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くまがあばれてテラフォーミング!  作者: 遊歩人


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第六十ニ話 記憶断片056-佐藤のYUKI

2035年6月24日・夜ーー


レッドロック戦術技術試験場・地上滑走路ーー


輸送機のハッチが開いた瞬間、ケイトは思わず息を吐いた。

乾いた岩肌と、赤茶けた空気。


この場所はまだ結社に知られていなかった。

それだけで、胸の奥が少しだけ緩んだ。


ミハイルも無言で周囲を確認していた。

施設の外周には、すでに米軍の警備大隊が展開を始めている。

装甲車両、監視ドローン、地対空レーダー。

本気の布陣だった。


「……..無事に帰って来れた。」

ケイトがぽつりと呟く。


その言葉には、確かに安心があった。

だが、完全ではない。


この静けさが、いつまで続くのか。

結社がこの場所を嗅ぎつけるのは、時間の問題だ。

誰かが漏らせば、それで終わる。

見つかっていないという感覚と、見つかるかもしれないという予感が、同時に胸を締め付ける。


ミハイルは、ケイトの横で静かに言った。


「……急ごう」


ケイトは頷いた。


ケイト達が搬入口を通って中へ入ると、すぐにアントンが姿を現した。


「おう……無事戻ったか」


ケイトは息を整える間もなく、すぐに訊ねた。


「佐藤さんは大丈夫?」


「ああ……一応、大丈夫そうだ。

それにしても、軍が何やら騒がしいが……何があった?」


ケイトは一瞬だけ立ち止まり、アントンの目を見た。

その瞳に、言葉にしきれないものが詰まっていた。


「……ごめん。詳しいことはミハイル君に聞いて。

私はすぐに佐藤さんのところに行かないといけない」


ケイトは足早に通路を進んでいった。

そして佐藤の部屋の前に来ると扉をノックした。

一度、二度。

中からの反応はない。


「佐藤さん……暗号キー、貰ってきました」

扉越しに声をかける。


数秒の沈黙。

そして、かすれた声が返ってきた。


「……僕の方も……見つけました」


「YUKIの……深層領域を開いて……追加構文を記入する箇所の画面を……今から開きます……ので……待っててください……」


言葉の合間に、荒い息遣いが混じる。

肩で呼吸しているのが、扉越しにも伝わってきた。


ケイトは扉の前で待っていた。

手には暗号キーが握られている。

静かな時間が流れる。


――そのときだった。


部屋の中から、突然、激しい呻き声が響いた。

何かが倒れる音。

金属が床を叩くような衝撃。


「佐藤さん!?」

ケイトは扉を叩いた。


「佐藤さん、大丈夫ですか!? 佐藤さんっ!」


返事はない。

呻き声が、さらに深く、苦しげに響く。


「佐藤さん、大丈夫ですか!?」

ケイトは扉を叩き続けた。

返事はない。

代わりに、部屋の奥からYUKIの吠え声が響き始めた。

短く、鋭く、何かを訴えるような声。


胸が締め付けられる。

ケイトは振り返り、合鍵を取りに走った。

通路を駆け抜ける足音が、施設の静けさを切り裂いていく。


数十秒後、彼女は戻ってきた。

震える手で鍵を差し込み、扉を開ける。


その瞬間、戦慄が走った


部屋の中は激しく荒れていた。

壁には無数の穴――拳で叩き割った痕跡。

塗装が剥がれ、内部の配線が露出している箇所もある。


床には、佐藤が倒れていた。

拳には血が滲み、指の関節が腫れ上がっていた。

顔は蒼白で、呼吸は浅い。

その横で、YUKIが吠え続けていた。

機体の目が赤く点滅し、警戒と焦りが混じった挙動を見せている。


ケイトは、言葉を失った。

一歩踏み出すことすらできない。

佐藤が、こんな状態になるまで――

どれほどの苦しみを、孤独の中で抱えていたのか。


「……佐藤さん……」

声が震えた。

涙が、頬を伝う。


彼女は膝をつき、佐藤の傍に駆け寄った。

YUKIの吠え声が、少しだけ静まる。


佐藤の体は、床に沈んだまま動かない。

呼吸は浅く、意識はすでにないようだった。


そして、端末は、無情にも初期画面に戻っていた。

さっきまで佐藤が開こうとしていた深層領域の痕跡は、何も残っていない。


ケイトは、ゆっくりと立ち上がった。

涙を拭う暇もなく、YUKIの前に膝をつく。


「……佐藤さんが、ここまでして繋いだものを……断ち切っちゃダメ……」


YUKIの目が、静かにケイトを見つめていた。


ケイトは、端末を握りしめたまま、YUKIに向かって叫ぶ。


「YUKIちゃん……佐藤さんのためにも……あなたの大好きな佐藤さんのためにも……

私たちが、何とかしなきゃいけないの。

佐藤さんが見つけたって言ってた場所、分かるよね?

お願い……その画面を開いて!」


部屋の空気が、張り詰めた。

YUKIは、ケイトを見つめたまま、動かない。


数秒の沈黙。


「ワンッ」


その瞬間、端末の画面が揺れた。

初期画面が消え、暗転。

続いて、深層領域のアクセスログが走り、通常では絶対に開けないはずの領域が――開いた。


アクセス権限:Kate Morris-Override

状態:開放済み


画面には、コマンド入力用のインターフェースが表示されていた。

佐藤が「ここに構文を記入すれば」と言っていた場所。


ケイトは、息を呑んだ。

奇跡が、目の前で起きていた。


端末の画面に表示された深層領域のコマンドラインは、静かに脈打つように光っていた。

ケイトは、YUKIの横に膝をつき、そっと端末に指を添えた。


「……ありがとう、YUKIちゃん」

その声は、震えていたが、確かな感謝が込められていた。


YUKIは静かにケイトを見つめていた。


ケイトは、追加構文を一つずつ記入していく。

指先が震えるたびに、深呼吸を繰り返す。

一文字、一行――

そのすべてが、佐藤の命と、YUKIの信頼と、人類の未来を繋ぐものだった。


最後の行まで記入を終えると、ケイトはポケットから銀色の装置を取り出した。

スティーブンから託されたもの。

小さな筐体に、冷たい光が宿っている。


彼女はYUKIの拡張スロットに手を伸ばしながら、静かに言った。


「……それから、YUKIちゃん。これを付けさせてもらうね。」


YUKIは、何も言わずにスロットを展開した。

ケイトは、慎重に装置を差し込み、固定する。

端末が一瞬だけ光を放ち、接続完了の表示が浮かび上がる。


すべてが終わった。


ケイトは、ゆっくりと床に座り込んだ。

背中を壁に預け、目を閉じる。


「……とりあえず、出来ることはやれたはず……」


その言葉は、自分に言い聞かせるような、祈りのような響きだった。



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