第四話 ── 折れぬ背中 ──
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「――今だ」
ヴァルドの声が、湿地を切り裂いた。
「放て!」
火矢が一斉に放たれる。
次の瞬間、油を含んだ水面が炎を孕み、
湿地を走った。
草が燃え、泥が沸き、
熱が一気に立ち上る。
魔獣の咆哮が響いた。
湿地を嫌った獣たちは足を止め、
押し合い、縺れ合い、
やがて中央へと押し寄せる。
「弓隊、続け!」
「魔法隊、間を空けるな!」
両翼から、矢と魔法が降り注いだ。
大楯の陰で守られていた敵弓隊が、
次々と崩れ落ちていく。
「まだ行けるぞ!」
「押し切れ!」
だが、時間と共に報告が変わっていった。
「油、尽きます!」
「矢も残り僅か!」
「構わん」
ヴァルドの声は、揺れなかった。
「これよりは――総力戦だ」
「倒れることは許さん。
立って、斬れ」
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中央。
騎馬が突入してきた。
並べない。
加速できない。
それでも、数は圧倒的だった。
ヴァルドは、一歩も退かなかった。
剣が閃き、
馬の脚が断たれる。
落馬した兵が、泥に沈む。
次の騎馬が、無理に踏み込む。
魔獣が吼え、前へ出た。
だが、足が沈む。
「ここは――通さん」
刃が走る。
肉を裂き、
骨を断つ。
だが――
槍が、突き立てられた。
一本。
それでも、倒れない。
二本目。
三本目。
矢が降る。
一本、二本、三本……。
それでも、背中は揺れなかった。
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「敵本陣、後退!」
誰かが叫んだ。
敵の動きが、明らかに鈍る。
隊列が崩れ、
後方へ、後方へと引いていく。
「……勝った、のか」
だが、誰も中央を見なかった。
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「ヴァルド様!」
声は、届かなかった。
身体には、三本の槍。
矢は、数えきれぬほど刺さっている。
それでも、立っていた。
中央の平地に、
仁王立ち。
それが、最後だった。
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湿地を渡る風が、炎を揺らす。
誰も、すぐには近づけなかった。
背中が――
そこに、あったからだ。




