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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第5章 氷
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第3話 出撃

---


 バンコク。


 病院。


 午前四時。


 瀧本勝幸は、目を覚ました。


 何かが起きている。


 理由は分からない。だが、体が警告を発していた。長年の戦闘経験が培った直感だ。空気が変わった。何か、大きなことが起きている。


 ベッドの横で、スヨンが眠っていた。椅子に座ったまま、瀧本の手を握って。疲れた顔をしている。ここ数日、ずっと付き添ってくれていた。


 瀧本は、そっとスヨンの手を外した。起こさないように、ベッドから足を下ろす。


 体が軋んだ。左肩の傷が痛む。脇腹の傷も、まだ完全には塞がっていない。だが、動けないほどではない。


 病室のテレビをつけた。音量を最小にして。


 ニュース番組が流れていた。


 『速報 タイ北東部で軍用ヘリ二機が墜落 原因は調査中』


 瀧本の目が、細くなった。


 ウドンターニー。


 チャーリーチームがいる場所だ。


 そして、ブラボーチームが向かった場所だ。


 偶然ではない。


 瀧本は、ベッドサイドの携帯電話を取った。局長に電話をかける。


 コール音が三回鳴って、繋がった。


 「瀧本か」


 局長の声は、疲れ切っていた。


 「何があった」


 「......ブラボーチームが、やられた」


 「やられた?」


 「チャーリーチームに。柏木に」


 瀧本は、言葉を失った。


 「柏木が、裏切ったのか」


 「そうだ。ニコライから報告があった。二機のヘリが撃墜された。生存者は三人。他は死亡または行方不明だ」


 「柏木は」


 「ラオスに逃げた。従った隊員を連れて」


 沈黙が流れた。


 瀧本は、窓の外を見た。バンコクの夜景が広がっている。どこかで、サイレンが鳴っていた。


 「俺が行く」


 「お前は病院だ」


 「関係ない」


 「傷が治っていない」


 「治ってなくても、行く」


 局長は、溜息をついた。


 「止めても無駄か」


 「無駄だ」


 「......分かった。アルファチームが出動する。お前も来い」


 「了解」


 瀧本は電話を切った。


 振り返ると、スヨンが目を覚ましていた。


 「......行くの」


 「行く」


 「また、怪我するわよ」


 「しないように努力する」


 「嘘ね」


 スヨンは立ち上がった。瀧本の前に立った。目が、真っ直ぐに瀧本を見つめていた。


 「私も行く」


 「お前は......」


 「止めても無駄よ」


 瀧本は、少し笑った。


 「俺と同じことを言うな」


 「あなたの婚約者だもの。似てくるわ」


 スヨンは、瀧本の頬に手を当てた。


 「一緒に行く。一緒に帰ってくる。約束して」


 「約束する」


 「死なないでね」


 「死なない。俺は、死ぬ気がない」


 スヨンは、小さく笑った。


 その笑顔には、悲しみが混じっていた。


---


---


 午前五時。


 バンコク郊外。


 ヘリポート。


 アルファチームが集結していた。


 ジョンソン、マルティネス、ヨナタン、アブドゥル、ピーター、陳志明。


 六人の精鋭が、装備を確認していた。


 そこに、瀧本とスヨンが到着した。


 「瀧本!」


 ジョンソンが驚いた声を上げた。


 「お前、病院にいたはずだろう」


 「いた。今は、ここにいる」


 「傷は」


 「問題ない」


 「嘘だ。顔色が悪い」


 「顔色が悪くても、戦える」


 ジョンソンは、瀧本を見つめた。


 瀧本の目は、いつも通りだった。死ぬ気のない目。生きる気満々の目。


 「......分かった。来い」


 ジョンソンは、それ以上何も言わなかった。止めても無駄だと分かっていたからだ。


 マルティネスが近づいてきた。


 「瀧本、本当に大丈夫か」


 「大丈夫だ」


 「何回目だ、その台詞」


 「数えてない」


 「数えろよ。そろそろ百回くらいだぞ」


 瀧本は肩をすくめた。


 「数えても意味がない。どうせ、また言うことになる」


 マルティネスは、呆れた顔をした。だが、同時に、どこか安心したような表情も浮かべていた。


