第4話 追跡
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訓練開始から二週間。
新隊員たちは、少しずつ馴染み始めていた。
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その日。
参謀室に、一本の連絡が入った。
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「局長」
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ハーパーが駆け込んできた。
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「マリーの居場所が判明しました」
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会議室。
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局長、ジョンソン、瀧本、ハーパー、ルノー、ミュラーが集まった。
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「ラオス北部。シェンクワーン県の山岳地帯です」
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ハーパーが地図を広げた。
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「ここに、小さな村があります。人口五十人ほど。電気も通っていない」
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「どうやって見つけた」
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局長が聞いた。
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「ラオス警察からの情報です。村に『外国人の女』がいると」
「確認は」
「衛星写真で、それらしい人物を確認しました」
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ハーパーがタブレットを見せた。
粗い画像。
村の外れに立つ、金髪の女。
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「マリーか」
「おそらく」
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瀧本が、画像を見つめた。
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「......痩せてるな」
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確かに、画像の中の女は、以前より痩せていた。
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「二週間、山の中を逃げ続けたんだ。当然だろう」
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ジョンソンが言った。
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ミュラーが地図を指した。
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「問題は、ここが国境から百キロ以上離れていることです」
「ラオス領内か」
「完全にラオス領内です。我々が勝手に入ることはできません」
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「ラオス政府に協力を要請するか」
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局長が言った。
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「要請はしました。ですが、返答に時間がかかっています」
「どのくらい」
「早くて一週間。遅ければ一ヶ月」
「一ヶ月......」
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瀧本が口を開いた。
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「一ヶ月待ったら、逃げられる」
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「分かっている」
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局長が答えた。
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「だが、無断でラオスに入れば、国際問題になる」
「問題になるのは、バレた場合だろう」
「......」
「少人数で入って、マリーを確保して、すぐに出る。誰にも気づかれなければ、問題にならない」
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ルノーが首を振った。
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「リスクが高すぎます」
「高いのは分かってる」
「失敗すれば、タイとラオスの関係が悪化します」
「成功すれば、問題ない」
「成功する保証はありません」
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瀧本は、ルノーを見た。
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「俺が行く」
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「お前が?」
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「ああ。俺一人で行く」
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会議室が静まった。
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「一人で百キロ先の山岳地帯に行って、狙撃手を確保して、帰ってくるつもりか」
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ジョンソンが言った。
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「そうだ」
「無茶だ」
「無茶じゃない」
「お前は首を撃たれて三週間だぞ」
「三週間経った」
「普通、まだ動けない」
「普通じゃないから動ける」
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局長が、瀧本を見た。
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「なぜ、そこまでする」
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瀧本は、少し黙った。
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「マリーは仲間だからだ」
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「仲間? お前を撃った女だぞ」
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「撃たれた。だから何だ」
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瀧本は言った。
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「マリーは、柏木を愛していた。柏木が死んだ。だから、俺を撃った」
「......」
「俺が同じ立場なら、同じことをしたかもしれない」
「......」
「マリーは壊れてる。でも、仲間だ。連れ戻したい」
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局長は、腕を組んだ。
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「お前一人では許可できない」
「......」
「最低でも二人。それが条件だ」
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瀧本は頷いた。
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「分かった」
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「俺が行く」
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声が上がった。
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藤原誠一だった。
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「藤原?」
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「俺も行かせてください」
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瀧本は、藤原を見た。
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「なぜ」
「瀧本さんを一人にしたくないからです」
「俺は一人でも大丈夫だ」
「大丈夫じゃないです。首を撃たれて三週間の人間が、一人で百キロ歩くなんて」
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ジョンソンが言った。
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「藤原、お前はまだ新人だ。訓練も終わっていない」
「分かっています。でも、俺は元SATです。潜入任務の経験があります」
「経験があっても、この部隊のやり方を知らない」
「だから、瀧本さんと一緒に行きたいんです。実戦で学びたい」
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瀧本は、藤原を見つめた。
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「......本気か」
「本気です」
「死ぬかもしれないぞ」
「死にません。瀧本さんが死なないなら、俺も死にません」
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瀧本は、小さく笑った。
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「いい度胸だ」
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局長が言った。
