表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第5章 氷
105/129

第2話 墜落

---


 ヘリが揺れた。


 最初は、乱気流かと思った。夜間飛行では珍しくない。ニコライは窓の外を見た。暗闘が広がっている。ウドンターニーまで、あと三十分。


 二度目の揺れは、違った。


 金属が軋む音がした。ローターの回転音が乱れた。パイロットが何かを叫んでいる。


 「被弾! 被弾した!」


 ニコライは一瞬で状況を理解した。


 撃たれている。


 誰かが、ヘリを撃っている。


 「回避しろ!」


 ニコライが叫んだ瞬間、三度目の衝撃が来た。今度は機体全体が大きく傾いた。窓の外に火花が散るのが見えた。エンジンから黒煙が噴き出している。


 「エンジン被弾! コントロール不能!」


 パイロットの声が悲鳴に変わった。


 「墜落する! 全員、衝撃に備えろ!」


 ヘリが急激に高度を落とし始めた。回転しながら落ちていく。遠心力で体が座席に押し付けられる。誰かが悲鳴を上げた。ニコライは手すりを掴み、歯を食いしばった。


 地面が近づいてくる。


 木々が見える。


 田んぼが見える。


 そして、


 衝撃。


---


---


 意識が戻った時、ニコライは機体の残骸の中にいた。


 煙の匂い。燃料の匂い。血の匂い。


 体を動かした。痛みが走ったが、骨は折れていない。奇跡だ。シートベルトが体を守った。


 周囲を見回した。


 機内は地獄だった。


 パイロットは、コックピットで動かなくなっていた。首が不自然な角度に曲がっている。即死だ。


 隣にいたトーマスは、座席ごと機外に投げ出されていた。機体の破片が胸を貫いている。目は開いたまま、虚空を見つめていた。


 「......くそ」


 ニコライはシートベルトを外し、機体から這い出した。


 外は暗かった。田んぼの中に墜落したらしい。泥が膝まで浸かる。数十メートル先で、機体の一部が燃えていた。オレンジ色の炎が、夜空を照らしている。


 「生存者は!」


 ニコライは叫んだ。


 返事があった。


 「こっちだ......」


 アレクセイの声だった。機体の反対側から聞こえる。ニコライは泥を掻き分けながら、声の方へ向かった。


 アレクセイは、機体の残骸に足を挟まれていた。顔は血で汚れていたが、意識はある。


 「動けるか」


 「足が......挟まってる......」


 ニコライは残骸を持ち上げようとした。重い。一人では無理だ。


 「サラ! ンゴマ! 誰かいるか!」


 別の方向から、声が返ってきた。


 「ここよ......」


 サラだった。彼女は機体から十メートルほど離れた場所に倒れていた。立ち上がろうとして、膝をついた。左腕が変な方向に曲がっている。骨折だ。


 「他は」


 「分からない......アンナは......アンナは見えた......動いてなかった......」


 ニコライは歯を食いしばった。


 一機目の生存者は、今のところ三人。死者は確認できただけで三人。残りは不明。


 「二機目は」


 「分からない......」


 ニコライは空を見上げた。


 二機目のヘリは、どこだ。


 その時、遠くで爆発音が聞こえた。


 オレンジ色の光が、北西の方角で膨れ上がった。


 二機目も、落とされた。


---


---


 ニコライは状況を整理しようとした。


 二機のヘリが、ウドンターニーに到着する前に撃墜された。


 誰が撃ったのか。


 どうやって撃ったのか。


 分からない。


 だが、一つだけ確かなことがあった。


 これは、待ち伏せだ。


 誰かが、ブラボーチームが来ることを知っていた。そして、撃墜するための準備をしていた。


 「......柏木」


 ニコライは呟いた。


 柏木が、裏切ったのか。


