第5話 決着
---
最初の銃声は、警告なく来た。
瀧本が担架の上で目を閉じていた、その瞬間だった。
乾いた音が空気を裂いた。
スヨンが悲鳴を上げた。
瀧本は反射的に転がった。担架から落ち、アスファルトの上に身を伏せた。左肩の傷が悲鳴を上げたが、無視した。
銃声が連続した。
一発。二発。三発。
弾丸がハンヴィーの車体を叩いた。火花が散る。ガラスが砕ける。
「伏せろ! 全員伏せろ!」
ジョンソンが叫んだ。
狙撃だ。
複数の方向から。
柏木が、戻ってきた。
---
---
マルティネスは、M240を構えて周囲を見回していた。
敵の位置を特定しようとしていた。
林の中。道路の北側。そこから撃っている。
「北だ! 北の林から......」
その言葉は、途中で途切れた。
銃声。
マルティネスの体が、後ろに跳ねた。
胸を撃ち抜かれていた。
「マルティネス!」
ヨナタンが叫んだ。
マルティネスは、地面に倒れた。目を見開いたまま、動かなくなった。
「くそ......くそ......!」
ヨナタンがライフルを構え、林に向かって撃った。だが、敵は見えない。
また、銃声。
弾丸がヨナタンの足元を抉った。
「車内に入れ! 車内だ!」
ジョンソンが叫んだ。
だが、ジョンソン自身も動けなかった。GAU-19の銃座にいる。そこから降りれば、狙撃される。
銃声。
弾丸がジョンソンの耳元を掠めた。
「くそ......!」
ジョンソンは、銃座から飛び降りた。ハンヴィーの影に身を隠した。
GAU-19は使えない。使おうとすれば、狙撃される。
アルファチームは、完全に制圧されていた。
---
---
瀧本は、アスファルトの上に伏せていた。
マルティネスが撃たれた。
胸を撃ち抜かれた。
死んだのか。
分からない。だが、動いていない。
「マルティネス......」
瀧本は、這うように移動した。マルティネスの方へ。
弾丸が頭上を飛んでいく。
構わない。仲間を助けなければ。
マルティネスの傍に辿り着いた。
首筋に手を当てた。
脈がある。
弱いが、ある。
「生きてる......」
だが、傷が深い。胸を貫通している。このままでは、長くない。
「スヨン! 医療キットを!」
「今、行けない......! 撃たれる......!」
スヨンは、ハンヴィーの影に隠れていた。
動けない。
誰も動けない。
狙撃が、全員を釘付けにしていた。
---
---
その時。
足音が聞こえた。
林の方から。
近づいてくる。
瀧本は、首を動かした。
人影が見えた。
黒いスーツ。オールバック。片目のサングラス。
柏木勇気。
ベレッタM92FSを構え、ゆっくりと歩いてくる。
「瀧本」
柏木の声は、静かだった。
「まだ生きていたか」
「......ああ」
「しぶといな」
「よく言われる」
瀧本は、立ち上がろうとした。
柏木が、ベレッタを構えた。
「動くな」
「動く」
瀧本は、立ち上がった。
柏木が、撃った。
---
---
弾丸が、瀧本の胸を打った。
一発。
二発。
三発。
四発。
五発。
瀧本は、後ろによろめいた。だが、倒れなかった。
防弾ベストが、弾丸を止めていた。
だが、衝撃は凄まじかった。肋骨が軋む。息ができない。
「ベストか」
柏木は、冷静に言った。
「賢いな。だが、無駄だ」
柏木が、距離を詰めてきた。
瀧本は、M93Rを抜こうとした。だが、間に合わなかった。
柏木の動きは、速かった。
CARシステム。
近接射撃の技術。
柏木の左手が、瀧本の右手首を掴んだ。M93Rを抜かせない。
同時に、右手のベレッタが、瀧本の腹部に押し当てられた。
ベストの下。防御がない場所。
「終わりだ、瀧本」
柏木の声は、感情がなかった。
「お前は、ここで死ぬ」
---
---
瀧本は、柏木の目を見た。
片目のサングラス越しに、冷たい目が見える。
かつては、正義を宿していた目だ。
今は、何もない。
空洞だ。
「柏木」
瀧本は言った。
「お前は、もう戻れないのか」
「戻る場所などない」
「ある。俺たちがいる」
「お前たちは、敵だ」
「違う。仲間だ」
柏木は、トリガーに指をかけた。
「さよならだ」
瀧本の左手が、動いた。
柏木のベレッタを、掴んだ。
銃身を、握りしめた。
---
---
銃声が響いた。
弾丸が、瀧本の腹部を撃ち抜いた。
「ぐあっ......!」
激痛が走った。内臓が焼けるような痛み。
だが、瀧本は手を離さなかった。
ベレッタを、握りしめたまま。
「離せ」
柏木が言った。
「離さない」
瀧本は、ベレッタを引いた。
柏木の手から、奪い取った。
「何......」
柏木が、驚きの声を上げた。
瀧本は、ベレッタを構えた。
柏木に向けて。
---
---
「この銃は」
瀧本は言った。
血が口から流れていた。腹部から、血が滴っていた。
だが、声は、はっきりとしていた。
「守るための銃だ」
柏木は、後ずさった。
「返してもらうぞ」
瀧本は、トリガーに指をかけた。
