを貫いた。
ヨナタンが崩れ落ちた。ネゲヴが手から滑り落ち、地面に転がった。
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二人。
わずか十秒で、二人がやられた。
瀧本は走りながら、その光景を目に焼き付けていた。
マリーの動きは、かつて見た柏木そのものだった。同じ構え。同じ足運び。同じ射撃のタイミング。
柏木から学んだのか。
それとも、柏木に成り代わろうとしているのか。
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マリーが振り返った。
金髪が風に揺れた。痩せた頬。落ち窪んだ目。だが、その目には、冷たい光が宿っていた。
殺意だ。
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「柏木は死んだ」
マリーの声は、低く、平坦だった。感情が削ぎ落とされた声。
「あなたが殺した。だから、私が殺す。柏木のやり方で」
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瀧本は足を止めなかった。
距離を詰める。十五メートル。十メートル。
マリーがベレッタを構えた。CARシステム。銃を体の中心に。肘を締めて。低い姿勢で。
柏木が乗り移ったかのような動きだった。
引き金が引かれた。
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瀧本は横に跳んだ。
弾丸が、さっきまで頭があった空間を通過していった。
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「避けた?」
マリーの目が、わずかに見開かれた。
「前は、避けられなかったのに」
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瀧本は答えなかった。
局長の訓練。二週間の地獄。ムエタイとシラット。膝と肘と拳。撃たれる前に動け。撃たれる前に殴れ。
その成果が、今、試されている。
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距離を詰めた。五メートル。
マリーがベレッタを向ける。瀧本は銃口の軌道を読んで、外側に回り込んだ。
発砲。
弾丸が脇腹を掠めた。肉が裂ける感覚。熱い。痛い。だが、止まらない。
肘打ちを放った。マリーの顔面を狙う。
マリーは頭を振って避けた。同時に、銃口を瀧本の腹に押し当てる。
至近距離。外しようがない。
瀧本は、銃を掴んだ。マリーの手首を捻り上げる。
発砲。弾丸が地面に逸れた。土煙が上がる。
マリーが膝を放った。瀧本の腹に、鈍い衝撃が走った。内臓が揺れる。
だが、離さなかった。
銃を掴んだまま、頭突きを叩き込んだ。
マリーの鼻が潰れる感触。血が噴き出した。
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マリーが後退した。距離を取る。鼻から血を流しながら、また、CARの構えを取った。
「強くなった」
血の混じった声で、マリーが言った。
「前の瀧本なら、今ので死んでた」
「死にたくないからな」
「死になさい」
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マリーが動いた。
連射。三発。四発。五発。
瀧本は動き続けた。避ける。転がる。跳ぶ。局長の訓練。ムエタイとシラット。流れを止めるな。動き続けろ。
弾丸は急所を外れ続けた。
だが、完全には避けられない。
左腕を弾丸が貫通した。骨に当たったかもしれない。激痛が走る。
右太ももを弾丸が掠めた。肉が削げる。
額を弾丸が擦った。頭蓋骨の上を、弾丸が滑っていった。皮膚が裂けて、血が噴き出す。
血が目に入った。視界が赤く染まる。
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それでも、瀧本は止まらなかった。
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「なぜ......」
マリーの声が震えていた。
「なぜ、倒れないの」
「死にたくないからだ」
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瀧本が距離を詰めた。
マリーがベレッタを向けた。引き金を引く。
カチン。
乾いた音。弾切れだった。
マリーはマガジンを落とし、新しいマガジンを掴んだ。
遅い。
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瀧本の膝が、マリーの腹に突き刺さった。
全体重を乗せた膝蹴り。ムエタイの基本。局長が百回繰り返させた技。
マリーの体が、くの字に折れ曲がった。
瀧本の肘が、マリーの側頭部に落ちた。
シラットの流れ。崩れた相手を、そのまま叩き落とす。
マリーの体が、地面に叩きつけられた。
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瀧本は、マリーの上に馬乗りになった。
拳を振り上げた。
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だが、振り下ろさなかった。
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「殺せ」
マリーが言った。血と泥にまみれた顔。目には、涙が浮かんでいた。
「殺してよ」
瀧本は、拳を下ろした。
「殺せって言ってるの!」
マリーが叫んだ。
「私はあなたを殺そうとした! 藤原を殺した! ヨナタンを撃った!」
「知ってる」
「なら、殺しなさいよ!」
「殺さない」
「なぜ!」
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瀧本は、マリーを見下ろした。
血まみれの顔。涙と血が混じって、頬を流れ落ちていた。
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「お前を殺しても、柏木は戻らない」
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マリーの目が、大きく見開かれた。
瞳の奥で、何かが崩れていくのが見えた。
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「お前は、柏木の亡霊になろうとした」
瀧本は言った。
「柏木の戦い方を真似た。柏木のように動いた。柏木として、俺を殺そうとした」
マリーは何も言わなかった。ただ、涙を流していた。
「だが、お前は柏木じゃない。柏木は死んだ。俺が殺した。それは事実だ。だが、お前まで死ぬ必要はない」
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瀧本は、マリーの上から降りた。
「動くな。縛る」
マリーの両手を背中に回し、ロープで縛った。マリーは抵抗しなかった。力が抜けたように、されるがままになっていた。
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瀧本は、藤原のところに走った。
左腕が痛む。血が滴り落ちている。だが、そんなことはどうでもよかった。
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「藤原!」
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藤原は、仰向けに倒れていた。
胸の中央に、大きな穴が開いていた。血が、地面に黒い池を作っていた。乾いた土が、その血を吸い込んでいく。
目は、開いていた。
空を見つめていた。
だが、何も映していなかった。
