最終話 蘇生
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ウドンターニー。
国際病院。
緊急手術室。
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二つの手術台が、並んでいた。
一つには、瀧本勝幸。
一つには、ホセ・マルティネス。
二人とも、心肺停止状態で搬送されてきた。
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瀧本の手術室。
医師たちが、必死に蘇生措置を行っていた。
「心停止から八分! まだ戻らない!」
「アドレナリン追加!」
「電気ショック、もう一度!」
除細動器が、瀧本の胸に押し当てられた。
電流が流れた。
瀧本の体が、跳ねた。
心電図は、フラットラインのままだった。
「戻らない......」
「もう一度だ! 諦めるな!」
医師が、除細動器を構えた。
その瞬間。
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瀧本の目が、開いた。
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彼は、手術台の上で跳ね起きた。
医師たちが、驚いて後ずさった。
瀧本は、叫んだ。
「こんなんで死んでたまるかボケェ!!!」
その声は、手術室の壁を震わせた。
医師たちは、呆然としていた。
「......生き返った」
「心停止から九分で......」
「ありえない......医学的に、ありえない......」
瀧本は、周囲を見回した。
そして、また倒れた。
だが、心電図には、規則正しい波形が刻まれていた。
生きている。
瀧本勝幸は、また死ななかった。
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隣の手術室。
マルティネスの蘇生措置が続いていた。
「心停止から七分! 反応なし!」
「胸部の出血が止まらない!」
「輸血を追加しろ!」
医師たちが、血まみれの手で懸命に処置を行っていた。
心電図は、フラットラインだった。
「もうダメだ......」
「諦めるな! まだ......」
その瞬間。
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マルティネスの目が、開いた。
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彼は、手術台の上で跳ね起きた。
胸に刺さったままのチューブが引っ張られ、医師が悲鳴を上げた。
マルティネスは、叫んだ。
「こんなんで死んでたまるかボケェ!!!」
その声は、隣の手術室にまで響いた。
医師たちは、凍りついていた。
「......なんだ、今の」
「同時に......二人とも......」
「同じ言葉を......」
マルティネスは、周囲を見回した。
「ここ、どこだ......」
そして、また倒れた。
だが、心電図には、規則正しい波形が刻まれていた。
生きている。
マルティネスもまた、死ななかった。
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手術室の外。
廊下。
スヨンは、壁にもたれかかっていた。
泣き疲れた顔。目は赤く腫れている。
ジョンソンが、隣に座っていた。
ヨナタンが、反対側の壁に寄りかかっていた。
誰も、何も言わなかった。
二人の仲間が、手術室で死にかけている。
祈ることしか、できなかった。
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手術室のドアが開いた。
医師が出てきた。
顔は、疲れ切っていた。だが、どこか呆然としていた。
スヨンが立ち上がった。
「瀧本は......」
「生きています」
「......本当に」
「本当です。信じられませんが......」
医師は、頭を振った。
「心停止から九分。普通なら、脳に深刻なダメージが残ります。だが、彼は......」
「彼は?」
「起き上がって、叫びました。『こんなんで死んでたまるかボケェ』と」
スヨンは、目を見開いた。
そして、笑い始めた。
涙を流しながら、笑っていた。
「馬鹿......本当に馬鹿......」
ジョンソンが聞いた。
「マルティネスは」
「同じです」
「同じ?」
「ほぼ同時に、同じ言葉を叫んで蘇生しました」
ジョンソンは、天井を見上げた。
「......あいつら、本当に人間か」
医師は、肩をすくめた。
「私にも分かりません。医学では説明できない」
「だろうな」
ジョンソンは、小さく笑った。
「あいつらは、ゴキブリより強いんだ」
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三日後。
ウドンターニー。
国際病院。
病室。
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瀧本とマルティネスは、隣同士のベッドに寝ていた。
二人とも、包帯だらけだった。
瀧本は首と腹部。マルティネスは胸。
だが、二人とも意識は戻っていた。
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「瀧本」
マルティネスが言った。
「何だ」
「お前、何発撃たれた」
「24発だ」
「俺は、1発だ」
「そうか」
「負けたな」
「勝負じゃない」
瀧本は、天井を見つめていた。
「勝負なら、撃たれない方が勝ちだ」
「それもそうだ」
マルティネスは、咳き込んだ。胸の傷が痛むのだろう。
「柏木は......」
「死んだ」
「お前が殺したのか」
「ああ」
瀧本は、目を閉じた。
「俺が殺した。英雄のまま、殺してやった」
マルティネスは、何も言わなかった。
沈黙が流れた。
「後悔してるか」
「してない」
瀧本は、目を開けた。
「あいつは、もう戻れなかった。だから、殺した」
「そうか」
「でも、悲しくはある」
「......ああ」
「あいつは、仲間だった。英雄だった」
「だったな」
「だから、悲しい」
瀧本の目から、涙が流れた。
