第3話 訓練
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訓練初日。
午前五時。
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新隊員十五名が、グラウンドに整列していた。
まだ暗い。空気が冷たい。
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ジョンソンが前に立った。
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「今日から地獄が始まる」
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新隊員たちの顔が引き締まった。
元特殊部隊。元警察。みんな、訓練の厳しさは知っている。
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「まずは基礎体力だ。走れ。グラウンド五十周」
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五十周。
一周四百メートル。
つまり、二十キロ。
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「制限時間は九十分。遅れた奴は、もう五十周追加だ」
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新隊員たちが走り始めた。
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四十五分後。
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トップでゴールしたのは、マイケル・トンプソンだった。
元海兵隊。息も乱れていない。
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「速いな」
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ジョンソンが言った。
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「海兵隊では毎朝二十キロ走ってました」
「そうか。なら、あと三十周追加だ」
「......了解」
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トンプソンは、また走り始めた。
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最後にゴールしたのは、エマ・ウィルソンだった。
元衛生兵。八十九分。ギリギリ。
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「医療班だからって甘くはしない」
「分かってます」
「明日は八十分で走れ」
「了解」
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午前八時。
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射撃訓練。
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新隊員たちが、射撃場に並んだ。
ターゲットは五十メートル先。
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「十発撃て。的の中心に当てろ」
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トップはアンナ・シュミットだった。
元GSG-9。狙撃手。
十発全弾、中心から一センチ以内。
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「さすがだな」
「GSG-9では毎日千発撃ってました」
「ここでは二千発だ」
「......了解」
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問題は、藤原誠一だった。
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元SAT。射撃は得意なはずだ。
だが、十発中、的に当たったのは六発。
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「どうした」
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ジョンソンが聞いた。
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「......すみません」
「謝るな。理由を言え」
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藤原は、少し黙った。
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「人を撃ったことを、思い出しました」
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ジョンソンは、藤原を見た。
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「人質事件の犯人か」
「はい」
「後悔してるのか」
「いいえ」
「なら、なぜ震える」
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藤原は、自分の手を見た。
確かに、震えていた。
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「......分かりません」
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ジョンソンは、藤原の肩に手を置いた。
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「お前は、正しいことをした。だが、体はまだ覚えている」
「......」
「人を撃つのは、簡単じゃない。何年経っても、体が覚えている」
「......」
「それは弱さじゃない。人間の証だ」
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藤原は、ジョンソンを見た。
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「明日、また撃て。震えが止まるまで、何度でも撃て」
「了解」
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午後。
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CQB訓練。
近接戦闘。建物内での戦闘訓練。
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訓練用の建物。
四人一組で突入する。
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「ドアを破って、制圧しろ。敵役は俺たちだ」
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ジョンソン、ヨナタン、アブドゥル、ピーターが建物内に待機した。
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最初のチーム。
トンプソン、オコナー、キム・ジュンソ、ケリー。
全員、元特殊部隊。
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三分で制圧。
敵役四人を全員「撃破」。
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「悪くない」
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ジョンソンが言った。
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「でも、遅い」
「遅い?」
「瀧本なら一分で終わらせる」
「一分......」
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二番目のチーム。
モラレス、ベッカー、シュミット、シルバ。
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四分。
敵役三人を「撃破」。一人に逃げられた。
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「連携が悪い」
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ジョンソンが指摘した。
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「お前たちは、それぞれ別の国の別の部隊で訓練を受けた。癖が違う」
「......」
「ここでは、ここのやり方を覚えろ。自分のやり方は捨てろ」
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その時。
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バイクのエンジン音が聞こえた。
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新隊員たちが振り向いた。
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白いバイクが、猛スピードで近づいてきた。
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瀧本勝幸だった。
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首に包帯。腹にも包帯。
だが、バイクに跨っていた。
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「瀧本さん! まだ療養中では」
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藤原が叫んだ。
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「退屈で死にそうだった」
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瀧本はバイクを降りた。
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「訓練してるって聞いたから、見に来た」
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ジョンソンが溜息をついた。
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「お前、本当に病人か」
「病人だ。でも動ける」
「動けるなら病人じゃない」
「病人だけど動ける」
「......もういい」
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新隊員たちが、瀧本を見つめていた。
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24発撃たれた男。
首を撃たれて一週間で復帰した男。
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「何見てんだ」
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瀧本が言った。
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「いえ、その......本当に24発撃たれたんですか」
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トンプソンが聞いた。
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「撃たれた」
「本当に?」
「本当だ。見せようか」
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瀧本は、シャツをめくった。
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腹部に、無数の傷跡。
古いものも、新しいものも。
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「うわ......」
「これが18発分だ。あとは腕と足と肩と首」
「首......」
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瀧本は、首の包帯を少しずらした。
貫通痕が見えた。
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「......マジっすか」
「マジだ」
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新隊員たちは、絶句していた。