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瀧本は、藤原の首に手を当てた。
脈がない。
体温が、すでに失われ始めていた。
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「藤原......」
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返事はなかった。
永遠に、返事はなかった。
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瀧本は、藤原の目を閉じてやった。
まだ若い顔だった。三十四歳。自分より四つ下だ。
守ろうとした男だった。人質の少女を守るために、犯人を撃った。法に裁かれ、居場所を失い、この部隊に来た。
そして、初任務で死んだ。
守ろうとして、死んだ。
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「......すまない」
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瀧本は呟いた。
それしか、言えなかった。
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ヨナタンのところに行った。
「生きてるか」
「......生きてる」
ヨナタンの声は弱々しかった。肩と太ももから、まだ血が流れている。だが、意識はある。
「藤原は」
「......死んだ」
ヨナタンは目を閉じた。
「......くそ」
それだけ言って、黙った。
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瀧本は通信機を取り出した。
ノイズしか聞こえない。
圏外だった。
ラオスの山奥。電波塔などあるはずもない。
救援は、来ない。
最初から、分かっていたことだ。局長が言った。「失敗したら、お前たちを助けに行く手段はない」と。
助けは来ない。
自力で帰るしかない。
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瀧本は、空を見上げた。
朝日が、山の稜線を越えて昇り始めていた。
穏やかな光だった。
仲間が死んだ朝にしては、あまりにも穏やかな光だった。
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「......歩くしかないな」
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村の外れ。
瀧本は、穴を掘っていた。
左腕は動かない。撃ち抜かれている。だから、右手だけで掘った。折れた枝を使って、固い土を掻き出していく。
汗が流れた。血が滲んだ。筋肉が悲鳴を上げた。
それでも、掘り続けた。
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ヨナタンは、木にもたれて座っていた。動けない。傷が深い。
マリーは、縛られたまま、地面に座っていた。虚ろな目で、瀧本が穴を掘る姿を見つめていた。
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二時間かけて、穴を掘り終えた。
深さ一メートル。幅六十センチ。長さ二メートル。
藤原誠一を埋めるための穴だった。
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瀧本は、藤原の体を穴まで運んだ。
重かった。人間の体は、死ぬと重くなる。生きている時には感じなかった重さが、死によって顕在化する。
藤原を、穴の底に横たえた。
目は閉じたままだ。表情は穏やかだった。苦しんだ形跡はない。一瞬で逝ったのだろう。
それだけが、救いだった。
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「藤原誠一」
瀧本は言った。
「元警視庁SAT。人質を守るために犯人を撃った男」
土をかけた。
「お前は、守ろうとした。最後まで、守ろうとした」
土をかけた。
「俺が、連れてきた。俺の責任だ」
土をかけた。
「......すまない」
土をかけた。
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墓ができた。
石を積み上げて、目印にした。
木の枝を二本、ロープで縛って、十字架を作った。
ラオスの山奥。名もない村の外れ。
藤原誠一は、そこに眠った。
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マリーは、それを見ていた。
「......私が、殺した」
「そうだ」
「......」
「お前が、藤原を殺した。それは事実だ」
マリーは、何も言わなかった。
涙が、頬を伝って落ちた。
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瀧本は、ヨナタンを背負った。
左腕が痛む。全身が痛む。血が、まだ流れている。
だが、立ち上がった。
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「マリー、歩け」
マリーは動かなかった。
「歩けないなら、引きずっていく」
マリーは、ゆっくりと立ち上がった。縛られた両手を背中に回したまま、歩き始めた。
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国境まで、百キロ。
瀧本は、ヨナタンを背負い、マリーを連れて、歩き始めた。
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一日目。
三十キロ歩いた。
山道を、ひたすら歩いた。ヨナタンの体重が、肩に食い込んでいた。左腕は使えない。右足の太ももが痛む。額の傷が、ズキズキと脈打っている。
日が暮れた。
木の陰で、休んだ。
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ヨナタンの意識が、朦朧としていた。
傷口が熱を持っている。感染の兆候だ。抗生物質がない。清潔な包帯もない。できることは、傷口を水で洗い、汚れた布で縛り直すことだけだった。
「......大丈夫か」
「......大丈夫じゃない。だが、死なない」
ヨナタンは、弱々しく笑った。
「お前が、死なないと言うなら、俺も死なない」
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マリーは、木の根元に座っていた。
何も言わなかった。
ただ、藤原の墓があった方向を、じっと見つめていた。
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二日目。
四十キロ歩いた。
瀧本の体が、限界に近づいていた。
左腕は完全に動かない。感覚もない。太ももの傷から、血が滲み続けている。頭がぼんやりする。視界が狭くなっている。出血が多すぎる。
だが、止まらなかった。
止まったら、ヨナタンが死ぬ。
止まったら、藤原の死が無駄になる。
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「なぜ......」
マリーが聞いた。
「なぜ、そこまでする」
「ヨナタンを死なせるわけにはいかない」
「......」
「藤原は死んだ。これ以上、仲間を死なせない」
「私は、仲間じゃない」
「お前を連れて帰るのは、仲間のためじゃない」
「......」
「裁くためだ」
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マリーは、黙った。
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三日目。
瀧本は、倒れた。
