幕間 拳
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瀧本が首を撃たれてから、五日目。
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病室。
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局長が入ってきた。
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「調子はどうだ」
「最悪だ」
「動けるか」
「動けない」
「嘘をつくな」
「......少しは動ける」
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局長は、椅子に座った。
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「お前、撃たれすぎだ」
「知ってる」
「24発だぞ」
「数えてる」
「次は25発目だ」
「25発目は避ける」
「避けられるのか」
「......努力する」
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局長は、溜息をついた。
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「努力じゃ足りない」
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「どういう意味だ」
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「お前は銃の腕は一流だ。バイクの腕も一流だ」
「ああ」
「だが、格闘がダメだ」
「ダメじゃない」
「ダメだ。お前の格闘は、警察の逮捕術レベルだ。軍人相手には通用しない」
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瀧本は、黙った。
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確かに、その通りだった。
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「お前が撃たれるのは、接近戦で負けるからだ」
「......」
「銃を構える前に殴られる。避ける前に撃たれる」
「......」
「だから、24発も喰らう」
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局長は、立ち上がった。
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「傷が塞がったら、俺のところに来い」
「何をするんだ」
「教えてやる」
「何を」
「撃たれない方法を」
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二週間後。
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本部の地下。訓練室。
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瀧本は、マットの上に立っていた。
首の包帯は取れた。腹の傷も塞がった。
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目の前に、局長がいた。
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「今日から地獄が始まる」
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「地獄?」
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「ムエタイとシラット。この二つを叩き込む」
「ムエタイ......シラット......」
「ムエタイはタイの国技だ。膝と肘で相手を破壊する」
「知ってる」
「シラットはインドネシアの武術だ。流れるような連続攻撃で相手を制圧する」
「聞いたことはある」
「この二つを組み合わせれば、お前は撃たれなくなる」
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瀧本は、局長を見た。
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「局長が教えるのか」
「俺が教える」
「できるのか」
「舐めるな。俺は陸軍で格闘教官をやっていた」
「......知らなかった」
「知る必要がなかった。今日からは知れ」
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局長は、構えた。
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「まず、基本だ。構えを見せろ」
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瀧本は、警察式の構えを取った。
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「それがダメだ」
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局長が言った。
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「警察の構えは、相手を制圧するための構えだ。殺すための構えじゃない」
「......」
「お前が相手にするのは、殺しに来る奴らだ。制圧じゃ足りない」
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局長は、瀧本の腕を掴んだ。
一瞬で、瀧本は床に叩きつけられていた。
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「......速い」
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「これがシラットだ」
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局長が言った。
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「流れを止めない。掴んで、崩して、倒す。一連の動作だ」
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瀧本は、起き上がった。
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「もう一回」
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初日。
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瀧本は、三十七回床に叩きつけられた。
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二日目。
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ムエタイの基本。
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「膝だ」
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局長が言った。
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「ムエタイは膝と肘で戦う。拳は使わない」
「なぜ」
「拳は壊れやすい。膝と肘は壊れない」
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局長は、サンドバッグを指した。
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「膝蹴りを百回。左右交互だ」
「百回」
「百回」
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瀧本は、膝蹴りを始めた。
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十回。
二十回。
五十回。
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足が震え始めた。
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「止まるな」
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局長が言った。
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「戦場で足が震えたら、死ぬぞ」
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八十回。
九十回。
百回。
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「次、肘打ち百回」
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「......マジか」
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「マジだ」
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三日目。
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シラットの連続攻撃。
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「シラットの本質は、流れだ」
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局長が説明した。
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「止まらない。一つの攻撃が、次の攻撃につながる」
「......」
「掴む。崩す。打つ。投げる。全部が一つの流れだ」
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局長は、瀧本に向かってきた。
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パンチ。
瀧本は避けた。
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だが、局長の手は瀧本の腕を掴んでいた。
引っ張られる。
膝が飛んできた。
腹に入った。
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「ぐっ......」
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そのまま、投げられた。
床に叩きつけられる。
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「これが流れだ」
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局長が言った。
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「避けても終わりじゃない。避けた瞬間が、次の攻撃の始まりだ」
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瀧本は、起き上がった。
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「......もう一回」
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一週間後。
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瀧本の動きが、変わり始めていた。
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「来い」
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局長が言った。
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瀧本が動いた。
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低い姿勢から、膝蹴り。
局長が避ける。
だが、瀧本は止まらない。
膝蹴りの勢いのまま、肘を振る。
局長がガードする。
その腕を掴む。
引っ張る。
崩れたところに、もう一度膝。
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局長が、バランスを崩した。
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「......やるな」
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瀧本は、息を切らしていた。
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「まだ遅い」
「遅いか」
「遅い。でも、形にはなってきた」
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二週間後。
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実戦形式の訓練。
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相手は、アブドゥルとンゴマ。
二人同時。
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「始め」
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アブドゥルが右から。
ンゴマが左から。
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瀧本は、動いた。
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ンゴマのパンチを肘で弾く。
そのまま回転。
アブドゥルの腹に膝を叩き込む。
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「ぐっ......」
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アブドゥルが崩れる。
その瞬間、ンゴマが蹴りを放つ。
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瀧本は、蹴りを掴んだ。
引っ張る。
ンゴマがバランスを崩す。
肘を後頭部に落とす。
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ンゴマが倒れた。
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四秒。
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「合格だ」
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局長が言った。
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瀧本は、息を整えた。
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「まだ遅い」
「遅くない。十分だ」
「もっと速くなれる」
「なれる。だが、今は十分だ」
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局長は、瀧本の肩を叩いた。
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「お前は、もう撃たれない」
「......」
「撃たれる前に、殴れるようになった」
「......」
「25発目は、ないぞ」
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瀧本は、小さく笑った。
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「努力する」
「努力じゃなくて、約束しろ」
「......約束する」
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その夜。
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食堂。
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瀧本は、ビールを飲んでいた。
全身が痛い。筋肉痛がひどい。
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スヨンが隣に座った。
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「訓練、どうだった」
「地獄だった」
「局長、厳しかった?」
「鬼だった」
「でも、強くなったでしょ」
「......少しは」
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スヨンは、瀧本の手を握った。
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「これで、撃たれなくなる?」
「なる。たぶん」
「たぶん?」
「努力する」
「また努力」
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瀧本は、スヨンを見た。
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「俺は死なない。それだけは約束する」
「......」
「撃たれるかもしれない。でも、死なない」
「それ、約束になってない」
「なってる」
「なってない」
「なってる」
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スヨンは、溜息をついた。
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「......まあ、いいわ。生きて帰ってくれれば」
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こうして、瀧本は新たな武器を手に入れた。
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銃だけじゃない。
拳と膝と肘。
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撃たれる前に、殴る。
撃たれる前に、蹴る。
撃たれる前に、倒す。
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それが、局長の教えだった。