 いや、まだ分からない。だが、他に説明がつかない。


 チャーリーチームの拠点に向かうヘリを撃墜できるのは、チャーリーチームだけだ。


 「ニコライ、何か来る......」


 サラの声が、緊張を帯びていた。


 ニコライは耳を澄ませた。


 エンジン音が聞こえる。車のエンジン音だ。複数。


 ヘッドライトの光が、暗闇の中を近づいてきている。


 「隠れろ」


 ニコライは命じた。


 アレクセイの足を残骸から引き抜いた。アレクセイが苦痛の声を上げたが、構っている暇はない。三人は、燃える機体から離れ、田んぼの畦道に身を隠した。


 車が近づいてきた。


 三台。


 ピックアップトラックだ。荷台に武装した男たちが乗っている。


 ニコライは目を細めた。


 男たちの服装を見た。


 軍服ではない。警察の制服でもない。だが、統一されている。黒いタクティカルベスト。黒いカーゴパンツ。黒いブーツ。


 そして、胸には見覚えのあるエンブレムがあった。


 金のガルーダ。


 突撃隊のエンブレムだ。


 「......チャーリーチームだ」


 ニコライは確信した。


 柏木が、ブラボーチームを攻撃している。


---


---


 車が停まった。


 男たちが降りてきた。


 十二人。全員武装している。AK-47、M4カービン、ショットガン。


 先頭にいるのは、川島明だった。


 川島はヘリの残骸に近づき、中を覗き込んだ。そして、振り返って他の男たちに何かを指示した。


 「生存者を探せ。見つけ次第、確保しろ」


 川島の声が聞こえた。


 ニコライは息を潜めた。


 隣でサラが、折れた左腕を押さえながら、小さく呻いていた。アレクセイは足を引きずりながら、ライフルを構えようとしていた。


 「待て」


 ニコライは囁いた。


 「相手は十二人。こっちは三人。しかも全員負傷している。正面から戦っても勝てない」


 「じゃあ、どうするの」


 サラが聞いた。


 「逃げる。今は逃げるしかない」


 「でも、他の仲間が......」


 「死んでいる可能性が高い。生きていても、今は助けられない」


 ニコライの声は冷たかった。だが、それが現実だった。


 「移動するぞ。静かに。見つかったら終わりだ」


 三人は、畦道を這うように移動し始めた。田んぼの泥が体にまとわりつく。寒い。服が濡れて、体温を奪っていく。


 後ろで、川島たちが残骸を漁る音が聞こえた。


 「こっちに死体が二つ!」


 「生存者は!?」


 「見当たらない! 逃げた可能性がある!」


 「探せ! 周辺を探せ!」


 ライトが点灯した。懐中電灯の光が、田んぼを照らし始めた。


 ニコライは動きを止めた。


 光が近づいてくる。


 見つかる。


 このままでは、見つかる。


 「......くそ」


 ニコライは決断した。


 「サラ、アレクセイ、先に行け。俺が時間を稼ぐ」


 「何を言って......」


 「命令だ。行け」


 ニコライは立ち上がった。


 ライフルを構えた。


 そして、発砲した。


---


---


 銃声が夜を切り裂いた。


 川島たちの一人が倒れた。頭を撃ち抜かれていた。


 「敵だ! 反撃しろ!」


 川島が叫んだ。


 ニコライは走りながら撃った。走って、撃って、また走る。敵の注意を自分に引きつける。サラとアレクセイが逃げる時間を稼ぐ。


 弾丸が周囲を飛び交った。泥が跳ね上がる。稲穂が千切れ飛ぶ。


 ニコライは田んぼの畦道を走り、小さな納屋の影に身を隠した。マガジンを交換する。残り二本。


 追ってくる足音が聞こえる。


 五人、いや六人か。


 「囲め! 囲んで撃て!」


 川島の声だ。


 ニコライは納屋の反対側から飛び出し、また走った。走りながら後ろを振り返り、追ってくる敵に向けて撃った。二人が倒れた。


 だが、弾が尽きた。


 最後のマガジンだ。