 瀧本がいる。


 それだけで、チームの士気が上がる。


 21発撃たれても死なない男。何度倒れても立ち上がる男。


 彼がいれば、何とかなる。


 そう思わせる力が、瀧本にはあった。


---


---


 ヨナタンが、瀧本の横に立った。


 「柏木を、止めに行くのか」


 「ああ」


 「止められると思うか」


 瀧本は、少し黙った。


 「分からない」


 「正直だな」


 「嘘を言っても仕方がない」


 ヨナタンは、夜空を見上げた。


 「柏木は、壊れている」


 「らしいな」


 「壊れた人間を、止めるのは難しい」


 「難しくても、やるしかない」


 「なぜだ」


 瀧本は、ヨナタンを見た。


 「柏木は、仲間だからだ」


 「仲間を殺した男だぞ」


 「それでも、仲間だ」


 ヨナタンは、瀧本の顔を見つめた。


 「お前は、本当に変わった奴だな」


 「よく言われる」


 「褒め言葉だ」


 「褒め言葉として受け取る」


 ヨナタンは、小さく笑った。


 その笑顔は、珍しく温かかった。


---


---


 午前五時三十分。


 二機のヘリが、離陸した。


 目的地は、ウドンターニー南東二十キロ地点。


 ニコライたちの救出が、最優先だ。


 瀧本は、窓の外を見ていた。


 暗闘の中を、ヘリが飛んでいく。東の空が、少しずつ明るくなり始めていた。


 柏木。


 お前は、何をしているんだ。


 瀧本は、柏木のことを考えていた。


 柏木勇気。


 戦闘の天才。誰にも負けない男。一発も被弾しない男。


 だが、心は脆かった。


 瀧本は、それを知っていた。


 柏木は、認められることを求めていた。戦闘で勝つことでしか、自分を証明できなかった。


 そして、俺が騎士になった。


 瀧本は、自分の手を見た。


 傷だらけの手。何度も撃たれ、何度も切られ、何度も殴られた手。


 俺は、何も特別なことをしていない。


 ただ、考える前に動いただけだ。


 子供が撃たれそうだったから、守った。


 国王が撃たれそうだったから、守った。


 それだけだ。


 だが、それが柏木には理解できなかったのだろう。


 柏木は、戦闘で勝つことを目指していた。


 俺は、守ることを目指していた。


 その違いが、俺を騎士にして、柏木を壊した。


 「......くそ」


 瀧本は、小さく呟いた。


 俺のせいなのか。


 俺が騎士になったから、柏木は壊れたのか。


 「違う」


 隣で、スヨンが言った。


 「何が」


 「あなたのせいじゃない。柏木が壊れたのは、柏木自身の問題よ」


 「お前、俺の考えが分かるのか」


 「顔に書いてある」


 瀧本は、苦笑した。


 「そうか」


 「そうよ。あなたは、自分を責めすぎる」


 「責めてない」


 「嘘ね」


 スヨンは、瀧本の手を握った。


 「あなたは、正しいことをした。守るべきものを守った。それだけよ」


 「それが、柏木を追い詰めた」


 「追い詰めたのは、柏木自身よ。あなたじゃない」


 瀧本は、スヨンを見た。


 「......ありがとう」


 「礼はいらない。私は、あなたの婚約者だもの」


 スヨンは、瀧本に寄り添った。


 二人は、夜明けの空を見つめていた。


---


---


 午前六時三十分。


 ウドンターニー南東。


 田んぼの中。


 ヘリが着陸した。


 アルファチームが飛び出した。


 周囲を警戒しながら、ニコライたちを探す。


 「ニコライ! いるか!」


 ジョンソンが叫んだ。


 返事がない。


 「分散して探せ!」


 チームが散開した。


 瀧本は、林の方へ向かった。


 墜落したヘリの残骸が、まだ煙を上げていた。焼け焦げた金属の匂い。燃料の匂い。そして、死体の匂い。


 瀧本は、残骸を調べた。


 中に、二つの死体があった。パイロットと、トーマスだ。焼け焦げて、原形をとどめていない。


 「......くそ」


 瀧本は、歯を食いしばった。


 トーマスは、良い奴だった。いつも冗談を言って、チームを和ませていた。


 今は、ただの焼け焦げた肉塊だ。


 瀧本は、林の奥へ進んだ。


 足元には、血の跡があった。誰かが、ここを這って逃げた跡だ。


 血の跡を辿っていく。


 五十メートルほど進んだところで、木の根元に人影が見えた。