だが、顔は、穏やかだった。
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ドアが開いた。
スヨンが入ってきた。
「二人とも、起きてるのね」
「起きてる」
「話してたのか」
「ああ。24発と1発の差について」
「何それ」
スヨンは、瀧本の傍に座った。
「あなた、本当に死なないのね」
「死ぬ気がないからな」
「首を撃たれたのよ」
「撃たれた」
「腹も撃たれたのよ」
「撃たれた」
「普通、死ぬわよ」
「普通じゃないんだろう」
スヨンは、溜息をついた。
「本当に馬鹿」
「よく言われる」
スヨンは、瀧本の手を握った。
「でも、生きててくれて、ありがとう」
「礼を言うのはこっちだ」
「何が」
「傍にいてくれて、ありがとう」
スヨンは、微笑んだ。
その笑顔には、安堵が滲んでいた。
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一週間後。
バンコク。
突撃隊本部。
局長室。
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局長ウィチャイは、報告書を前にしていた。
ラオスでの作戦の結果。
生存者と死亡者。
逮捕者と逃亡者。
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【死亡者】
柏木勇気 ── 瀧本に射殺される
トーマス・ベッカー ── ヘリ墜落時に死亡
アンナ・コワルスキー ── ヘリ墜落時に死亡
パイロット二名 ── ヘリ墜落時に死亡
チャーリーチーム隊員三名 ── 柏木に射殺される(帰還命令拒否のため)
ラオス警察官三名 ── 柏木の部隊との交戦で死亡
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【重傷者】
瀧本勝幸 ── 首と腹部に被弾、心肺停止から蘇生、回復中
ホセ・マルティネス ── 胸部に被弾、心肺停止から蘇生、回復中
ニコライ・ペトロフ ── 内出血と多発骨折、手術成功、回復中
サラ・ミッチェル ── 左腕骨折、回復中
アレクセイ・ヴォルコフ ── 足負傷、回復中
川島明 ── 胸部に被弾(柏木に撃たれる)、手術成功、回復中
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【逮捕者】
ナリン・チャイヤプーム ── 投降、拘束中
ファリダ・チャンチャイ ── 投降、拘束中
チャーリーチーム隊員四名 ── 投降、拘束中
ブラボーチーム隊員二名 ── 投降、拘束中(ヘリ撃墜後に柏木に従った者)
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【逃亡者】
マリー・デュボア ── 瀧本を狙撃後、逃亡中
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局長は、報告書を机に置いた。
溜息をついた。
「......大きな犠牲だった」
ハーパーが、隣に立っていた。
「柏木は死にました。作戦は成功です」
「成功か」
局長は、窓の外を見た。
「仲間が仲間を殺した。これが成功と言えるのか」
「......」
「柏木は、かつては英雄だった。俺が、タイに呼んだ」
「......」
「俺が、壊したのかもしれない」
「局長......」
「いや、言い訳だな」
局長は、首を振った。
「柏木は、自分で壊れた。誰のせいでもない」
「はい」
「だが、もっと早く気づくべきだった。もっと早く、手を打つべきだった」
局長は、椅子に座り直した。
「マリー・デュボアは、まだ見つからないのか」
「はい。ラオスの奥地に逃げ込んだと思われます」
「追跡しろ。彼女を見つけて、連れ戻せ」
「了解」
「殺すな。生きたまま連れ戻せ」
「......彼女は、瀧本を撃ちました」
「知っている」
「それでも、殺すなと」
「ああ」
局長は、瀧本の顔を思い浮かべた。
「瀧本なら、そう言うだろう。彼女も仲間だ、と」
「......」
「馬鹿な男だ。だが、そういう馬鹿がいるから、俺たちは前に進める」
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二週間後。
バンコク。
病院。
瀧本の病室。
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瀧本は、ベッドの上に座っていた。
首には包帯が巻かれている。腹部にも。
だが、顔色は悪くなかった。
回復は、驚くほど早かった。
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ドアをノックする音がした。
「入れ」
局長が入ってきた。
「調子はどうだ」
「悪くない」
「首を撃たれて、悪くないか」
「悪くない」
局長は、椅子に座った。
「瀧本、報告がある」
「何だ」
「マリー・デュボアが、まだ見つからない」
瀧本は、何も言わなかった。
「彼女は、お前を撃った」
「知ってる」
「恨んでいるか」
「恨んでない」
瀧本は、窓の外を見た。
「マリーは、柏木を愛していた」
「ああ」
「俺が柏木を殺した。だから、マリーは俺を撃った」
「それで許せるのか」
「許すも何もない」
瀧本は、局長を見た。
「俺がマリーの立場でも、同じことをしたかもしれない」
「......」
「だから、恨んでない。ただ、連れ戻したい」
「連れ戻す?」
「ああ。マリーは仲間だ。壊れていても、仲間だ」
局長は、瀧本を見つめていた。
「お前は、本当に変わった奴だな」
「よく言われる」
「褒め言葉だ」
「褒め言葉として受け取る」
局長は、立ち上がった。
「退院したら、報告に来い。次の任務がある」
「次?」
「ああ。お前に休みはない」
「知ってる」
局長は、ドアに向かった。
そして、振り返った。
「瀧本」
「何だ」
「生きていてくれて、ありがとう」
「礼を言われることじゃない」
「言いたいから言う」
局長は、小さく笑った。
「お前がいないと、突撃隊は成り立たない。覚えておけ」
瀧本は、何も言わなかった。
局長は、部屋を出た。
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一ヶ月後。