 ニコライは林の中に逃げ込んだ。暗闘の中を、木々を避けながら走る。枝が顔を打つ。足が根に引っかかる。


 背後から、銃声が追いかけてくる。


 木の幹に弾丸が食い込む音がする。


 ニコライは走り続けた。


 どのくらい走っただろうか。


 十分か、二十分か。


 やがて、追ってくる足音が遠ざかった。


 諦めたのか、それとも別の方向を探しているのか。


 ニコライは木の根元に座り込んだ。


 息が上がっている。心臓が破裂しそうだ。


 体中が痛い。墜落の時の傷が、走ったせいで悪化している。


 「......くそ」


 ニコライは呟いた。


 ブラボーチームは、壊滅した。


 二機のヘリが撃墜され、乗っていた隊員の大半が死亡または行方不明。生存が確認できているのは、自分とサラとアレクセイの三人だけ。


 そして、敵は味方だった。


 チャーリーチームが、ブラボーチームを攻撃した。


 柏木勇気が、裏切った。


---


---


 同じ頃。


 ウドンターニー。


 チャーリーチームの拠点。


 柏木勇気は、窓から外を見ていた。


 北の方角で、二つの爆発があった。オレンジ色の光が夜空を照らし、すぐに消えた。


 「終わったか」


 柏木は呟いた。


 後ろで、マリーが座っていた。顔は青白く、目は虚ろだった。


 「本当に、良かったの......」


 「何が」


 「ブラボーチームを......仲間を......」


 「仲間じゃない」


 柏木は振り返った。


 「俺を連れ戻しに来た連中だ。俺を、バンコクに引きずり戻そうとした連中だ」


 「でも......」


 「俺は、もうバンコクには戻らない」


 柏木の声は、静かだった。だが、その奥には、狂気が潜んでいた。


 「俺は、ここで戦う。ここで、俺の正義を貫く」


 「正義......?」


 「ああ。俺だけの正義だ。誰にも邪魔させない」


 マリーは、何も言えなかった。


 この男は、壊れている。


 完全に、壊れている。


 だが、マリーは逃げられなかった。柏木を愛しているから。壊れていても、この男を愛しているから。


 ドアが開いた。


 川島が入ってきた。


 「隊長、報告です」


 「どうだった」


 「二機とも撃墜しました。ヘリに搭載していた対空ミサイルが有効でした」


 「生存者は」


 「確認できた死体は五つ。残りは逃げた可能性があります。追跡中です」


 「追い詰めて、始末しろ」


 「了解」


 川島は敬礼し、部屋を出ていこうとした。


 「川島」


 柏木が呼び止めた。


 「はい」


 「お前は、俺についてくるんだな」


 川島は、少し黙った。


 「......はい。俺は、隊長についていきます」


 「なぜだ」


 「隊長は、俺を拾ってくれました。日本で行き場をなくした俺を、突撃隊に入れてくれました」


 「それだけか」


 「それだけです。俺には、それで十分です」


 柏木は頷いた。


 「分かった。行け」


 川島は部屋を出た。


---


---


 柏木は、再び窓の外を見た。


 夜空には、星が瞬いている。


 バンコクで何が起きているか、柏木は知らなかった。


 瀧本が、叙任式で国王を守って撃たれたこと。


 瀧本が、強盗事件でまた撃たれたこと。


 聖域残党の武装蜂起があったこと。


 瀧本が、病院から抜け出して戦い、また負傷したこと。


 柏木は、何も知らなかった。


 知ろうとしなかった。


 見ようとしなかった。


 バンコクからの連絡は、全て無視した。ニュースは見なかった。報告書は読まなかった。


 嫌なことから、目を逸らす癖。


 それは、日本にいた頃からの癖だった。


 登録支援機関で、山のように積まれた請求書。経費の報告。事務処理の山。柏木はそれを見て見ぬふりをしていた。気づかなければ、存在しない。そう思い込むことで、逃げていた。