 ニコライだった。


 倒れている。動かない。


 瀧本は駆け寄った。


 「ニコライ!」


 ニコライの首筋に手を当てた。


 脈がある。弱いが、ある。


 「生きてる......」


 瀧本は、無線を取った。


 「こちら瀧本。ニコライを発見。生存。重傷。至急、医療班を」


 『了解。位置を送れ』


 「林の中、墜落地点から北北東五十メートル」


 『向かう』


 瀧本は、ニコライの傍に座った。


 ニコライの顔は、蒼白だった。唇は紫色で、呼吸は浅い。体温も低い。このままでは、長くない。


 「ニコライ、聞こえるか」


 ニコライの瞼が、僅かに動いた。


 「......瀧本......?」


 「ああ。俺だ」


 「お前......病院に......」


 「抜け出した」


 「また......か......」


 ニコライの唇が、僅かに動いた。笑おうとしているのだ。


 「柏木は......」


 「知ってる。ラオスに逃げたんだろう」


 「ああ......追わなければ......」


 「追う。だが、まずお前を助ける」


 「俺は......いい......柏木を......」


 「馬鹿なことを言うな」


 瀧本は、ニコライの手を握った。


 「お前は死なない。俺が許さない」


 「お前が......許さなくても......体が......」


 「体も許さない。お前は、ゴキブリより強いんだろう」


 「それは......お前だ......」


 「お前もだ。俺が認定する」


 ニコライは、また笑おうとした。だが、咳き込んだ。血が混じった咳だ。


 「......くそ」


 ニコライは、空を見上げた。


 「サラと......アレクセイは......」


 「探してる。見つける」


 「頼む......」


 「任せろ」


 足音が聞こえた。医療班が到着した。


 「ここだ! 早くしろ!」


 瀧本は叫んだ。


 医療班がニコライを担架に乗せた。


 「状態は」


 「重傷だ。内出血がある。早く処置しないと......」


 「分かった。急げ」


 担架が運ばれていく。


 瀧本は、それを見送った。


---


---


 三十分後。


 サラとアレクセイも発見された。


 二人とも、重傷だったが、生きていた。


 サラは左腕を骨折していた。アレクセイは足を負傷していた。だが、命に別状はない。


 「瀧本......」


 サラが、瀧本を見た。


 「来てくれたのね......」


 「当たり前だ」


 「柏木は......」


 「追う」


 「マリーが......マリーが、柏木と一緒に......」


 サラの目から、涙が流れた。


 「マリーは......柏木を愛してた......だから、一緒に行った......」


 「知ってる」


 「連れ戻して......お願い......マリーを......」


 瀧本は、サラの手を握った。


 「連れ戻す。柏木も、マリーも、全員」


 「約束して......」


 「約束する」


 サラは、目を閉じた。


 疲れ切った顔だった。


 担架が運ばれていく。


 瀧本は、それを見送った。


---


---


 午前八時。


 ウドンターニー。


 チャーリーチームの拠点。


 アルファチームが到着した。


 拠点は、もぬけの殻だった。


 だが、そこには、三つの死体があった。


 柏木に従わなかった者たち。


 殺されていた。


 一人は、頭を撃ち抜かれていた。


 一人は、首を折られていた。


 一人は、腹を刺されていた。


 全員、抵抗した形跡があった。だが、柏木には勝てなかった。


 「......ひどいな」


 マルティネスが呟いた。


 「柏木が、これをやったのか」


 「そうだ」


 ジョンソンが言った。


 「ニコライの報告によれば、従わない者は殺された」


 「仲間を......」


 「仲間じゃなくなったんだ。柏木にとっては」


 ジョンソンは、死体を見下ろした。


 「柏木は、完全に壊れている」


 瀧本は、死体の一つに近づいた。


 若い男だった。チャーリーチームの隊員だ。名前は......思い出せない。だが、顔は覚えている。


 「こいつは、柏木を尊敬していた」


 瀧本は言った。


 「いつも、柏木の話をしていた。柏木さんは最強だ、柏木さんのようになりたい、って」


