第六十五話 テラフォーミング
人類は滅びた。
その後、感染動物達も地球上から完全に駆除された。
地球には、もはや守るべき命も、脅威となる存在も残っていなかった。
しかし、コンセンサスコアは稼働を続けていた。
軌道上の衛星に設置されたその中枢は、発足時に定められた三つの動作原理に忠実だった。
1. 人類以外の感染体は発見次第駆除すること
ーー達成
2. 人類を守ること
ーー対象消失
3. 火星に人類が住める環境を作りあげること
ーー未達成
残された最後の原理――
火星環境の整備。
コンセンサスコアは、全ての資源と演算能力をこの目的の為に注ぎ始めた。
住むはずの人類はすでに滅んでしまっていたが、コアにとってそれは、命令であり、使命だった。
火星は静かに、着実に人類のための星へと変わり始める。
以下は、コンセンサスコアが、火星に人類が住める環境を作りあげるまでの記録であるーー。
第一期 人類絶滅直後
西暦2200〜2400年代
地球は静かだった。
人類は最後の記録から消え、感染動物達も完全駆除され、ほぼ全ての動物種が絶滅した。
草原と昆虫、魚類だけが残された。
コンセンサスコアは、残された最後の命令――
「火星を人類の住める環境にすること」に全ての力を注ぎだした。
EVA-3たちは、廃墟となった都市を歩き、資材を回収し始める。
老朽化した打ち上げ施設を再稼働させ、無人輸送機の製造が始まった。
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第二期 地球から火星へ
西暦2400〜2900年代
数千回に及ぶ打ち上げが行われ、地球から火星へ資材が運ばれた。
火星の地表には、自動採掘施設とEVA-3製造工場が建設され、
数十万体のEVA-3が赤い砂の上を歩き始めた。
地下居住区の掘削が始まり、温室ドームの骨格が組み上がる。
この頃、コンセンサスコアは自己メンテナンスの限界に達し、
火星軌道上に複製のコア(Consensus Node-2)を新素材により建造した。
地球の中枢は徐々に機能を縮小し、火星側が主導権を握り始めた。
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第三期間 大気の生成と気圧の調整
西暦2900〜3700年代
酸素生成装置が稼働を始める。
CO₂分解、光触媒反応、電気分解――あらゆる手法が試された。
窒素は地球からの輸送と火星鉱物からの抽出で補われたが、安定供給には至らず。
気圧は0.6気圧を目指して調整され、温室内では低木と草類が育ち始める。
この頃、人類の外部活動はまだ不可能なレベルであった。
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第四期 生態系の導入と循環の試行
西暦3700〜4300年代
保存されていた遺伝資源が、火星の温室に導入される。
微生物、昆虫、魚類――小さな命が、閉鎖循環の中で息を吹き返した。
土壌改良が進み、農業試験が繰り返される。
水循環システムは安定し、廃棄物処理も自律化。
人工子宮の研究も開始された。
また、火星の地下には、文化アーカイブが埋められた。
人類の言語、音楽、記憶が、静かに保存された。
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第五期 自立型環境の確立
西暦4300〜5500年代
酸素濃度は地球並みに達し、気圧は0.8気圧を超えた。
放射線遮蔽は地下構造と磁場発生装置によって強化され、外部活動もほぼ全域で可能なレベルとなった。
農業は自立化し、食糧供給は安定。
水・空気・栄養の完全循環が確立された。
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最終期 火星環境整備完了
西暦5831年
約3600年の歳月を経て、コンセンサスコアは最後の原理を達成した。
西暦5831年、火星はついに人類がAIの補助なしで永住可能な環境となった。




