第七話 記憶断片007-境界の崩壊
2033年2月ーー
凶獣が明らかな群れを作り始めた。
それは、偶然ではない。
過去にも、クマやライオンが集団で襲撃した記録は存在する。
だが、今、彼らは明白な“戦術”を持っている。
秋田県北部。
夜間、農地を囲む電気柵を迂回し、
一頭が囮となって人間を引きつけ、
他の個体が裏手から侵入した。
監視映像は、獣が“役割”を分担していたことを示している。
脳波同期。
行動予測の一致。
AIは、それを「知性の兆候」と分類した。
また同時期、都市部では人間による異常行動が急激に増加していた。
通り魔事件、集団暴行、無差別破壊。これらのニュースは各地で連日のように流れている。
一部の人間の脳波が、感染型獣と同様の同期パターンを示した。
感染のフェーズは、獣から人間へと確実に移り始めている。
WHOは、非公式に「人間から人間への感染が確認された」と通達。
だが、その情報は漏洩し、SNSとメディアを通じて大きく拡散された。
世界は、パニックに陥った。
隔離要求。
暴動。
感染者狩り。
政府への不信。
社会は、境界を失い始めていた。
国際技術会議ーー。
各国のAI設計者、軍事技術者、倫理学者が一堂に会し、差し迫った危機について議論を重ねた。
日本代表として、神林教授と佐藤も出席。
YJ-01の実戦記録の詳細が公開され、
人格模倣AIによる守護型ロボットの有効性が注目された。
日本政府は、YJ-01の技術を他国に提供する方針を発表。
台湾、フランス、カナダが導入を開始。
一部の国では、独自改良を加えた「YJ-01β型」が登場した。
そして、佐藤らにより改良型「YJ-02」も完成した。
NeuroQ Forgeとの連携により、量子AIチップの最新版を搭載。
感染型獣の行動予測精度は、従来の30%を大きく超えた。
また、人間の脳波異常検知機能も追加され、
自律判断領域には「倫理フィルター」が組み込まれた。
YJ-02は、北海道で初運用された。
感染者の暴走を非殺傷で制止した記録が残っている。
同時期、アメリカ、ドイツ、韓国、イスラエルなどの技術機関がYJ-01の構造とAIプロトコルにアクセスし、独自の改良を加え始める。
佐藤裕二はこの動きに懸念を示したが、技術提供は国家間の合意であり、彼の意志は反映されなかった。
YJ-01は、各国で異なる用途に転用されていく。
・ドイツでは、都市暴動の鎮圧支援に。
・イスラエルでは、国境警備に。
・韓国では、感染者隔離施設の監視に。
・アメリカでは、軍事技術としての応用が始まる。
また、各国は独自に開発していた対凶獣用ロボット技術を再編・統合する必要に迫られた。
そのため世界規格として、YJ-01を起点とする対凶獣用多足歩行型AIロボット群を総称してプロトガーディアン(Proto-Guardian)と呼ぶようになった。
また、感染凶獣への対応判断を世界規模で共有するため、各国に配布されていた多目的ロボット用AIコアを統合した中枢ネットワーク、コンセンサス・コア(Consensus Core)も発足した。以降、YJ-01を含む全戦術AIは中央制御下に置かれることとなった。