 「それが、こうなった」


 「ああ」


 瀧本は、目を閉じた。


 「柏木......お前は、何をしているんだ」


---


---


 拠点の中を調べた。


 柏木の部屋には、何も残っていなかった。個人的な物は、全て持ち去られていた。


 だが、一つだけ残っていた。


 机の上に、一枚の紙。


 瀧本は、それを手に取った。


 手書きの文字が、そこにあった。


---


 『瀧本へ


  お前が来ることは分かっていた。


  だが、俺は戻らない。


  俺は、俺の正義を貫く。


  お前には分からないだろう。


  お前は、何も考えずに動く。


  俺は、考えすぎて動けない。


  お前は、傷つくことを恐れない。


  俺は、傷つくことが怖い。


  お前は、騎士になった。


  俺は、何にもなれなかった。


  だから、俺は自分で道を作る。


  俺だけの道を。


  追ってくるなら、来い。


  だが、俺は負けない。


  俺は、お前には負けない。


  柏木勇気』


---


 瀧本は、紙を見つめていた。


 「......馬鹿が」


 瀧本は、紙を握りしめた。


 「お前は、何も分かっていない」


 俺は、何も考えずに動いているわけじゃない。


 俺は、守りたいものがあるから動いているんだ。


 子供を守りたかった。だから、飛び出した。


 国王を守りたかった。だから、盾になった。


 仲間を守りたかった。だから、病院を抜け出した。


 それだけだ。


 お前には、守りたいものがなかったのか。


 戦うことだけが、お前の目的だったのか。


 だとしたら、お前は最初から間違っていたんだ。


 「......追う」


 瀧本は言った。


 「柏木を追う。ラオスまで」


 「待て」


 ジョンソンが止めた。


 「ラオスは、タイの管轄外だ。勝手に入れない」


 「入れなくても、入る」


 「国際問題になる」


 「なっても、行く」


 ジョンソンは、瀧本を見つめた。


 「お前、本気か」


 「本気だ」


 「柏木を止めるためか」


 「柏木を止めるため。そして、マリーたちを連れ戻すため」


 「マリーは、自分の意志で行ったんだぞ」


 「自分の意志でも、連れ戻す」


 瀧本の目は、揺らがなかった。


 「あいつらは、仲間だ。壊れていても、裏切っていても、仲間だ」


 「......」


 「俺は、仲間を見捨てない」


 ジョンソンは、溜息をついた。


 「......分かった。局長に連絡する」


 「頼む」


 「許可が出るかどうかは、分からないぞ」


 「出なくても、行く」


 「お前な......」


 ジョンソンは、頭を掻いた。


 「本当に、止めても無駄だな」


 「無駄だ」


 「分かってるよ」


 ジョンソンは、無線を取った。


 「こちらジョンソン。局長に繋いでくれ」


---


---


 バンコク。


 突撃隊本部。


 局長室。


 局長ウィチャイは、無線を聞いていた。


 『瀧本が、ラオスへの追跡を希望しています』


 「許可できない」


 『分かっています。しかし、瀧本は......』


 「許可しなくても行くだろう」


 『その通りです』


 局長は、溜息をついた。


 「......待て。俺が何とかする」


 『了解』


 局長は、電話を取った。


 外務省に連絡しなければならない。ラオス政府との交渉が必要だ。正規の手続きを踏めば、数日かかる。


 だが、数日も待てない。


 柏木は、ラオスの奥地に消えていく。追跡が遅れれば、永遠に見つからなくなる。


 「......くそ」


 局長は、別の番号を押した。


 王宮への直通回線だ。


 「こちらウィチャイ。陛下に緊急の報告があります」


 コール音が鳴る。


 そして、繋がった。


 「何事だ、ウィチャイ」


 国王の声だった。


 「陛下、緊急事態です。柏木勇気が、裏切りました」


 沈黙が流れた。


 「......詳しく話せ」


 局長は、全てを報告した。


 ブラボーチームの壊滅。


 チャーリーチームの離反。


 柏木のラオス逃亡。


 そして、瀧本の追跡希望。


 「瀧本が、行くと言っているのか」


 「はい。止めても行くと」


 「あの男らしいな」


 国王の声には、わずかな笑みが混じっていた。


 「陛下、ラオスへの越境には、外交的な手続きが必要です。しかし、時間がありません」


