カヨコと雨宿り
突然降り出した大雨に気圧され、急いで帰ろうとしていた時に見慣れた姿を見つけた。
「あっカヨコ」
そう呼ぶとカヨコは視線をこちらに向けた。
「先生?」
アスファルトに響く激しい雨音に混じる、かっこよくもやさししさを孕んだ声で私のことを呼ぶ彼女の名前はカヨコ。
私の大切な生徒だ。
「どうしたの?カヨコ」
そう問うと、彼女は頬を少しかきながら、口を開いた。
「猫がお腹を空かせているんじゃないかと思って見に来たんだ、けどその結果がこれ
。
猫が大丈夫か見に行ったら、見に行った私のほうが大雨で大丈夫じゃなくなったなんて、笑えるよね」
微笑みながらあっけらかんにそう話してくれるカヨコ。
「そうだね。」
そう返すとカヨコは笑顔を返してくれる。
「傘、二人共忘れちゃったね」
傘を忘れ、大雨に濡れた服に透けて見える肌は、まるで私の理性を狂わせんと言わんばかりに、私に深く刺激を与え、呼吸すら忘れ、無意識に目を向けてしまう。
「先生、見てる?」
そんな質問をされて私は思わずたじろいでしまった。
「え、な、なにが?」
「親に習わなかった?女子は目線に敏感なんだよ?」
全てを見透かすように綺麗な目で私の目を見つめ、そんな事を私に話す。
「まあ別に私は構わないけど」ボソッ…
「えっなんて?」
「なんでもないよ、先生」
大人の雰囲気を醸し出しながら、そんな事言うカヨコはとても魅力的だ。
人ひとり居ない殺風景な街、暗く明るいそんな場所でザーザーと降りしきる雨の音。
そして可憐に咲く花の様に美しいカヨコ。
無機質で、でも落ち着く空間。
「こういう雰囲気、私結構好きなんだ」
まるで静寂に溶け込む様にカヨコが口を開いた。
「そうなの?」
「うん、なんだか雨の音を聞いていると、心が落ち着いて来て、自分の悩みなんてちっぽけなものなんだ、なんて思えて来るから。」
そう淡々と話すカヨコ、開く口すら愛おしく思えて来る。
「だから私はこの雰囲気が好き、雨の音も好き」
「私もそう思うよ」
「先生も?」
少しだけ驚いた顔をした後、すぐにカヨコは微笑んでくれた。
「ふふ、そっか、先生もなんだ。
ちょっと嬉しい。」
頬を赤く染めて笑顔を見せてくれた後、すぐに顔を背けた。
その時、身体に柔らかい感触を感じた。
「先生、寒いからあっためて」
そういいながらベッタリとくっついてくるカヨコ。
「カヨコ!?」
「どうしたの?先生、ただ暖を取ってるだけだよ」
「でもカヨコ、生徒と先生がこれはちょっとまずいんじゃないかな…」
「大丈夫、誰も観てないから」
「そういう問題じゃ…ん!?」
カヨコは指を私の口の前にまるでシーー…とするように置いた。
「先生、大丈夫」
すらっとしていて、柔らかい指が唇に当たる。
息が顔にかかってしまう程に顔が近い、あたたかい息が感覚を麻痺させる。
私が何も喋らないのを見るとそっと口から指を離した。
「あ、雨止んで来たよ、先生」
「あ、本当だ…」
気がつくと既に雨はほぼ降って居なかった。
「じゃあ先生、そろそろ私は帰るよ」
「え、あ、うん、わかったよ」
「またね、先生」
「うん、またね」
手を振りながら遠くに歩いていくカヨコ。
私も手をぶり返すが、未だにあの時の余韻で頭が回ってくれなかった。




