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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第5章 氷
110/131

幕間 再編

---


 バンコク。


 突撃隊本部。


 会議室。


---


 午前二時。


 テーブルの上には、空になったコーヒーカップが並んでいた。灰皿には、吸い殻が山のように積まれていた。誰も帰らない。帰れない。


 局長ウィチャイは、ホワイトボードを睨んでいた。


 そこには、突撃隊の組織図が書かれていた。


 だが、その半分以上が、赤い線で消されていた。


---


---


 ハーパーが、資料を読み上げた。


 「現在の隊員数を報告します」


 その声は、疲れ切っていた。


 「作戦開始前の総隊員数、四十四名」


 「現在の稼働可能な隊員数......」


 ハーパーは、言葉を切った。


 「二十三名です」


 沈黙が落ちた。


 「半分以下か」


 局長が呟いた。


 「はい」


---


---


 ルノーが、別の資料を広げた。


 「内訳を説明します」


 「死亡者、八名。柏木、トーマス、アンナ、パイロット二名、チャーリーチーム隊員三名」


 「重傷により長期離脱、六名。瀧本、マルティネス、ニコライ、サラ、アレクセイ、川島」


 「逮捕・拘束中、八名。ナリン、ファリダ、チャーリーチーム隊員四名、ブラボーチーム隊員二名」


 「逃亡中、一名。マリー」


 ルノーは資料を置いた。


 「残りの二十三名のうち、軽傷者が五名います。実質的に、今すぐ動けるのは十八名です」


---


---


 ミュラーが、頭を抱えた。


 「十八名......」


 「バンコクの治安維持だけでも、ギリギリの人数です」


 「他の地域は」


 「放棄するしかありません。人手が足りない」


 「ウドンターニーは」


 「無人です。チャーリーチームが壊滅しましたから」


 「チェンマイは」


 「元々、配置していません」


 「南部は」


 「同じです」


 ミュラーは、テーブルを拳で叩いた。


 「くそ......一人の男が裏切っただけで、ここまで......」


---


---


 局長は、ホワイトボードの前に立った。


 「問題を整理しよう」


 マーカーを手に取り、書き始めた。


 『問題1:柏木の後任』


 『問題2:隊員の信頼性』


 『問題3:人員不足』


 『問題4:チーム再編』


 『問題5:逃亡者の追跡』


 「他にあるか」


 ハーパーが手を挙げた。


 「予算です」


 「予算?」


 「ラオスでの作戦で、装備の損失が大きい。ヘリ二機、車両三台、武器弾薬多数。補充には相当な予算が必要です」


 局長は、『問題6:予算』と書き加えた。


 「他には」


 ルノーが言った。


 「士気です」


 「士気?」


 「仲間が仲間を撃った。裏切り者が出た。隊員たちの心理的ダメージは、計り知れません」


 局長は、『問題7:士気』と書き加えた。


 そして、マーカーを置いた。


 「七つか。いや、まだあるな」


 「まだ?」


 「世間だ。メディアだ」


 局長は、窓の外を見た。


 「柏木の裏切りは、まだ公表していない。だが、いずれ漏れる。その時、どう説明する」


 誰も、答えられなかった。


---


---


 ハーパーが、最初の問題に戻った。


 「柏木の後任について、候補者を挙げます」


 「候補?」


 「総隊長の役職を引き継げる人材です」


 ハーパーは、資料をめくった。


 「第一候補、瀧本勝幸」


 局長は、首を振った。


 「瀧本は重傷だ。回復に最低一ヶ月はかかる」


 「回復後は」


 「......考えておく」


 「第二候補、ニコライ・ペトロフ」


 「同じく重傷だ」


 「第三候補、ジョンソン」


 局長は、少し考えた。


 「ジョンソンは、アルファチームのリーダーとして優秀だ。だが、総隊長の器か?」


 「器?」


 「柏木は、戦闘の天才だった。カリスマがあった。隊員たちは、柏木に憧れていた」


 「はい」


 「ジョンソンは、優秀な兵士だ。だが、カリスマがあるか?」


 ハーパーは、黙った。


 「いや、今はそんなことを言っている場合じゃない」


 局長は、溜息をついた。


 「暫定的に、ジョンソンに総隊長代理を任せる。異論は?」


 誰も、異論を唱えなかった。


---


---


 ルノーが、次の問題を取り上げた。


 「隊員の信頼性について」


 「ああ」


 「今回の事件で、チャーリーチームの半数以上が柏木に従いました。ブラボーチームからも、三名が寝返りました」


 「分かっている」


 「残りの隊員たちは、信頼できるのでしょうか」


 局長は、黙った。


 「正直に言えば、分からない」


 「分からない?」


 「ああ。柏木は、三年間、俺たちと一緒に戦った。信頼していた。だが、裏切った」


 「......」


 「誰が信頼できて、誰が信頼できないか。もう、分からない」


 会議室に、重い沈黙が落ちた。


---


---


 ミュラーが、口を開いた。


 「一つ、提案があります」


 「何だ」


 「全隊員に、忠誠の再確認を求めるのはどうでしょうか」


 「忠誠の再確認?」


 「はい。一人一人と面談し、意思を確認する。残りたい者は残す。去りたい者は去らせる」


 「去りたい者がいた場合は」


 「引き止めません。無理に残しても、また裏切る可能性がある」


 局長は、考えた。


 「それで、さらに人数が減る可能性があるな」