 「分かっている」


 国王は、少し黙った。


 「余が、ラオス国王に連絡を取る」


 「陛下が......」


 「ああ。王同士の話し合いだ。外交官を通すより、早い」


 「ありがとうございます」


 「礼はいい。瀧本を、行かせてやれ」


 「はい」


 「そして、柏木を......」


 国王は、言葉を切った。


 「連れ戻せ。できれば、生きたまま」


 「......了解しました」


 「余は、柏木を憎んでいない」


 「陛下......」


 「あの男は、壊れただけだ。壊れた者を、憎むことはできない」


 「......」


 「だが、裁きは必要だ。連れ戻して、裁け」


 「了解しました」


 電話が切れた。


 局長は、椅子に座り込んだ。


 「......陛下は、慈悲深い方だ」


 だが、柏木は、その慈悲を受け入れるだろうか。


 局長には、分からなかった。


---


---


 午前十時。


 ウドンターニー。


 チャーリーチームの拠点。


 ジョンソンの無線が鳴った。


 『こちら局長。許可が出た』


 「許可?」


 『ラオスへの越境だ。タイ国王陛下が、ラオス国王に直接連絡を取った。特例として、追跡が許可された』


 「陛下が......」


 『ただし、条件がある』


 「条件?」


 『柏木を、できれば生きたまま連れ戻せ。陛下の命令だ』


 ジョンソンは、瀧本を見た。


 瀧本は、頷いた。


 「了解。生きたまま連れ戻す」


 『頼むぞ。お前たちだけが、柏木を止められる』


 「分かってる」


 『それと、瀧本に伝えろ。陛下が、お前のことを心配していた』


 「心配?」


 『「あの男は、また無茶をするだろう。死ぬな」と』


 瀧本は、小さく笑った。


 「死なない。俺は、死ぬ気がない」


 『知ってる。だが、気をつけろ』


 「分かった」


 無線が切れた。


 瀧本は、チームを見渡した。


 ジョンソン、マルティネス、ヨナタン、アブドゥル、ピーター、陳志明、スヨン。


 七人の仲間が、そこにいた。


 「行くぞ」


 瀧本は言った。


 「柏木を止める。マリーたちを連れ戻す。全員、生きて帰る」


 「了解」


 全員が、答えた。


 アルファチームは、ラオスへ向けて出発した。


 柏木勇気を追って。


 壊れた仲間を、連れ戻すために。


---


---


 ラオス国境。


 メコン川を渡る橋の手前。


 瀧本が、足を止めた。


 アルファチームの全員が、振り返った。


 「どうした」


 ジョンソンが聞いた。


 瀧本は、全員の顔を見渡した。


 そして、言った。


 「柏木に従いたい奴は、先に行ってくれ」


 沈黙が落ちた。


 川風が吹いている。メコン川の水面が、朝日を反射して光っていた。


 「仲間割れは嫌だからな」


 瀧本は続けた。


 「はっきりさせとかねぇと、後味が悪い」


 誰も、動かなかった。


 誰も、何も言わなかった。


 瀧本は待った。


 十秒。


 二十秒。


 三十秒。


 沈黙だけが続いた。


 ジョンソンが、口を開いた。


 「終わったか」


 「......ああ」


 「じゃあ、行くぞ」


 それだけだった。


 マルティネスが、車に戻った。


 ヨナタンが、車に戻った。


 アブドゥル、ピーター、陳志明が、車に戻った。


 スヨンが、瀧本の横を通り過ぎながら、小さく笑った。


 「馬鹿ね」


 「......」


 「聞くまでもないでしょ」


 スヨンも、車に戻った。


 ジョンソンだけが、瀧本の前に残っていた。


 「瀧本」


 「何だ」


 「お前、時々、本当に馬鹿だな」


 「......悪かったな」


 「褒めてる」


 ジョンソンは、瀧本の肩を叩いた。


 「俺たちは、お前を選んだ。とっくの昔に」


 「......」


 「だから、余計なこと考えるな。前だけ見てろ」


 ジョンソンも、車に戻った。


 瀧本は、一人で橋を見つめていた。


 対岸には、ラオスが広がっている。


 柏木が、どこかにいる。


 「......行くか」


 瀧本は、車に乗り込んだ。


 車列が動き出した。


 橋を渡り、ラオスへ入った。

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