バンコク。
突撃隊本部。
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瀧本は、退院していた。
首の傷は、まだ完全には治っていない。腹部も同じだ。
だが、動けるようになっていた。
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マルティネスも、退院していた。
二人は、本部の廊下で顔を合わせた。
「瀧本」
「マルティネス」
「生きてるな」
「お前もな」
二人は、拳を合わせた。
「まだ痛むか」
「痛む。お前は」
「同じだ」
「そうか」
「そうだ」
二人は、歩き出した。
並んで、廊下を歩いた。
「次の任務、聞いたか」
「聞いてない」
「俺も聞いてない」
「また、やばいことになりそうだな」
「いつものことだ」
瀧本は、窓の外を見た。
バンコクの街が広がっている。
「柏木のことは」
「何だ」
「後悔してないか」
瀧本は、少し黙った。
「してない」
「そうか」
「でも、忘れない」
「忘れないか」
「ああ。あいつは、仲間だった。英雄だった。だから、忘れない」
マルティネスは、頷いた。
「そうだな。忘れない方がいい」
「ああ」
二人は、ブリーフィングルームに向かった。
新しい任務が、待っている。
新しい戦いが、待っている。
だが、彼らは恐れていなかった。
死ぬ気がないから。
生きる気満々だから。
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拘置所。
ナリンの独房。
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ナリンは、壁にもたれかかって座っていた。
目は虚ろだった。
何も考えられなかった。
柏木は、死んだ。
瀧本に、殺された。
自分は、生き残った。
投降したから。
戦わなかったから。
「私は......」
ナリンは、呟いた。
「私は、何をすればいいの......」
答えは、なかった。
ただ、沈黙だけがあった。
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川島の病室。
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川島明は、ベッドの上で天井を見つめていた。
胸の傷は、まだ痛む。柏木に撃たれた傷だ。
かつての隊長に。
かつて、命を懸けて従った男に。
「隊長......」
川島は、呟いた。
「俺は......これからどうすればいいんですか......」
答えは、なかった。
柏木は、もういない。
永遠に、いない。
川島は、目を閉じた。
涙が、頬を伝った。
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どこか。
ラオスの奥地。
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マリー・デュボアは、小さな村にいた。
誰も彼女を知らない場所。
誰も彼女を追ってこない場所。
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彼女は、古い小屋の中に座っていた。
膝を抱えて、壁にもたれかかっていた。
目は、虚ろだった。
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柏木は、死んだ。
私が愛した男は、死んだ。
私は、瀧本を撃った。
愛した男を殺した男を、撃った。
でも、瀧本は死ななかった。
あの男は、死なない。
何度撃たれても、死なない。
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「私は......」
マリーは、呟いた。
「私は、これからどうすればいいの......」
答えは、なかった。
風だけが、窓から吹き込んでいた。
彼女は、一人だった。
完全に、一人だった。
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バンコク。
夕暮れ。
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瀧本は、本部の屋上に立っていた。
スヨンが、隣にいた。
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「結婚式、いつにする」
スヨンが聞いた。
「傷が治ってからだ」
「いつ治るの」
「分からない」
「また撃たれる前に、挙げたいわね」
「また撃たれる前提か」
「あなたでしょ。絶対また撃たれるわ」
瀧本は、笑った。
「かもな」
「笑い事じゃないわよ」
「笑い事だ」
スヨンは、瀧本の腕に寄り添った。
「来月にしましょう」
「来月?」
「傷が治ってなくても、いいわ」
「式の最中に倒れるかもしれないぞ」
「倒れたら、起こしてあげる」
「......そうか」
「そうよ」
瀧本は、夕日を見つめていた。
オレンジ色の光が、バンコクの街を照らしている。
「来月か」
「来月よ」
「分かった」
瀧本は、スヨンの肩を抱いた。
「来月、結婚しよう」
「約束よ」
「約束する」
「死なないでね」
「死なない」
「また撃たれないでね」
「......それは約束できない」
「でしょうね」
スヨンは、笑った。
瀧本も、笑った。
夕日が、二人を照らしていた。
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第五部「氷」は、こうして幕を閉じた。
柏木勇気は死に、マリー・デュボアは逃亡した。
多くの仲間が傷つき、何人かは死んだ。
だが、瀧本勝幸は生きていた。
24発の弾丸を受けて、まだ生きていた。
そして、結婚しようとしていた。
子供を作ろうとしていた。
死ぬ気など、まったくなかった。
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次の戦いが、待っている。
マリーを追う戦い。
新たな敵との戦い。
だが、それは、また別の物語だ。




