幕間 休息
ある休日。
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瀧本は、スヨンとデートしていた。
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ウドンターニーの街を歩いた。
市場で買い物をした。
屋台でパッタイを食べた。
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「美味いな」
「美味しいわね」
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二人は並んで歩いた。
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「瀧本」
「何だ」
「今日、楽しい?」
「......まあ、悪くない」
「素直じゃないわね」
「素直だ」
「素直じゃない」
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瀧本は溜息をついた。
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「......楽しいよ」
「本当?」
「本当だ」
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スヨンは嬉しそうに笑った。
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夕方。
二人は、小さなレストランで食事をした。
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タイ料理。
ワイン。
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「瀧本、お酒強いのね」
「強くない。普通だ」
「私、もう酔ってきた」
「弱いな」
「弱いわよ。女の子だもの」
「女の子......」
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瀧本は、スヨンを見た。
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今日のスヨンは、アイドル化していなかった。
いつものポニーテール。
ナチュラルメイク。
シンプルなワンピース。
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「お前、今日はアイドルじゃないな」
「だって、あなたが前の方が好きって言ったから」
「覚えてたのか」
「覚えてるわよ」
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スヨンは少し照れていた。
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「こっちの方が、私らしい?」
「ああ。こっちの方がいい」
「......」
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スヨンの顔が、赤くなった。
酒のせいだけではなかった。
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夜。
瀧本の部屋。
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二人は、一緒にいた。
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「瀧本」
「何だ」
「私のこと、どう思ってる?」
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瀧本は天井を見ていた。
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「......高飛車女だと思ってる」
「それだけ?」
「......」
「それだけ?」
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瀧本は、スヨンを見た。
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「......それだけじゃない」
「じゃあ、何?」
「......」
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瀧本は、言葉を探した。
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「俺が撃たれた時、お前は泣いてた」
「泣いてたわよ」
「病院で、ずっと手を握ってた」
「握ってたわよ」
「退院しても、毎日心配してた」
「心配してたわよ」
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瀧本は、スヨンの頬に手を当てた。
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「そういう女だと、思ってる」
「そういう女......?」
「俺のことを、本気で心配してくれる女」
「......」
「俺のことを、本気で好きでいてくれる女」
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スヨンの目が、潤んだ。
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「瀧本......」
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瀧本は、スヨンを抱き寄せた。
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「俺は、資格がないとか言わない」
「......」
「資格がないなら、作る」
「......」
「お前を幸せにする自信がないなら、自信がつくまでやる」
「......」
「逃げない。俺は、逃げない」
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スヨンは、瀧本の胸に顔を埋めた。
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「馬鹿......」
「馬鹿で悪かったな」
「馬鹿じゃない......褒めてるの......」
「褒めてるのか」
「褒めてるのよ......」
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その夜。
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二人は、一緒だった。
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翌朝。
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瀧本は、隣で眠っているスヨンを見た。
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「......」
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穏やかな寝顔だった。
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「......悪くないな」
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瀧本は、メンソールに火をつけた。
窓を開けて、煙を吐いた。
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「俺も、現世に繋ぎ止められたか」
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少し笑った。
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数日後。
休日。
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瀧本は、ヨナタンとマルティネスと飲みに行った。
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最初は、普通のバーだった。
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「乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯」
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ビール。
テキーラ。
ウォッカ。
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「瀧本、スヨンとはどうなんだ」
マルティネスが聞いた。
「どうって何だ」
「とぼけるな。お前ら、付き合ってるだろ」
「......」
「否定しないのか」
「......否定しない」
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マルティネスが歓声を上げた。
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「やっと認めた!」
「うるさい」
「いいじゃないか! めでたい!」
「めでたくない」
「めでたい! 乾杯だ!」
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ヨナタンが言った。
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「良かったな」
「良かったのか」
「良かった。お前には、ああいう女が必要だ」
「どういう意味だ」
「お前は無茶をする。止める奴が必要だ」
「止まらないけど」
「止まらなくても、止める奴は必要だ」
「......そうか」
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三杯目。
四杯目。
五杯目。
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三人とも、かなり酔ってきた。
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「なあ、もう一軒行こうぜ」
マルティネスが言った。
「もう一軒?」
「ああ。面白い店がある」
「面白い店?」
「ゴーゴーバーだ」
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瀧本は眉をひそめた。
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「俺、彼女できたばかりなんだけど」