 「あります。ですが、信頼できない隊員を抱えるよりはマシです」


 「......一理ある」


 局長は、頷いた。


 「分かった。面談を実施する。俺が直接やる」


 「局長自ら?」


 「ああ。俺の目で、一人一人を見る」


---


---


 ハーパーが、次の問題に移った。


 「チーム再編について」


 「ああ」


 「現在の編成は、アルファ、ブラボー、チャーリーの三チームです。しかし、チャーリーは壊滅、ブラボーも半壊状態です」


 「再編が必要だな」


 「はい。私の提案は、当面、二チーム体制に移行することです」


 「二チーム?」


 「アルファとブラボーを維持します。チャーリーは解散。生き残った隊員は、アルファとブラボーに振り分けます」


 「人数は」


 「アルファが十二名、ブラボーが十一名。合計二十三名」


 「ギリギリだな」


 「ギリギリです。ですが、これが現実です」


 局長は、ホワイトボードを見た。


 赤い線だらけの組織図。


 「......分かった。二チーム体制に移行する」


---


---


 ルノーが、予算の問題を取り上げた。


 「装備の補充について」


 「ああ」


 「ヘリ二機の損失は、約四億バーツです」


 「四億......」


 「車両三台が約一千万バーツ。武器弾薬が約五百万バーツ。合計で、約四億一千五百万バーツが必要です」


 局長は、頭を抱えた。


 「予算は」


 「現在の予算残高は、二億バーツです」


 「足りないな」


 「足りません。追加予算を申請する必要があります」


 「どこに」


 「王宮です」


 局長は、溜息をついた。


 「陛下に、また頭を下げるのか」


 「仕方ありません」


 「分かった。俺が行く」


---


---


 最後に、ミュラーが逃亡者の問題を取り上げた。


 「マリー・デュボアについて」


 「ああ」


 「彼女は、ラオスの奥地に逃げ込んだと思われます。追跡は困難です」


 「人員を割けないからな」


 「はい。今は、待つしかありません」


 「待つ?」


 「彼女が動けば、情報が入ります。それまで、監視網を張るしかない」


 局長は、頷いた。


 「分かった。だが、見つけ次第、連絡しろ」


 「了解」


 「殺すな。生きたまま連れ戻せ」


 「瀧本と同じことを言いますね」


 「ああ。あいつの影響だ」


 局長は、小さく笑った。


 だが、その笑いには、疲れが滲んでいた。


---


---


 午前四時。


 会議は、ようやく終わった。


 局長は、一人で会議室に残っていた。


 コーヒーを飲みながら、ホワイトボードを見つめていた。


 七つの問題。


 いや、八つだ。


 『問題8:メディア対応』


 マーカーで書き加えた。


 そして、また溜息をついた。


 「柏木......」


 局長は、呟いた。


 「お前は、とんでもない置き土産を残してくれたな」


 答えは、なかった。


 窓の外では、空が白み始めていた。


 新しい一日が始まろうとしていた。


 だが、問題は何も解決していなかった。


---


---


 隣の部屋。


 ハーパー、ルノー、ミュラーの三人が、机に突っ伏していた。


 「......死にそうだ」


 ハーパーが呟いた。


 「死ぬな。仕事が終わってない」


 ルノーが言った。


 「終わらない。永遠に終わらない気がする」


 「気がするじゃなくて、終わらないんだ」


 ミュラーが、コーヒーを注いだ。


 「とりあえず、今日やるべきことを整理しよう」


 「今日?」


 「ああ。全部を一度にやろうとするから、頭がおかしくなる」


 「一理ある」


 ハーパーは、メモを取り出した。


 「今日やること。一、ジョンソンに総隊長代理の辞令を出す」


 「二、隊員の面談スケジュールを組む」


 「三、チーム再編の案を作成する」


 「四、王宮への予算申請書を作成する」


 「五、マリーの監視網を構築する」


 「六、メディア対応のシナリオを作成する」


 「七、装備の在庫を確認する」


 「八、負傷者の見舞いに行く」


 ハーパーは、メモを見つめた。


 「......多いな」


 「多い」


 「死ぬな」


 「だから死ぬなって言ってるだろ」


 三人は、また机に突っ伏した。


---


---


 その時。


 ドアが開いた。


 局長が、顔を出した。


 「お前ら、まだいたのか」


 「います......」


 「帰れ」


 「帰れません......仕事が......」


 「帰れ。それは命令だ」


 局長は、三人を見渡した。


 「お前らが倒れたら、本当に終わりだ。少しでも寝ろ」


 「でも......」


 「午前十時に、また集合だ。それまで寝ろ」


 「六時間しかないじゃないですか」


 「六時間あれば十分だ。俺なんか、三時間で動いてる」


 「局長は化け物ですから」


 「化け物で悪かったな」


 局長は、小さく笑った。


 「とにかく、帰れ。俺も帰る」


 「了解......」


 三人は、よろよろと立ち上がった。


---


---


 本部の外。


 空は、すっかり明るくなっていた。


 朝日が、バンコクの街を照らしている。


 局長は、空を見上げた。


 「瀧本......」


 呟いた。


 「早く戻ってこい。お前がいないと、本当にどうにもならん」


 空には、雲一つなかった。


 青く、澄んでいた。


 だが、局長の心は、まだ曇ったままだった。

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