幕間 英雄
瀧本が撃たれた日。
市場には、大勢の人がいた。
---
そして、スマートフォンを持っている人も、大勢いた。
---
---
動画が撮られていた。
---
---
白いバイクの男が、銃声に向かって走っていく姿。
犯人の前に飛び出す姿。
子供を抱きしめて、背中で銃弾を受け止める姿。
---
全てが、撮影されていた。
---
---
動画は、その日のうちにSNSに投稿された。
---
---
一時間で、百万回再生。
三時間で、五百万回再生。
六時間で、二千万回再生。
---
翌日には、一億回を突破した。
---
---
『白バイの男が子供を守って18発被弾』
『心肺停止から蘇生』
『タイの英雄、瀧本勝幸』
---
---
SNSは、瀧本の話題で溢れた。
---
---
『この男、マジで何者?』
『18発撃たれて生きてるとか、人間じゃない』
『子供を守るために自分の体を盾に......泣いた』
『これが本物のヒーローだ』
---
『前に見た。バイクでバンに突っ込んでた人だ』
『あの人か! タイの特殊部隊の!』
『突撃隊ってやつだよな』
『ガトリングぶっ放してた部隊の人?』
『そうそう、あの部隊』
---
『日本人らしいぞ』
『元日本の警察だって』
『日本じゃ殺人犯扱いされてたよな』
『連続殺人犯を止めたのに?』
『日本の司法おかしいだろ』
---
---
---
CNN。
特集番組。
---
『Real Hero: The Man Who Took 18 Bullets』
---
キャスターが語った。
---
「タイで起きた銃乱射事件。一人の男が、5歳の少女を守るために自らの体を盾にしました」
「瀧本勝幸、38歳。タイ王室犯罪対策局の隊員です」
「彼は18発の銃弾を受け、心肺停止に陥りました」
「しかし、蘇生に成功。現在は回復に向かっています」
---
動画が流れた。
瀧本が子供の前に飛び込む瞬間。
---
「この映像を見てください。彼は一切の躊躇なく、少女の前に飛び込んでいます」
「考える暇もなかったでしょう。本能的な行動です」
「これが、真のヒーローです」
---
---
---
BBC。
特集番組。
---
『The Shield: Thai Officer's Heroic Act』
---
記者が現地からレポートした。
---
「私は今、ウドンターニーの病院の前にいます」
「瀧本勝幸氏は、この病院で治療を受けています」
「彼の行動は、世界中で称賛されています」
---
インタビュー映像。
助けられた少女の母親。
---
「あの方がいなければ、娘は死んでいました」
「命をかけて、娘を守ってくれました」
「感謝しても、しきれません」
---
涙を流していた。
---
---
---
ロサンゼルス。
Netflix本社。
---
制作チームが、ニュースを見ていた。
---
「見たか、これ!」
プロデューサーが叫んだ。
「18発だぞ、18発!」
---
「信じられない......」
「これ、脚本に書いても『嘘くさい』って言われるレベルだぞ」
「でも、実話だ」
「実話だから、使える!」
---
脚本家がメモを取っていた。
---
「子供を守るために18発......これ、シーズン1のクライマックスにしよう」
「いいな、それ」
「瀧本のエピソードを膨らませよう」
「ライアンに連絡しろ。絶対に喜ぶ」
---
---
---
同時刻。
ニューヨーク。
---
ライアン・レイノルズは、スマホでニュースを見ていた。
---
動画を見た。
瀧本が子供を守る瞬間を見た。
---
---
「YES!!!」
---
---
ライアンは歓声を上げた。
---
妻のブレイク・ライブリーが驚いた。
---
「どうしたの?」
「見ろ、これ! 瀧本だ!」
「瀧本? あなたが演じる人?」
「そうだ! 18発撃たれて生きてる!」
「......18発?」
「18発だ! 子供を守って! 心肺停止から蘇生した!」
---
ブレイクは動画を見た。
---
「......すごいわね」
「すごいなんてもんじゃない! 最高だ!」
「あなた、興奮しすぎよ」
「興奮するだろ! 俺が演じる男が、リアルタイムで英雄になってるんだぞ!」
---
---
ライアンはすぐにSNSに投稿した。
---
『@RyanReynolds
Katsuyuki Takimoto. The man I'm honored to portray.
18 bullets. Still alive. Still fighting.
This is what a REAL hero looks like.