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足がもつれた。体が前に傾いた。ヨナタンを背負ったまま、地面に倒れ込んだ。
起き上がろうとした。
体が、動かなかった。
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「瀧本!」
ヨナタンが叫んだ。
瀧本は、地面に這いつくばっていた。
指が動く。腕が動く。だが、体を起こす力がない。
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「......くそ」
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マリーが、瀧本の前に立った。
縛られた両手を背中に回したまま、瀧本を見下ろしていた。
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「......立って」
「......」
「立ちなさいよ」
「......」
「私を連れて帰るんでしょう。裁くんでしょう。なら、立って」
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瀧本は、マリーを見上げた。
逆光で、顔がよく見えなかった。
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「......お前、俺を応援してるのか」
「してない」
マリーの声は、平坦だった。
「ただ、このまま死なれたら、私は何のために生き残ったのか分からない」
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瀧本は、小さく笑った。
「......なるほど。そりゃ、死ねないな」
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立ち上がった。
全身が悲鳴を上げていた。だが、立ち上がった。
ヨナタンを背負い直した。
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「あと三十キロだ」
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四日目の朝。
国境が見えた。
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瀧本は、最後の力を振り絞って、歩いた。
一歩。また一歩。
足が棒のようだった。
視界が狭くなっていた。
意識が遠のきそうになるたびに、藤原の顔を思い出した。
まだ若い顔。初任務で死んだ男。守ろうとして死んだ男。
その男を、置いてきた。
ラオスの山奥に、一人で眠らせてきた。
せめて、ヨナタンだけは。
せめて、マリーだけは。
連れて帰らなければ。
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タイ側に、車が待っていた。
局長が、立っていた。
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「......お帰り」
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瀧本は、ヨナタンを下ろした。
「ただいま」
そして、崩れ落ちた。
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バンコク。本部。
瀧本は、三日間眠り続けた。
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目を覚ました時、最初に見えたのは、白い天井だった。
病室の天井だ。
体中が痛い。左腕は包帯でぐるぐる巻きにされている。右足にも包帯が巻かれている。額にも。
点滴が、腕に刺さっていた。
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「起きた」
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スヨンの声がした。
顔を向けると、スヨンが椅子に座っていた。目が赤い。泣いた跡があった。
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「......スヨン」
「お帰り」
「......ただいま」
「三日間、寝てた」
「......そうか」
「心配した」
「......すまない」
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スヨンは、瀧本の手を握った。
その手が、小刻みに震えていた。
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「撃たれたの?」
「撃たれた」
「何発?」
「......三発か四発。数えてない」
「また撃たれたの」
「また撃たれた」
「約束したのに」
「撃たれないとは言ってない。死なないと言った」
「......」
「死んでない。約束は守った」
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スヨンは、何も言わなかった。
ただ、瀧本の手を握り締めていた。
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「藤原さんのこと、聞いた」
「......ああ」
「局長から聞いた。ラオスで、死んだって」
「......ああ」
「あなたのせいじゃない」
「俺が連れていった」
「藤原さんが、自分で志願した」
「......」
「あなたのせいじゃない」
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瀧本は、天井を見つめた。
白い天井。何の変哲もない、病室の天井。
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「......分かってる。分かってるけど、忘れられない」
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スヨンは、何も言わなかった。
ただ、瀧本の手を握っていた。
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ヨナタンは、緊急手術を受けた。
肩の弾丸は、鎖骨の下を通過していた。太ももの弾丸は、大腿動脈をかすめていた。あと数ミリずれていたら、出血多量で死んでいた。
感染症を起こしていたが、抗生物質の投与で回復した。
全治二ヶ月。命に別状はなかった。
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マリーは、拘束された。
独房に入れられた。
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審査が行われた。
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罪状は四つ。
反逆罪。
殺人。藤原誠一。
殺人未遂。瀧本勝幸。
殺人未遂。ヨナタン・レヴィ。
逃亡。
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証人として、瀧本が呼ばれた。
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「マリー・デュポンは、藤原誠一を射殺した」
「はい」
「殺意はあったか」
「ありました」
「躊躇いは」
「ありませんでした」
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瀧本は、淡々と証言した。
事実だけを。感情を交えず。
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「あなたは、マリーに対してどう思う」