「見るだけだ。見るだけ」
「見るだけか」
「見るだけだ」
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ヨナタンが言った。
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「俺は行ったことがない」
「モサドにゴーゴーバーはないからな」
「ない」
「じゃあ、行ってみろ。人生経験だ」
「......人生経験か」
「人生経験だ」
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三人は、ゴーゴーバーに向かった。
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ウドンターニーのゴーゴーバー。
ネオンが輝いている。
大音量の音楽。
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「おお......」
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ヨナタンが、珍しく声を上げた。
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「これが、ゴーゴーバーか」
「これがゴーゴーバーだ」
「......派手だな」
「派手だろ」
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三人は、席についた。
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ビール。
テキーラ。
ウォッカ。
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踊り子たちが、ステージで踊っていた。
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「なあ、瀧本」
マルティネスが言った。
「何だ」
「お前、18発撃たれても生きてるんだよな」
「生きてる」
「すげえよな」
「すごくない」
「すごいって!」
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マルティネスは、完全に酔っ払っていた。
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「俺、お前を尊敬してるよ!」
「酔ってるな」
「酔ってない!」
「酔ってる」
「酔ってるけど、本心だ!」
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ヨナタンも、かなり酔っていた。
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「瀧本、お前は......良い奴だ」
「お前も良い奴だ」
「俺は良い奴じゃない」
「良い奴だ」
「良い奴じゃない......俺は、モサドで......色々......」
「色々あったんだな」
「あった......」
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ヨナタンの目が、少し潤んでいた。
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「でも、ここは良い......お前らは、良い奴だ......」
「泣いてるのか」
「泣いてない」
「泣いてる」
「泣いてるかもしれない」
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瀧本も、かなり酔っていた。
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「俺たち、最高のチームだよな!」
「最高だ!」
「最高だ......」
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三人は肩を組んだ。
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「アルファチーム、最高!」
「最高!」
「最高......」
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そして、大騒ぎが始まった。
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マルティネスが、ステージに上がった。
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「俺も踊る!」
「おい、マルティネス!」
「踊るんだ!」
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マルティネスは、踊り子たちと一緒に踊り始めた。
メチャクチャだった。
だが、本人は楽しそうだった。
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ヨナタンが、バーテンダーと腕相撲を始めた。
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「俺は、モサドだ......」
「モサドって何ですか」
「イスラエルの......諜報機関だ......」
「すごいですね」
「すごいだろ......だから、腕相撲も強い......」
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ヨナタンは、バーテンダーに勝った。
次の相手にも勝った。
その次も勝った。
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「俺は、負けない......」
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瀧本は、カウンターで叫んでいた。
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「俺は、死なない!」
「お客さん、声が大きいですよ」
「死なないんだ! 18発撃たれても!」
「はいはい」
「信じてないだろ!」
「信じてますよ」
「嘘だ!」
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瀧本は服をまくった。
傷跡を見せた。
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「見ろ! これが18発の証拠だ!」
「......本当だ......」
「本当だろ!」
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周囲の客が集まってきた。
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「すげえ......」
「本当に18発の人だ......」
「英雄じゃん......」
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三人の大騒ぎは、深夜まで続いた。
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翌朝。
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アルファチームの拠点。
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ジョンソンが、三人を見下ろしていた。
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瀧本は、床で寝ていた。
マルティネスは、ソファで寝ていた。
ヨナタンは、椅子に座ったまま寝ていた。
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三人とも、酒臭かった。
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「起きろ」
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ジョンソンの声が響いた。
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「......うるさい......」
「起きろ。大問題だ」
「大問題......?」
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瀧本は、目を開けた。
頭が割れそうに痛かった。
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「何があった......」
「お前らが大騒ぎしたせいで、SNSで拡散されてる」
「......は?」
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ジョンソンはスマホを見せた。
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『18発の英雄、ゴーゴーバーで大暴れ』
『モサドの男、腕相撲10連勝』
『突撃隊、飲みすぎて店で爆睡』
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動画も投稿されていた。
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マルティネスが踊り子と踊っている動画。
ヨナタンが腕相撲で連勝している動画。
瀧本が傷跡を見せて叫んでいる動画。
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瀧本は、頭を抱えた。
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「......終わった」
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マルティネスが起き上がった。
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「何だ......何があった......」
「お前が踊り子と踊ってる動画が拡散されてる」
「......え?」
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ヨナタンが目を開けた。
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「......腕相撲?」
「10連勝だ」
「......そうか」
「そうかじゃない。動画が拡散されてる」
「......」
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その日の午後。
