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「人間」とは創造主の遊び領域か  作者: 如月妙美


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第5章 創造主のパソコンのストレージ論への反論・疑問

5-1. 仮想現実論の検証不能性

 シミュレーション仮説の最大の弱点は、検証が非常に難しいことである。もしプログラムが完璧に組まれていれば、内部の住人(私たち)が外部へアクセスして「これはシミュレーションか?」を確かめる手段はない。従って、それは一種の不可知論に陥るリスクがある。


5-2. リソースの無限性への疑問

「創造主が遊び感覚で宇宙を作った」といっても、そこには膨大な演算リソースが必要だろう。上位文明ならそのリソースを確保できるかもしれないが、それ自体も有限であれば、私たちが観測できる範囲にのみ精細なシミュレーションを施し、それ以外を簡略化する、といった最適化が行われているかもしれない。これはゲームエンジンがカメラ外のオブジェクトをレンダリングしないようなものだ。ならば、なぜ宇宙規模の広大さがあるのか、という疑問が生じる。遊びにしてはスケールが大きすぎると言える。


5-3. 神と科学の整合性

  伝統宗教的な神は、しばしば「人間を愛する」や「人類救済の計画」を持つと語られる。一方、ストレージ内のシミュレーションとしての宇宙を作る創造主が、わざわざ人類愛を持つ理由はないかもしれない。本当にただの遊びなら、人間の苦難や悲劇を放置するのも理にかなう。そこには神学と結びつけにくい側面があるため、「神の慈悲」や「人間を指導する神」という概念はどう再解釈すべきかという問題がある。


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