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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第5章 氷
109/132

最終話 蘇生

---


 ウドンターニー。


 国際病院。


 緊急手術室。


---


 二つの手術台が、並んでいた。


 一つには、瀧本勝幸。


 一つには、ホセ・マルティネス。


 二人とも、心肺停止状態で搬送されてきた。


---


---


 瀧本の手術室。


 医師たちが、必死に蘇生措置を行っていた。


 「心停止から八分! まだ戻らない!」


 「アドレナリン追加!」


 「電気ショック、もう一度!」


 除細動器が、瀧本の胸に押し当てられた。


 電流が流れた。


 瀧本の体が、跳ねた。


 心電図は、フラットラインのままだった。


 「戻らない......」


 「もう一度だ! 諦めるな!」


 医師が、除細動器を構えた。


 その瞬間。


---


---


 瀧本の目が、開いた。


---


---


 彼は、手術台の上で跳ね起きた。


 医師たちが、驚いて後ずさった。


 瀧本は、叫んだ。


 「こんなんで死んでたまるかボケェ!!!」


 その声は、手術室の壁を震わせた。


 医師たちは、呆然としていた。


 「......生き返った」


 「心停止から九分で......」


 「ありえない......医学的に、ありえない......」


 瀧本は、周囲を見回した。


 そして、また倒れた。


 だが、心電図には、規則正しい波形が刻まれていた。


 生きている。


 瀧本勝幸は、また死ななかった。


---


---


 隣の手術室。


 マルティネスの蘇生措置が続いていた。


 「心停止から七分! 反応なし!」


 「胸部の出血が止まらない!」


 「輸血を追加しろ!」


 医師たちが、血まみれの手で懸命に処置を行っていた。


 心電図は、フラットラインだった。


 「もうダメだ......」


 「諦めるな! まだ......」


 その瞬間。


---


---


 マルティネスの目が、開いた。


---


---


 彼は、手術台の上で跳ね起きた。


 胸に刺さったままのチューブが引っ張られ、医師が悲鳴を上げた。


 マルティネスは、叫んだ。


 「こんなんで死んでたまるかボケェ!!!」


 その声は、隣の手術室にまで響いた。


 医師たちは、凍りついていた。


 「......なんだ、今の」


 「同時に......二人とも......」


 「同じ言葉を......」


 マルティネスは、周囲を見回した。


 「ここ、どこだ......」


 そして、また倒れた。


 だが、心電図には、規則正しい波形が刻まれていた。


 生きている。


 マルティネスもまた、死ななかった。


---


---


 手術室の外。


 廊下。


 スヨンは、壁にもたれかかっていた。


 泣き疲れた顔。目は赤く腫れている。


 ジョンソンが、隣に座っていた。


 ヨナタンが、反対側の壁に寄りかかっていた。


 誰も、何も言わなかった。


 二人の仲間が、手術室で死にかけている。


 祈ることしか、できなかった。


---


---


 手術室のドアが開いた。


 医師が出てきた。


 顔は、疲れ切っていた。だが、どこか呆然としていた。


 スヨンが立ち上がった。


 「瀧本は......」


 「生きています」


 「......本当に」


 「本当です。信じられませんが......」


 医師は、頭を振った。


 「心停止から九分。普通なら、脳に深刻なダメージが残ります。だが、彼は......」


 「彼は?」


 「起き上がって、叫びました。『こんなんで死んでたまるかボケェ』と」


 スヨンは、目を見開いた。


 そして、笑い始めた。


 涙を流しながら、笑っていた。


 「馬鹿......本当に馬鹿......」


 ジョンソンが聞いた。


 「マルティネスは」