局長から連絡が来た。
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『お前ら、何やってるんだ』
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瀧本は電話に出た。
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「局長、すみません......」
『すみませんじゃない。CNNがまた取り上げてるぞ』
「CNNが......?」
『「英雄の休日」とかいうタイトルで』
「......」
『まあ、好意的な報道だから、いいけどな』
「好意的......?」
『「英雄も人間だ。たまには羽目を外す」とか言ってる』
「......」
『ライアン・レイノルズが、また喜んでツイートしてるぞ』
「......」
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瀧本は電話を切った。
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「どうだった」
マルティネスが聞いた。
「好意的な報道らしい」
「良かったじゃないか」
「良くない。恥ずかしい」
「恥ずかしがるな」
「恥ずかしい」
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スヨンが入ってきた。
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「瀧本」
「......何だ」
「ゴーゴーバー、楽しかった?」
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瀧本は固まった。
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「......見たのか」
「見たわよ。SNSで」
「......」
「傷跡見せて叫んでたわね」
「......」
「楽しそうだったわね」
「......」
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スヨンの目が、冷たかった。
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「今夜、話があるから」
「......はい」
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瀧本は、また頭を抱えた。
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「終わった......」
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一週間後。
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アルファチームに、帰投命令が出た。
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「バンコクに戻るのか」
瀧本が聞いた。
「ああ。三ヶ月の予定だったが、前倒しだ」
ジョンソンが答えた。
「なんでだ」
「お前の叙任式がある。王宮で」
「ああ、騎士のやつか」
「そうだ。来月だろ。バンコクにいないとまずい」
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瀧本は頷いた。
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「で、ウドンターニーは」
「チャーリーチームと交代だ。柏木がこっちに来る」
「柏木さんが?」
「ああ。ウドンターニーを空白にするわけにはいかないからな」
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マルティネスが言った。
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「局長の狙いは、それだけじゃないだろうな」
「どういう意味だ」
「柏木を成長させたいんだよ。ここで」
「成長?」
「ああ。俺たちがいない環境で、自分で考えさせる」
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ヨナタンが言った。
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「マリーも一緒だ」
「マリーが?」
「ああ。チャーリーチームだからな」
「......」
「局長は、その辺も計算してるだろう」
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瀧本は少し笑った。
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「局長、策士だな」
「策士だ。だから局長なんだ」
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瀧本は眉をひそめた。
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「柏木さんが?」
「ああ。スッティンに会いに行くらしい」
「スッティン......あのNGOの人か」
「そうだ。柏木をタイに呼んだ人だ」
「なんで会いに行くんだ」
「知らん。でも、局長が許可した」
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数日後。
ウドンターニー。
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アルファチームとチャーリーチームが、交代した。
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「久しぶりだな、瀧本」
柏木が言った。
「久しぶりです、柏木さん」
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二人は向かい合った。
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「騎士になるらしいな」
「なるらしいです」
「おめでとう」
「ありがとうございます」
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沈黙。
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「柏木さん」
「何だ」
「スッティンに、何を聞きに行くんですか」
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柏木は少し黙った。
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「......分からないことがある」
「分からないこと?」
「ああ。俺には、分からないことが多すぎる」
「......」
「スッティンなら、何か分かるかもしれない」
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瀧本は、柏木を見た。
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「俺が言ったこと、覚えてますか」
「覚えてる」
「資格がないなら、作る」
「ああ」
「逃げないでください。柏木さん」
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柏木は頷いた。
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「逃げない。今度は」
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アルファチームは、バンコクに向かった。
チャーリーチームは、ウドンターニーに残った。
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その夜。
ウドンターニー郊外。
スッティン・パイブーンのNGO事務所。
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柏木は、一人で訪れていた。
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「久しぶりだな、柏木」
スッティンが迎えた。
「久しぶりです」
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二人は、事務所の中で向かい合った。
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「何の用だ」
「聞きたいことがあります」
「何だ」
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柏木は、少し黙った。
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「俺を......タイに呼んだ理由を、もう一度聞かせてください」
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スッティンは、柏木を見た。
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「もう一度?」
「はい。俺は、何も分かっていなかった」
「......」
「戦うことしか考えていなかった」
「......」
「でも、それだけじゃ、ダメだと気づいた」
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スッティンは、椅子に座った。
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「お前は、変わったな」
「変わりましたか」
「ああ。前より、迷っている」
「迷っています」
「それでいい」
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スッティンは続けた。
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「迷わない人間は、成長しない」
「......」
「お前が迷っているなら、お前は成長している」
「......」
「俺がお前をタイに呼んだ理由......もう一度、話そう」
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柏木は、スッティンの話を聞いた。
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長い夜が、始まった。




