第二話 ── 王都への撤退戦 ──
⸻
地下道を通る。
先行五百。
その後、民間人を移動させる。
本隊一千は、最後だ。
短い指示の合間に、沈黙が落ちた。
……よい。
「ただで城を渡すわけにもいくまい」
ヴァルドは淡々と言った。
「城に火をかけよ」
命令は短く、感情はない。
「我らも急ぎ撤退する」
⸻
王都中央都市・カサンドラ。
「逃げ帰ってきたんでしょ」
誰かが吐き捨てるように言った。
「そうそう。
城に火をつけてきたって話だ」
「敵前逃亡じゃねぇか。
それでも七将かよ」
罵声が飛ぶ。
石畳を歩く一行に、冷たい視線が突き刺さった。
ヴァルドは、何も言わなかった。
視線を上げることもなく、
ただ、前だけを見て歩く。
⸻
王城・謁見の間。
皇帝レオニスは、玉座から立ち上がらなかった。
「何故、城を捨てて戻ってきた。
ヴァルド・グラディウス」
「は」
ヴァルドは膝をつき、顔を伏せる。
「籠城しても、二、三日しか持ちませぬ。
まして、市民も多数、逃げ遅れておりました」
皇帝は、その言葉を、あえて反芻した。
「……籠城は二、三日」
沈黙。
「つまり、
城と共に死ぬ覚悟はなかった、と?」
玉座の周囲が、ざわめいた。
「死んでいれば、英雄であったろうな」
声は、冷たかった。
「逃げ帰れば、臆病者だ」
誰かが、わざとらしく咳払いをする。
「朕は“結果”でしか、お前を見ぬ」
皇帝は続ける。
「城は燃えた。
敵は進軍を続けている。
民は動揺し、王都は揺れている」
一拍。
「それでも尚、
朕の兵を使う資格があると申すか?」
沈黙。
やがて、ヴァルドは顔を上げた。
「……ございます」
喉が鳴る。
それでも、言葉を飲み込み、続けた。
「陛下の民と兵を“守る”ためでございます」
場が、凍りついた。
「……ほう?」
「城で死ねば、二千は英雄になりました。
ですが、生き残った一万五千の敵は、本体と合流し
必ず王都へ参ります」
「野戦で迎え撃てば、
陛下の兵は無駄死にします」
「湿地であれば、
敵の数は“半分以下”になります」
皇帝は、黙って聞いていた。
「私は、城を捨てました」
言葉を切る。
「誇りも、名も」
そして、静かに続ける。
「ですが、
陛下の民と兵だけは――
捨てるつもりはありません」
⸻
「……よい」
皇帝は短く言った。
「兵を預けよう」
どよめきが広がる。
「ただし」
声が鋭くなる。
「この戦に敗れれば、
その責はすべて、お前一人が負う」
「処刑も、名の抹消も、
逃れられぬと思え」
ヴァルドは、深く頭を下げた。
「……覚悟の上」
⸻
「なりませぬ!」
丞相が声を張り上げる。
「その者は敵前逃亡の罪ある者!
もはや七将と呼ばれますまい!」
「陛下の兵は、この城を守るための兵。
七将の罪は、その兵で償うべきかと!」
皇帝は、静かに視線を向けた。
「ならば、ヴァルド。
お前は手勢二千と予備兵七千で戦え」
「その後、
誰が朕の兵を指揮する?」
沈黙。
「……陛下」
ヴァルドの声は、静かだった。
「陛下の兵を指揮する者は、必要ありません」
「何を言う」
「続けよ」
「この戦、勝てば帝国は持ち直します。
負ければ……七将ヴァルド一人が、
全ての罪を負います」
「勝てば、
陛下ご自身が帝国の軍を率いられればよろしい」
ざわめきが走る。
皇帝の目が、わずかに細くなった。
「……朕が、前に立てと?」
「はい」
ヴァルドは、一歩、膝を進める。
「七将は、帝国の剣でした。
ならば最後は、折れて消えます」
「勝てば、帝国は立ち直る。
負ければ、私の首一つで、民は納得します」
「……狂気か」
「覚悟です」
長い沈黙。
やがて、皇帝レオニスは、深く息を吐いた。
「……よい」
「ヴァルド」
「お前は、七将ではない」
場が、息を呑む。
「帝国最後の“盾”だ」
低く、命じる。
「勝て。
それだけが、赦しだ」
ヴァルドは、深く、深く頭を下げた。