 「同じです」


 「同じ?」


 「ほぼ同時に、同じ言葉を叫んで蘇生しました」


 ジョンソンは、天井を見上げた。


 「......あいつら、本当に人間か」


 医師は、肩をすくめた。


 「私にも分かりません。医学では説明できない」


 「だろうな」


 ジョンソンは、小さく笑った。


 「あいつらは、ゴキブリより強いんだ」


---


---


 三日後。


 ウドンターニー。


 国際病院。


 病室。


---


 瀧本とマルティネスは、隣同士のベッドに寝ていた。


 二人とも、包帯だらけだった。


 瀧本は首と腹部。マルティネスは胸。


 だが、二人とも意識は戻っていた。


---


---


 「瀧本」


 マルティネスが言った。


 「何だ」


 「お前、何発撃たれた」


 「24発だ」


 「俺は、1発だ」


 「そうか」


 「負けたな」


 「勝負じゃない」


 瀧本は、天井を見つめていた。


 「勝負なら、撃たれない方が勝ちだ」


 「それもそうだ」


 マルティネスは、咳き込んだ。胸の傷が痛むのだろう。


 「柏木は......」


 「死んだ」


 「お前が殺したのか」


 「ああ」


 瀧本は、目を閉じた。


 「俺が殺した。英雄のまま、殺してやった」


 マルティネスは、何も言わなかった。


 沈黙が流れた。


 「後悔してるか」


 「してない」


 瀧本は、目を開けた。


 「あいつは、もう戻れなかった。だから、殺した」


 「そうか」


 「でも、悲しくはある」


 「......ああ」


 「あいつは、仲間だった。英雄だった」


 「だったな」


 「だから、悲しい」


 瀧本の目から、涙が流れた。


 だが、顔は、穏やかだった。


---


---


 ドアが開いた。


 スヨンが入ってきた。


 「二人とも、起きてるのね」


 「起きてる」


 「話してたのか」


 「ああ。24発と1発の差について」


 「何それ」


 スヨンは、瀧本の傍に座った。


 「あなた、本当に死なないのね」


 「死ぬ気がないからな」


 「首を撃たれたのよ」


 「撃たれた」


 「腹も撃たれたのよ」


 「撃たれた」


 「普通、死ぬわよ」


 「普通じゃないんだろう」


 スヨンは、溜息をついた。


 「本当に馬鹿」


 「よく言われる」


 スヨンは、瀧本の手を握った。


 「でも、生きててくれて、ありがとう」


 「礼を言うのはこっちだ」


 「何が」


 「傍にいてくれて、ありがとう」


 スヨンは、微笑んだ。


 その笑顔には、安堵が滲んでいた。


---


---


 一週間後。


 バンコク。


 突撃隊本部。


 局長室。


---


 局長ウィチャイは、報告書を前にしていた。


 ラオスでの作戦の結果。


 生存者と死亡者。


 逮捕者と逃亡者。


---


---


 【死亡者】


 柏木勇気 ── 瀧本に射殺される


 トーマス・ベッカー ── ヘリ墜落時に死亡


 アンナ・コワルスキー ── ヘリ墜落時に死亡


 パイロット二名 ── ヘリ墜落時に死亡


 チャーリーチーム隊員三名 ── 柏木に射殺される(帰還命令拒否のため)


 ラオス警察官三名 ── 柏木の部隊との交戦で死亡


---


---


 【重傷者】


 瀧本勝幸 ── 首と腹部に被弾、心肺停止から蘇生、回復中


 ホセ・マルティネス ── 胸部に被弾、心肺停止から蘇生、回復中


 ニコライ・ペトロフ ── 内出血と多発骨折、手術成功、回復中


 サラ・ミッチェル ── 左腕骨折、回復中


 アレクセイ・ヴォルコフ ── 足負傷、回復中


 川島明 ── 胸部に被弾(柏木に撃たれる)、手術成功、回復中


---


---


 【逮捕者】


 ナリン・チャイヤプーム ── 投降、拘束中


 ファリダ・チャンチャイ ── 投降、拘束中


 チャーリーチーム隊員四名 ── 投降、拘束中


 ブラボーチーム隊員二名 ── 投降、拘束中(ヘリ撃墜後に柏木に従った者)