「クソ野郎」
---
---
銃声が響いた。
弾丸が、柏木の頭を貫いた。
眉間から入り、後頭部から抜けた。
血と脳漿が、飛び散った。
柏木の体が、硬直した。
目が見開かれたまま、固まっていた。
そして、崩れ落ちた。
アスファルトの上に、倒れた。
動かなくなった。
---
---
瀧本は、柏木を見下ろしていた。
かつての仲間。
かつての英雄。
そして、今は、ただの死体。
「......柏木」
瀧本は呟いた。
「お前は、英雄だった」
返事はなかった。
「だから、英雄のまま殺してやった」
瀧本は、ベレッタを握りしめた。
「これ以上、堕ちる前にな」
---
---
その瞬間。
銃声が響いた。
遠くから。
狙撃だ。
---
---
弾丸が、瀧本の首を貫いた。
左側から入り、右側に抜けた。
鮮血が、噴き出した。
「......っ」
瀧本は、声を出せなかった。
首から、血が溢れている。
息ができない。
世界が、揺れた。
瀧本は、膝をついた。
そして、倒れた。
---
---
林の中。
マリーは、スナイパーライフルを構えていた。
スコープ越しに、瀧本が倒れるのを見た。
「......」
マリーの目から、涙が流れていた。
「ごめんなさい......瀧本さん......」
だが、彼女は撃った。
柏木を殺した男を。
愛した男を殺した男を。
「柏木......」
マリーは、ライフルを下ろした。
「私は......私は、何をしてしまったの......」
答えは、なかった。
風だけが、吹いていた。
---
---
スヨンが、悲鳴を上げた。
「瀧本!!!」
彼女は、ハンヴィーの影から飛び出した。
狙撃など、もう気にしていなかった。
瀧本の傍に駆け寄った。
瀧本は、仰向けに倒れていた。
首から、血が流れている。
目は、開いている。だが、焦点が合っていない。
「瀧本......瀧本......!」
スヨンは、瀧本の首を押さえた。
血が、指の間から溢れ出る。
「死なないで......死なないで......!」
瀧本の唇が、動いた。
声は、出なかった。
だが、口の形で、分かった。
『大丈夫だ』
「大丈夫じゃない......!」
スヨンは泣いていた。
「死なないでよ......約束したでしょ......!」
瀧本の手が、スヨンの頬に触れた。
弱々しく。
だが、確かに。
『死なない』
瀧本の口が、そう動いた。
『俺は、死ぬ気がない』
そして、目を閉じた。
---
---
ジョンソンが駆け寄ってきた。
「瀧本! くそ、瀧本!」
ヨナタンも来た。
「首だ......頸動脈を......」
「止血しろ! 今すぐ!」
スヨンは、泣きながら瀧本の首を押さえ続けていた。
「死なないで......お願い......死なないで......」
ジョンソンが、無線を取った。
「こちらアルファチーム! 緊急事態! 瀧本が撃たれた! 首を撃たれた! 至急、医療ヘリを!」
『了解! 座標を送れ!』
「座標は......くそ、今送る!」
ジョンソンは、GPSを確認した。
「北緯16度33分、東経104度45分! 急げ!」
『了解! ETA二十分!』
「二十分も持たない......くそ......」
ジョンソンは、瀧本を見下ろした。
首から、まだ血が流れている。
顔は、蒼白だ。
「瀧本......死ぬな......」
返事は、なかった。
---
---
林の中。
マリーは、立ち尽くしていた。
ライフルを持ったまま。
動けなかった。
「私は......」
声が、震えていた。
「私は、何をしたの......」
柏木は、死んだ。
瀧本に、殺された。
そして、私は、瀧本を撃った。
復讐?
違う。
分からない。
何も、分からない。
「柏木......」
マリーは、膝をついた。
「私を......どうすればいいの......」
答えは、なかった。
風だけが、吹いていた。
木々が、揺れていた。
太陽が、空高く昇っていた。
だが、マリーには、何も見えなかった。
闘が、彼女を包んでいた。
---
---
道路の上。
二つの体が、倒れていた。
柏木勇気。
頭を撃ち抜かれ、死んでいた。
瀧本勝幸。
首を撃たれ、血を流し続けていた。
一人は、死んだ。
もう一人は、死にかけていた。
スヨンは、瀧本の傍で泣き続けていた。
「死なないで......死なないで......」
その声は、誰にも届かなかった。
---
---
瀧本勝幸。
被弾数、24発。
そのうち、致命傷、2発。
腹部と、首。
彼は、まだ死んでいなかった。
だが、生きているとも言えなかった。
意識は、闇の中を漂っていた。
光が、遠くに見えた。
近づいているのか、遠ざかっているのか、分からなかった。
ただ、一つだけ、はっきりしていることがあった。
俺は、死ぬ気がない。
俺は、死なない。
結婚するんだ。
子供を作るんだ。
そんな状態で、死んでたまるか。
瀧本の意識は、闇の中で、それだけを繰り返していた。




