表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
くまがあばれてテラフォーミング!  作者: 遊歩人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/66

第ハ話 記憶断片008-兄妹

以下は、アメリカが対凶獣用として開発したパワードスーツT2型(通称N.E.A.R)に関連する各種記録である。



2024年、春ーー。


ドバイの人工島にて、非公開の晩餐会が開かれていた。

招待状は存在せず、出席者は全員“顔”で選ばれる。

そこに集う者たちは、資産と欲望を持ち、倫理を持たない者たちだった。


会場は、海に浮かぶガラス張りのドーム。

シャンパンの泡が静かに弾け、絹のドレスが床を滑る。

この夜、取引の対象となったのは、ウクライナ出身の兄妹だった。

戦争で家族を失い、国境を越えて売られ、今ここにいた。

兄の名はミハイル・コルネンコ、12歳。

妹の名はアリーナ・コルネンコ、7歳。


アリーナは震えていた。

ドレスは借り物で、靴はサイズが合っていなかった。

彼女は泣き続けていた。

ミハイルは、妹の前に立ち、腕を広げて視線を遮った。

その目は、冷たい。

吸い込まれそうなほどに、静かで、深い。


周囲には、買い手たちがいた。

・サウジの石油王は、妹の肌の白さに値をつけた。

・ロンドンの投資家は、兄の骨格を見て「訓練次第で使える」と言った。

・中国の武器商人は、二人を分けて買うつもりだった。

・香港の実業家は、妹だけを「芸術用途」として欲しがった。


彼らの視線は、値札のように冷たかった。

笑い声は、競りの始まりを告げる鐘のように響いた。


その中で、ただ一人、沈黙していた男がいた。

アメリカ政府が極秘裏に運用する傭兵育成・戦術実験部門セクション・ダグラスのスカウト――ノア・グリフィン。

元特殊部隊。戦場で人間の“目”を見て生死を判断してきた男。

冷淡で、感情を持たない。

だが、ミハイルの目を見て、直感的に何かを感じていた。



オークションが始まった。

番号札が上がり、通訳が囁き、価格が跳ね上がる。

アリーナの泣き声が、値段の一部になっていた。


ノアは、最後の一声で彼らを競り落とした。

誰もが驚いた。

彼は、兄妹を“セット”で買った。

その目的は、誰にも分からなかった。

そしてこの取引は、記録にも残らない。


その夜、兄妹はドバイを離れた。

翌朝には、アメリカ西部の訓練施設にいた。

砂漠の縁に建てられた、地図に載らない場所。

そこは、傭兵育成のための非公開キャンプだった。


ノア・グリフィンは、兄妹を無言で施設の中へ案内した。

廊下は無機質で、空調の音だけが響いていた。

ミハイルは一言も発さず、アリーナは兄の袖を握っていた。


ノアは、ミハイルの前に立ち、言った。


「お前は、誰かを守るために戦うか。

それとも、誰にも命令されずに戦うか。

どちらでもいい。だが、選べ」


ミハイルは答えなかった。

ただ、妹の手を握っていた。



ノアは少し間を置いて、続けた。


「当面、お前たちの面倒は俺が見る。

身の回りのことは――彼女がやってくれる」


ノアが視線を向けた先に、ひとりの女性が立っていた。

白いシャツに淡いグレーのカーディガン。

髪は肩までの柔らかなウェーブ。

その目は、兄妹の目を見て、すぐに涙をこらえた。


エリザ・グリフィン。

ノアの姉。

この施設で唯一、戦場の外に立つ者。


彼女は、ゆっくりと兄妹に近づき、しゃがんで目線を合わせた。

アリーナの手をそっと包み、ミハイルの目を見て、微笑んだ。


「怖かったね。もう大丈夫。

今日からは、私が一緒にいるから」


その声は、兄妹が初めて聞いた“優しい英語”だった。

アリーナは、少しだけ顔を上げた。

ミハイルは、何も言わなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