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「二人か。......まだ足りない」
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「俺も行く」
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また声が上がった。
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ヨナタンだった。
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「ヨナタン?」
「マリーは元同僚だ。放っておけない」
「お前は......」
「それに、瀧本と藤原だけじゃ火力が足りない。狙撃手を相手にするなら、俺が必要だ」
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ヨナタンは、ネゲヴ軽機関銃を担いでいた。
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「これがあれば、援護射撃は任せろ」
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局長は、三人を見た。
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「瀧本、藤原、ヨナタン。三人か」
「はい」
「装備は最小限にしろ。見つかったら終わりだ」
「分かってます」
「ラオス政府には何も言うな。独断行動だ」
「了解」
「失敗したら、お前たちを助けに行く手段はない」
「覚悟してます」
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局長は、溜息をついた。
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「......行ってこい」
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出発は、その夜。
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本部の裏口。
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瀧本、藤原、ヨナタンの三人が、装備を整えていた。
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瀧本。
ベレッタM93R。
バイクは置いていく。今回は徒歩だ。
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藤原。
HK416コンパクト。SIG P320。
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ヨナタン。
タボールライフル。ネゲヴ軽機関銃。ジェリコ941。
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「重装備だな」
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瀧本が言った。
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「何が起きるか分からないからな」
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ヨナタンが答えた。
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スヨンが、瀧本のところに来た。
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「気をつけて」
「ああ」
「また撃たれないでね」
「努力する」
「努力じゃなくて、約束して」
「......約束はできない」
「じゃあ、生きて帰るって約束して」
「それなら約束できる」
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スヨンは、瀧本を抱きしめた。
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「待ってる」
「ああ」
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三人は、夜の闘に消えた。
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国境までは、車で移動。
国境を越えてからは、徒歩。
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百キロの山岳地帯を、三日で踏破する計画だった。
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二日目。
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山の中。
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「瀧本さん」
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藤原が声をかけた。
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「何だ」
「少し休みませんか。顔色が悪いです」
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃないでしょう。首の傷が......」
「大丈夫だって言ってる」
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瀧本は、歩き続けた。
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確かに、顔色は悪い。
汗が滲んでいる。
息が荒い。
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ヨナタンが、瀧本の隣に来た。
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「無理するな」
「無理してない」
「してる。俺には分かる」
「......」
「十分休もう。それで、また歩ける」
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瀧本は、足を止めた。
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「......五分だ」
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三人は、木の陰に座った。
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「瀧本さん」
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藤原が聞いた。
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「マリーさんって、どんな人ですか」
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瀧本は、空を見上げた。
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「強い女だ」
「強い?」
「ああ。狙撃の腕は、俺たちの中でもトップクラスだった」
「......」
「でも、脆いところもあった」
「脆い?」
「昔、民間人を誤射したことがある。それがトラウマになってた」
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ヨナタンが続けた。
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「マリーは、柏木に惹かれていた」
「柏木元総隊長に?」
「ああ。柏木は強かった。カリスマがあった。マリーは、その強さに惹かれたんだと思う」
「......」
「でも、柏木は壊れた。マリーは、壊れた柏木についていった」
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瀧本が言った。
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「マリーは、柏木を止められなかった自分を責めてるはずだ」
「責めてる?」
「ああ。だから、俺を撃った。柏木を殺した俺を」
「......」
「でも、それは間違ってる。柏木を殺したのは俺だが、柏木を壊したのは俺じゃない」
「......」
「マリーにそれを伝えたい。だから、連れ戻す」
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藤原は、黙って頷いた。
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「さあ、行くぞ」
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瀧本が立ち上がった。
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「目標まで、あと四十キロだ」
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三日目。
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夜明け前。
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三人は、村を見下ろす丘の上にいた。
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小さな村だった。
茅葺きの家が十数軒。
煙突から煙が上がっている。
人影は、まだ見えない。
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「あそこだ」
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ヨナタンが双眼鏡で確認した。
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「村の外れ。小屋が一軒ある」
「マリーは」
「......いた」
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小屋の前に、女が立っていた。
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金髪。
痩せた体。
手に、ライフルを持っている。
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マリー・デュポンだった。
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「見つけた」
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瀧本が呟いた。
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「さあ、連れ戻すぞ」