 今も同じだ。


 瀧本のことを考えたくない。瀧本の活躍を知りたくない。瀧本が英雄になっていくのを、見たくない。


 だから、何も見ない。何も知らない。


 柏木勇気は、現実から逃げ続けていた。


---


---


 深夜。


 チャーリーチームの拠点。


 柏木は、集まった隊員たちを見渡した。


 チャーリーチームから、八人。


 マリー、ナリン、ファリダ、川島、そして四人の男性隊員。


 ブラボーチームから、三人。


 追跡中に捕らえた隊員たちだ。全員、柏木に従うことを選んだ。選ばなければ、殺されていた。


 「これから、俺たちはラオスに向かう」


 柏木は言った。


 「ラオス......?」


 誰かが聞いた。


 「ああ。タイにいては、追われる。バンコクが必ず追ってくる。だが、ラオスなら、しばらくは身を隠せる」


 「でも、ラオスで何をするんですか」


 「戦う」


 柏木の答えは、シンプルだった。


 「ラオスには、犯罪組織がいる。麻薬の密売人がいる。人身売買のブローカーがいる。俺たちは、そいつらを狩る」


 「狩る......」


 「ああ。俺たちは、正義の味方だ。どこにいても、何をしていても、悪を裁く」


 柏木の目は、狂気に満ちていた。


 だが、同時に、奇妙なカリスマがあった。


 彼の言葉は、間違っている。彼の行動は、狂っている。それは、誰もが分かっていた。


 だが、従わざるを得なかった。


 柏木は強い。柏木は恐ろしい。柏木に逆らえば、殺される。


 そして、一部の者は、本当に柏木を信じていた。


 川島のように。


 マリーのように。


 彼らは、柏木を愛していた。壊れた柏木を、それでも愛していた。


 「出発は一時間後だ。必要なものだけ持っていけ。重い荷物は捨てろ」


 柏木は命じた。


 隊員たちが動き始めた。


 柏木は、マリーを見た。


 マリーは、青白い顔で立っていた。


 「お前も、来るんだな」


 「......ええ」


 「強制はしない。残りたいなら、残れ」


 「残らないわ」


 マリーは、柏木に近づいた。


 「私は、あなたについていく。どこまでも」


 「なぜだ」


 「愛しているから」


 柏木は、マリーを見つめた。


 「......お前は、馬鹿だな」


 「分かってるわ」


 マリーは、小さく笑った。


 その笑顔は、悲しかった。


---


---


 一時間後。


 チャーリーチームの拠点は、もぬけの殻になっていた。


 車両が三台、ラオス国境に向けて出発した。


 残されたのは、廃墟だけだった。


 そして、従わなかった者たちの死体。


 三人。


 チャーリーチームの男性隊員が二人。ブラボーチームの隊員が一人。


 彼らは、柏木についていくことを拒んだ。


 そして、殺された。


 柏木の手で。


---


---


 林の中。


 ニコライは、遠くで車のエンジン音が聞こえるのを聞いた。


 三台の車が、北に向かって走っていく。


 ラオスの方向だ。


 「......逃げるのか」


 ニコライは呟いた。


 体は動かなかった。傷が悪化して、熱が出始めている。このままでは、夜明け前に死ぬかもしれない。


 だが、諦めるわけにはいかない。


 バンコクに、連絡しなければ。


 柏木が裏切ったことを。ブラボーチームが壊滅したことを。柏木がラオスに逃げたことを。


 ニコライは、ポケットから衛星電話を取り出した。


 墜落の衝撃で、画面にヒビが入っていた。だが、電源は入った。


 「......局長......」


 ニコライは、番号を押した。


 コール音が鳴る。


 一回。


 二回。


 三回。


 繋がった。


 「こちらウィチャイだ。ニコライか」


 「局長......報告します......」


 ニコライの声は、かすれていた。


 「ブラボーチームは......壊滅しました......」


 「何だと」


 「二機のヘリが......撃墜されました......チャーリーチームに......」


 「チャーリーチームが、お前たちを攻撃したのか」


 「はい......柏木が......裏切りました......」


 電話の向こうで、沈黙があった。


 「......生存者は」


 「俺と......サラと......アレクセイ......他は......分かりません......」


 「位置は分かるか」


 「ウドンターニーの......南東......約二十キロ......」


 「分かった。救援を送る。動くな。そこにいろ」


 「了解......」


 ニコライは、電話を切った。


 そして、意識を失った。


---


---


 バンコク。


 突撃隊本部。


 局長室。


 局長ウィチャイは、電話を置いた。


 顔は、蒼白だった。


 「......柏木が、裏切った」


 ハーパーが聞いた。


 「確かですか」


 「ニコライからの報告だ。二機のヘリが撃墜された。チャーリーチームの攻撃だ」


 「そんな......」


 「ブラボーチームは壊滅。生存者は三人。他は死亡または行方不明」


 局長は、椅子に座った。


 頭が痛かった。


 「柏木は、ラオスに逃げた可能性が高い」


 「追跡しますか」


 「......ああ。追跡する」


 局長は、目を閉じた。


 「だが、今は無理だ。まず、ニコライたちを救出しなければならない」


 「了解」


 「アルファチームを出動させろ。ジョンソンに指揮を任せる」


 「瀧本は」


 「病院だ。まだ動けない」


 局長は、窓の外を見た。


 バンコクの夜景が広がっている。


 「柏木......お前は、何をしているんだ......」


 局長の声は、悲しみに満ちていた。


 かつて、柏木を信じていた。


 柏木の正義を、信じていた。


 だが、その正義は、歪んでしまった。


 そして今、仲間を殺している。


 「......救えなかったのは、俺の責任か」


 局長は呟いた。


 誰も、答えなかった。


---


---


 ラオス国境。


 夜明け前。


 三台の車が、国境を越えた。


 検問はなかった。国境警備隊は、金で買収されていた。


 柏木は、助手席から外を見ていた。


 ラオスの大地が広がっている。


 ここから、新しい戦いが始まる。


 俺だけの戦いが。


 俺だけの正義が。


 柏木は、小さく笑った。


 だが、その笑顔は、どこか空虚だった。


 後ろの座席で、マリーは眠っていた。


 疲れ切った顔で。


 泣いた跡を残して。


 車は、ラオスの奥地へと消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