第一話 ── 城を捨てるという選択 ──
お題で飛び込む新しい世界
戦記
これようで短編書いてみました。
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ルーデンベルク城内。
「皇帝陛下より勅命!」
玉音を伝える伝令の声が、石造りの広間に響いた。
「七将ヴァルド卿。
七将の名にかけ、ルーデンベルク城を死守せよ」
……死守、か。
ヴァルドは、視線を地図から外さなかった。
この城は帝国北方の要衝。
だが同時に、退路を断たれやすい“箱”でもある。
(本気、なのか……)
城を死守すれば、七将はここで終わる。
そしてその後――
帝国に「将」と呼べる者はいなくなる。
「ヴァルド様!」
副将カイルの声が走る。
「敵主力二万。
三方向より進軍中。
このままでは……包囲されます!」
「……早いな」
ヴァルドは歯噛みした。
(予定より一日……いや、二日は早い)
「現在、我が城壁兵は二千」
声は静かだった。
「この戦力では二日。
持って三日だ」
沈黙。
その意味は、全員が理解していた。
「旗指物を下ろせ」
ヴァルドは続ける。
「城内は無人のように見せろ。
夜明け前には、敵の斥候が嗅ぎ回る」
カイルが一歩前に出る。
「……ヴァルド様。
まさか……城を?」
ヴァルドは、ゆっくりと頷いた。
「捨てる」
その一言で、空気が凍った。
「ここで戦えば、
敵に一万の損失は与えられる」
「だがな」
ヴァルドは、地図を指でなぞる。
「残った一万は、本体と合流して
必ず王都へ行く」
「城で死ねば、英雄にはなれる。
だが帝国は、死ぬ」
セルグが、静かに口を開いた。
「……大体は分かりました。
しかし、貴族連中が納得しません」
「だろうな」
ヴァルドは苦く笑った。
「だが、納得など待っていれば、
民が死ぬ」
彼は剣の柄に手を置いた。
「七将は、帝国の剣だ。
ならば――」
一拍。
「折れる場所は、自分で選ぶ」
「城を空にする。
地下道を使い、王都へ戻る」
「この城は、
帝国を生かすための“捨て石”だ」
誰も、反論しなかった。
外では、遠くで角笛が鳴っていた。
包囲は、すぐそこまで来ている。
その時、ヴァルドは城壁ではなく、
城の奥――地下へと足を向けた。
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地下道へ続く入口には、すでに人の列ができていた。
老人。
子供。
荷を抱えた女たち。
石段は狭く、暗く、
進みは遅々としていた。
(……想定より、遅い)
「おかあちゃん……
おうちは、どうなるの……?」
幼い声が、闇に溶ける。
「やれやれ……
この歳で行軍とはのぉ……」
老人が、杖に体重を預け、息を整えている。
誰も悪くない。
だが、時間だけが、確実に削られていく。
(間に合うのか……)
「民を急かすな」
短く命じる。
「倒れる者が出れば、
それだけで列は止まる」
ヴァルドは、剣の柄に手をかけたまま、
列の最後尾に立ち続けた。
城よりも。
戦果よりも。
――この列が、先だった。