「何も」
「恨んでいないのか」
「恨んでいません」
「なぜ」
「恨んでも、藤原は戻らないからです」
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審査官は、瀧本の顔をじっと見つめた。
瀧本は、何の表情も浮かべていなかった。
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判決は、全員一致だった。
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**死刑。**
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局長が、全隊員の前で発表した。
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「マリー・デュポンは、仲間を殺した」
隊員たちは、黙っていた。
「藤原誠一は、初任務で死んだ。マリーの銃弾で。これは、許される罪ではない」
誰も、何も言わなかった。
「判決は、死刑。執行は、一週間後」
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瀧本は、黙っていた。
何も言わなかった。
何も、言えなかった。
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その夜。
瀧本は、独房の前に立っていた。
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鉄格子の向こうに、マリーがいた。
壁にもたれて、座っていた。
痩せた体。落ち窪んだ目。
かつての美しさは、もうどこにもなかった。
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「......来たの」
「ああ」
「何しに」
「......分からない」
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沈黙が流れた。
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「死刑だってね」
「ああ」
「一週間後」
「ああ」
「......そう」
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マリーは、天井を見上げた。
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「私、後悔してない」
「......」
「柏木を愛していた。柏木についていった。あなたを殺そうとした。全部、後悔してない」
「......」
「でも、藤原を殺したことだけは......」
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マリーの声が、震えた。
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「あの人は、私を撃とうとしてなかった。瀧本を援護しようとしてただけだった。私は......私は、それを分かっていて、撃った」
「......」
「戦場では、敵を撃つ。それは分かってる。でも、あの人は......あの人は、ただ、守ろうとしてただけだった」
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涙が、マリーの頬を流れ落ちた。
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「私は、守ろうとしてた人を殺した。一番やっちゃいけないことを、した」
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瀧本は、黙っていた。
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「死刑で、いい」
マリーが言った。
「私は、死ぬべきだ」
「......」
「柏木の亡霊として死ぬ。それでいい」
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瀧本は、鉄格子に手をかけた。
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「......お前に、一つ聞きたいことがある」
「何」
「柏木を愛していたのは、本当か」
「本当よ」
「なぜだ」
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マリーは、少し考えた。
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「柏木は、強かった」
「......」
「私と同じだった。過去に誤射の経験があって、それを抱えて生きてた」
「......」
「私は、民間人を誤射した。柏木は......柏木は、ただ、正義のために戦ってた。でも、その正義が、いつの間にか歪んでいった」
「......」
「私は、それを止められなかった。止めようとすらしなかった。だって、柏木についていく方が、楽だったから」
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マリーは、自嘲するように笑った。
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「私は、弱かったの。柏木の強さに、惹かれて。柏木の狂気に、巻き込まれて。自分の意思で動くことを、やめた」
「......」
「だから、こうなった」
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瀧本は、黙って聞いていた。
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「......お前は」
瀧本が口を開いた。
「藤原を殺して、後悔していると言った」
「ええ」
「なら、まだ終わってない」
「......」
「後悔できるなら、まだ人間だ。柏木の亡霊じゃない」
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マリーは、瀧本を見た。
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「でも、私は死刑になる」
「ああ」
「死んだら、終わりよ」
「ああ」
「......」
「だから、死ぬまでの一週間で、考えろ」
「何を」
「自分が何をしたか。なぜそうなったか。そして、藤原に何を言うか」
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マリーは、黙っていた。
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「俺は、お前を許さない」
瀧本が言った。
「藤原を殺したことは、許さない。許す権利も、俺にはない」
「......」
「でも、お前が最後まで人間でいられるかどうかは、お前次第だ」
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瀧本は、鉄格子から手を離した。
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「じゃあな」
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そう言って、歩き去った。
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マリーは、その背中を見つめていた。
涙が、止まらなかった。