---


---


 【逃亡者】


 マリー・デュボア ── 瀧本を狙撃後、逃亡中


---


---


 局長は、報告書を机に置いた。


 溜息をついた。


 「......大きな犠牲だった」


 ハーパーが、隣に立っていた。


 「柏木は死にました。作戦は成功です」


 「成功か」


 局長は、窓の外を見た。


 「仲間が仲間を殺した。これが成功と言えるのか」


 「......」


 「柏木は、かつては英雄だった。俺が、タイに呼んだ」


 「......」


 「俺が、壊したのかもしれない」


 「局長......」


 「いや、言い訳だな」


 局長は、首を振った。


 「柏木は、自分で壊れた。誰のせいでもない」


 「はい」


 「だが、もっと早く気づくべきだった。もっと早く、手を打つべきだった」


 局長は、椅子に座り直した。


 「マリー・デュボアは、まだ見つからないのか」


 「はい。ラオスの奥地に逃げ込んだと思われます」


 「追跡しろ。彼女を見つけて、連れ戻せ」


 「了解」


 「殺すな。生きたまま連れ戻せ」


 「......彼女は、瀧本を撃ちました」


 「知っている」


 「それでも、殺すなと」


 「ああ」


 局長は、瀧本の顔を思い浮かべた。


 「瀧本なら、そう言うだろう。彼女も仲間だ、と」


 「......」


 「馬鹿な男だ。だが、そういう馬鹿がいるから、俺たちは前に進める」


---


---


 二週間後。


 バンコク。


 病院。


 瀧本の病室。


---


 瀧本は、ベッドの上に座っていた。


 首には包帯が巻かれている。腹部にも。


 だが、顔色は悪くなかった。


 回復は、驚くほど早かった。


---


---


 ドアをノックする音がした。


 「入れ」


 局長が入ってきた。


 「調子はどうだ」


 「悪くない」


 「首を撃たれて、悪くないか」


 「悪くない」


 局長は、椅子に座った。


 「瀧本、報告がある」


 「何だ」


 「マリー・デュボアが、まだ見つからない」


 瀧本は、何も言わなかった。


 「彼女は、お前を撃った」


 「知ってる」


 「恨んでいるか」


 「恨んでない」


 瀧本は、窓の外を見た。


 「マリーは、柏木を愛していた」


 「ああ」


 「俺が柏木を殺した。だから、マリーは俺を撃った」


 「それで許せるのか」


 「許すも何もない」


 瀧本は、局長を見た。


 「俺がマリーの立場でも、同じことをしたかもしれない」


 「......」


 「だから、恨んでない。ただ、連れ戻したい」


 「連れ戻す?」


 「ああ。マリーは仲間だ。壊れていても、仲間だ」


 局長は、瀧本を見つめていた。


 「お前は、本当に変わった奴だな」


 「よく言われる」


 「褒め言葉だ」


 「褒め言葉として受け取る」


 局長は、立ち上がった。


 「退院したら、報告に来い。次の任務がある」


 「次?」


 「ああ。お前に休みはない」


 「知ってる」


 局長は、ドアに向かった。


 そして、振り返った。


 「瀧本」


 「何だ」


 「生きていてくれて、ありがとう」


 「礼を言われることじゃない」


 「言いたいから言う」


 局長は、小さく笑った。


 「お前がいないと、突撃隊は成り立たない。覚えておけ」


 瀧本は、何も言わなかった。


 局長は、部屋を出た。


---


---


 一ヶ月後。


 バンコク。


 突撃隊本部。


---


 瀧本は、退院していた。


 首の傷は、まだ完全には治っていない。腹部も同じだ。


 だが、動けるようになっていた。


---


---


 マルティネスも、退院していた。


 二人は、本部の廊下で顔を合わせた。


 「瀧本」


 「マルティネス」


 「生きてるな」


 「お前もな」


 二人は、拳を合わせた。


 「まだ痛むか」


 「痛む。お前は」


 「同じだ」


 「そうか」


 「そうだ」


 二人は、歩き出した。


 並んで、廊下を歩いた。


 「次の任務、聞いたか」


 「聞いてない」


 「俺も聞いてない」


 「また、やばいことになりそうだな」


 「いつものことだ」


 瀧本は、窓の外を見た。


 バンコクの街が広がっている。


 「柏木のことは」


 「何だ」


 「後悔してないか」


 瀧本は、少し黙った。