Get well soon, my friend. 』
---
このツイートは、瞬く間に拡散された。
百万いいね。
三十万リツイート。
---
---
---
世界中のメディアが、瀧本を取り上げた。
---
フランスのLe Monde。
『Un héros japonais en Thaïlande』(タイの日本人英雄)
---
ドイツのDer Spiegel。
『Der Mann, der 18 Kugeln überlebte』(18発を生き延びた男)
---
イタリアのCorriere della Sera。
『L'eroe che ha protetto una bambina』(少女を守った英雄)
---
オーストラリアのThe Sydney Morning Herald。
『Thai officer takes 18 bullets to save child』
---
---
そして、日本。
---
---
日本のメディアは、沈黙していた。
---
前回の教訓があった。
瀧本を批判すれば、また世界から叩かれる。
---
だが、称賛もしなかった。
「殺人犯」を称賛すれば、国内から叩かれる。
---
結果、沈黙。
---
---
だが、日本のSNSは違った。
---
『瀧本さん、かっこよすぎる』
『これが日本人だ。誇りに思う』
『なんで日本のメディアは報道しないの?』
『報道できないんだよ。前に叩いたから』
『情けない......』
---
『瀧本さんを殺人犯扱いした日本、恥ずかしい』
『今からでも謝罪しろよ』
『無理だろ。プライドが許さない』
『そのプライドが一番恥ずかしい』
---
---
---
ウドンターニー県立病院。
瀧本の病室。
---
瀧本は、ベッドの上でスマホを見ていた。
---
自分の名前で検索した。
---
---
『瀧本勝幸』
『18発』
『英雄』
『タイの英雄』
『Real Hero』
---
---
CNNの特集を見た。
BBCの特集を見た。
ライアン・レイノルズのツイートを見た。
---
---
瀧本は、スマホを置いた。
---
天井を見上げた。
---
---
「......なんでやねん」
---
---
横で、スヨンが首を傾げた。
---
「何? なんでやねん、って」
「関西弁だ。気にするな」
「意味は?」
「『なんでだよ』って意味だ」
「何がなんでなの?」
---
瀧本はスマホを見せた。
---
「これだ。俺、英雄になってる」
「当然でしょ。18発撃たれて子供を守ったんだから」
「いや、俺はただ......」
「ただ、何?」
「考える前に動いただけだ」
「それが英雄なのよ」
「お前も局長も、同じこと言うな」
「事実だからよ」
---
---
ドアが開いた。
ジョンソンたちが入ってきた。
---
「瀧本、見たか」
「見た」
「CNN、お前の特集やってたぞ」
「知ってる」
「BBC」も」
「知ってる」
「ライアン・レイノルズがツイートしてた」
「知ってる」
---
マルティネスがニヤニヤしていた。
---
「お前、世界的な英雄だぞ」
「なりたくてなったんじゃない」
「なりたくなくてもなったんだ。諦めろ」
「諦めたくない」
「諦めろ」
---
---
ヨナタンが言った。
---
「悪いことじゃない」
「悪いことじゃないけど......」
「お前の行動が、世界中に知られた。それだけだ」
「それだけ、か」
「それだけだ。気にするな」
---
---
瀧本は溜息をついた。
---
「俺は、普通に仕事してただけなんだけどな」
「普通じゃないから、英雄なんだよ」
「普通だって」
「普通の人間は、18発撃たれて死ぬ」
「......」
「お前は死ななかった。だから、普通じゃない」
「......」
---
---
アブドゥルが言った。
---
「アッラーの加護だな」
「俺、イスラム教徒じゃないんだけど」
「関係ない。アッラーは全ての善人を守る」
「そうなのか」
「そうだ」
---
ピーターが言った。
---
「医学的には、奇跡だ」
「奇跡か」
「18発。そのうち5発は致命傷になりうる位置だった」
「......」
「なぜ生きているのか、俺にも分からない」
「......」
「お前の生命力が、異常なんだ」
「異常......」
「褒め言葉だ」
「褒め言葉なのか、それ」
---
---
スヨンが瀧本の手を握った。
---
「生きててくれて、ありがとう」
---
瀧本はスヨンを見た。
---
「......ああ」
---
---
窓の外では、報道陣が集まり始めていた。
世界中から、記者が来ている。
---
---
瀧本は、また溜息をついた。
---
「なんでやねん......」
---
---
---
こうして、瀧本勝幸は、本人の知らぬ間に英雄になった。
---
死ぬ気ゼロ。
生きる気満々。
---
それだけで、世界を動かした男。