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「で、訓練はどうだ」
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瀧本が聞いた。
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「まあまあだ」
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ジョンソンが答えた。
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「CQBは四分かかった」
「遅いな」
「だろう」
「俺がやろうか」
「お前は病人だ」
「病人だけど動ける」
「......」
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ジョンソンは、少し考えた。
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「見本を見せてやれ」
「了解」
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瀧本が、訓練用建物の前に立った。
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武器は、ベレッタM93Rのみ。
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「敵役は俺たちがやる」
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ジョンソン、ヨナタン、アブドゥル、ピーターが建物に入った。
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新隊員たちが、固唾を呑んで見守った。
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スタートの合図。
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瀧本が動いた。
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ドアを蹴破る。
転がり込む。
三点バースト。
ヨナタンの胸に赤いマーカーが光った。
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「撃破」
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壁を蹴って方向転換。
廊下を駆け抜ける。
角から飛び出してきたアブドゥルの銃を払い、
至近距離で三点バースト。
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「撃破」
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階段を駆け上がる。
二階。
ピーターが待ち構えていた。
瀧本は、窓から飛び出した。
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「え?」
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窓の外。
外壁を蹴って、別の窓から突入。
ピーターの背後に着地。
三点バースト。
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「撃破」
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最後の部屋。
ジョンソンが待っていた。
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瀧本はドアを開けなかった。
壁を撃った。
薄い壁を、弾が貫通した。
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「......撃破」
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ジョンソンの声がした。
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四十七秒。
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新隊員たちが、呆然としていた。
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「......化け物だ」
「あれが、24発撃たれた男......」
「人間じゃねえ......」
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瀧本が建物から出てきた。
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「こんなもんか」
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藤原が聞いた。
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「瀧本さん、どうやったらそんなに速く動けるんですか」
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瀧本は、少し考えた。
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「考えるな」
「考えるな?」
「ああ。考えると遅くなる。体が勝手に動くまで、繰り返せ」
「......」
「あと、死にたくないって思え」
「死にたくない?」
「そう。死にたくないから速く動く。死にたくないから当てる。死にたくないから避ける」
「......」
「死ぬ気で戦う奴は、遅い。死にたくないって奴は、速い」
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藤原は、頷いた。
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「覚えておきます」
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夕方。
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訓練終了。
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新隊員たちが、グラウンドに倒れていた。
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全員、疲労困憊。
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「明日も同じメニューだ」
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ジョンソンが言った。
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「覚悟しとけ」
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新隊員たちから、呻き声が上がった。
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その夜。
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食堂。
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新隊員たちが、食事をしていた。
既存メンバーも、同じテーブルにいた。
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「瀧本さん、本当に結婚するんですか」
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トンプソンが聞いた。
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「する」
「いつですか」
「来月」
「来月!? 首撃たれて来月!?」
「撃たれたからって結婚を延期する理由がない」
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スヨンが隣で笑っていた。
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「私が決めたの。傷が治るの待ってたら、いつまでも結婚できないから」
「......それ、どういう意味ですか」
「この人、絶対また撃たれるでしょ」
「......」
「だから、撃たれる前に結婚するの」
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新隊員たちは、顔を見合わせた。
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「......すごいカップルだな」
「ああ......」
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藤原が聞いた。
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「瀧本さんは、なぜそんなに強いんですか」
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瀧本は、ビールを飲みながら答えた。
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「強くない」
「強いですよ。四十七秒で四人を制圧するなんて」
「それは強いんじゃなくて、慣れてるだけだ」
「慣れ......」
「何度も撃たれて、何度も撃ち返して、何度も死にかけた。そしたら、体が覚えた」
「......」
「お前らも、そのうち覚える。死にたくなければな」
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藤原は、黙って頷いた。
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「ところで」
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ヨナタンが口を開いた。
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「新人の中で、誰が一番やばいと思う?」
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ジョンソンが考えた。
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「シュミットだな。射撃は既にトップクラスだ」
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マルティネスが言った。
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「俺はオコナーだと思う。SBS出身で、水中工作もできる。万能だ」
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瀧本は、別の名前を挙げた。
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「藤原だ」
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「藤原?」
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全員が瀧本を見た。
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「射撃で手が震えてた奴か?」
「そうだ」
「なぜ」
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瀧本は、ビールを置いた。
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「あいつは、人を撃つことの重さを知っている」
「......」
「撃てる奴は多い。でも、撃った後に震える奴は少ない」
「......」
「あいつは、人を殺すことの意味を分かっている。そういう奴は、無駄に撃たない」
「......」
「無駄に撃たない奴は、強い」
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藤原は、少し離れたテーブルで食事をしていた。
瀧本の言葉は、聞こえていないようだった。
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「まあ、見てろ」
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瀧本は言った。
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「三ヶ月後には、全員使えるようになってる」