 「してない」


 「そうか」


 「でも、忘れない」


 「忘れないか」


 「ああ。あいつは、仲間だった。英雄だった。だから、忘れない」


 マルティネスは、頷いた。


 「そうだな。忘れない方がいい」


 「ああ」


 二人は、ブリーフィングルームに向かった。


 新しい任務が、待っている。


 新しい戦いが、待っている。


 だが、彼らは恐れていなかった。


 死ぬ気がないから。


 生きる気満々だから。


---


---


 拘置所。


 ナリンの独房。


---


 ナリンは、壁にもたれかかって座っていた。


 目は虚ろだった。


 何も考えられなかった。


 柏木は、死んだ。


 瀧本に、殺された。


 自分は、生き残った。


 投降したから。


 戦わなかったから。


 「私は......」


 ナリンは、呟いた。


 「私は、何をすればいいの......」


 答えは、なかった。


 ただ、沈黙だけがあった。


---


---


 川島の病室。


---


 川島明は、ベッドの上で天井を見つめていた。


 胸の傷は、まだ痛む。柏木に撃たれた傷だ。


 かつての隊長に。


 かつて、命を懸けて従った男に。


 「隊長......」


 川島は、呟いた。


 「俺は......これからどうすればいいんですか......」


 答えは、なかった。


 柏木は、もういない。


 永遠に、いない。


 川島は、目を閉じた。


 涙が、頬を伝った。


---


---


 どこか。


 ラオスの奥地。


---


 マリー・デュボアは、小さな村にいた。


 誰も彼女を知らない場所。


 誰も彼女を追ってこない場所。


---


---


 彼女は、古い小屋の中に座っていた。


 膝を抱えて、壁にもたれかかっていた。


 目は、虚ろだった。


---


---


 柏木は、死んだ。


 私が愛した男は、死んだ。


 私は、瀧本を撃った。


 愛した男を殺した男を、撃った。


 でも、瀧本は死ななかった。


 あの男は、死なない。


 何度撃たれても、死なない。


---


---


 「私は......」


 マリーは、呟いた。


 「私は、これからどうすればいいの......」


 答えは、なかった。


 風だけが、窓から吹き込んでいた。


 彼女は、一人だった。


 完全に、一人だった。


---


---


 バンコク。


 夕暮れ。


---


 瀧本は、本部の屋上に立っていた。


 スヨンが、隣にいた。


---


---


 「結婚式、いつにする」


 スヨンが聞いた。


 「傷が治ってからだ」


 「いつ治るの」


 「分からない」


 「また撃たれる前に、挙げたいわね」


 「また撃たれる前提か」


 「あなたでしょ。絶対また撃たれるわ」


 瀧本は、笑った。


 「かもな」


 「笑い事じゃないわよ」


 「笑い事だ」


 スヨンは、瀧本の腕に寄り添った。


 「来月にしましょう」


 「来月?」


 「傷が治ってなくても、いいわ」


 「式の最中に倒れるかもしれないぞ」


 「倒れたら、起こしてあげる」


 「......そうか」


 「そうよ」


 瀧本は、夕日を見つめていた。


 オレンジ色の光が、バンコクの街を照らしている。


 「来月か」


 「来月よ」


 「分かった」


 瀧本は、スヨンの肩を抱いた。


 「来月、結婚しよう」


 「約束よ」


 「約束する」


 「死なないでね」


 「死なない」


 「また撃たれないでね」


 「......それは約束できない」


 「でしょうね」


 スヨンは、笑った。


 瀧本も、笑った。


 夕日が、二人を照らしていた。


---


---


 第五部「氷」は、こうして幕を閉じた。


 柏木勇気は死に、マリー・デュボアは逃亡した。


 多くの仲間が傷つき、何人かは死んだ。


 だが、瀧本勝幸は生きていた。


 24発の弾丸を受けて、まだ生きていた。


 そして、結婚しようとしていた。


 子供を作ろうとしていた。


 死ぬ気など、まったくなかった。


---


---


 次の戦いが、待っている。


 マリーを追う戦い。


 新たな敵との戦い。


 だが、それは、また別の物語だ。

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