第六十一話 記憶断片055-彼の胸の中で
空港まで残り数キロ。
T2の前方に、見覚えのあるシルエットの機体が現れた。
アークジェネシスーー。
舗装の裂けた補給路の先まで来てそこで立ち止まった。
湿地帯の蒸気が薄く漂い、機体の外装が鈍く光る。
ミハイルはT2のコックピットから再度確認する。
「……停止してるはずのアークジェネシスが、なぜここに?」
米軍の通信士から通信が入る。
「T2-NEAR、こちら第5通信班。
アークジェネシスへの衛星通信による制御信号は確認されていない。
しかし、近距離から強い制御用電波が出ている。
おそらく、この機体はハッキングされている」
ミハイルは短く息を吐いた。
「ならば……こいつは敵か」
その瞬間だった。
アークジェネシスが、滑るように動いた。
軍の装甲車の側面から展開しようとしていた特殊部隊の兵士――
ロケットランチャーを肩に担ぎ、アークジェネシスに照準を合わせようとしたその一瞬。
閃光。
兵士の胸部が撃ち抜かれ、彼は何も出来ずに崩れ落ちた。
ミハイルの指が、T2のトリガーにかかったまま止まった。
あまりにも速かった。
警告も、反応も、何も間に合わなかった。
「……くそっ」
彼は低く、悔しそうに呟いた。
アークジェネシスは再度立ち止まり、次の標的を探していた。
「……下手に動けば、また誰かがやられる。
こいつの相手は、俺に任せてくれ」
そう言うとミハイルはT2をゆっくり前進させた。
T2とアークジェネシスが、互いに距離を保ったまま対峙する。
ーーしばしの沈黙。
風が止まり、湿地の蒸気が空気を曇らせる。
周囲の戦闘音が遠くに引いていく。
この場だけが、異様な静けさに包まれているようだった。
ミハイルは、コックピットの中で息を整える。
指先に汗が滲む。
一歩でも踏み出せば、次の瞬間には終わる。
張り詰めた沈黙だった。
「……こいつには正直隙がない」
ミハイルは、誰にも聞こえない声で呟いた。
アークジェネシスが、わずかに重心を移す。
その瞬間、T2も反応する。
脚部スラスターが微かに熱を帯び、ミハイルの視線が敵の肩部に集中する。
一撃で決まる距離ではない。
この距離、この空気――
互いに、何十回も模擬戦を繰り返したような、読み合いが続いていた。
「ただ……こいつの動きの癖は、俺が一番知っている。
そして今は、俺の方が、こいつより強い」
次の瞬間、アークジェネシスが跳んだ。
地面すれすれを滑るように突進し、肩部のライフルがチャージ完了。
閃光が走る。
ミハイルは、T2を横に跳ばせる。
地面をえぐるような電磁弾がすれ違い、爆風が背後の舗装を吹き飛ばす。
空中で交差する二体。
ミハイルは、電磁ライフルを捨てT2の左腕を展開し、内蔵された短距離電磁ブレードを起動した。
アークジェネシスの機動は異常なほど滑らかだった。差し違えるような距離。
ミハイルは、機体を捻りながら、敵の胸部を狙う。
だが、正面からは通らない。
その瞬間――
アークジェネシスの肩部ライフルが再チャージに入り、冷却ユニットが一瞬露出した。
「……今だ!」
T2の腕が突き出される。
電磁ブレードが、装甲の継ぎ目――冷却ユニットの隙間に突き刺さる。
一瞬の沈黙。
次いで、アークジェネシスの動きが止まった。
機体が崩れ落ちる。
蒸気が吹き出し、フレームが地面に沈む。
ミハイルは、T2の姿勢を整えながら、静かに息を吐いた。
「……終わりだ」
ミハイルは、T2の姿勢を整えながら、コックピット内で息を吐いた。
通信が入った。
米軍通信士の声が、少しだけ熱を帯びていた。
「T2-NEAR、こちら第5通信班。……見事だ。
あの機体を単独で落とすとは、さすがだな」
ミハイルは、短く応じた。
通信士が続ける。
「空港まであと2キロ。
輸送機が待機中だ。先を急ごう」
「了解。護衛を継続する」
ミハイルは、ケイトの車両が再び動き出すのを確認し、T2を並走位置に戻した。
空港にも無人ドローン機が襲来していたようだが、軍により殲滅された模様だ。
滑走路には、焼け焦げたドローンの残骸が散乱していた。
ケイトを乗せた防弾車両が空港に到着すると、そのまま輸送機の後部ハッチへと滑り込む。
続いてT2もそのまま乗り込んだ。
ハッチが重々しく閉じられ、機内の照明が切り替わる。
「輸送機、搭載完了。離陸態勢に入ります」
通信士の声が、機内に響く。
機体が滑走を始める。
振動が床を伝い、ケイトの車両がわずかに揺れる。
上空では、F-47が旋回していた。
鋭い機体ラインと無音の飛行。
最新鋭のステルス機が警戒にあたる。
空域の緊張を引き締めていた。
輸送機が滑走路を離れ、ゆっくりと上昇を始める。
南フロリダの湿地帯が遠ざかり、陽光が機体を包み込む。
しかし――
輸送機が離陸して間もなく、地上から閃光が走った。
「ミサイル発射確認!地対空型、複数!」
通信士の声が跳ねる。
F-47が即座に反応した。
一機が急降下し、ミサイルの進路に割り込む。
機体下部からチャフが展開され、続いてレーザー迎撃が発射される。
一発目のミサイルが空中で爆ぜる。
続いて、二発目も軌道を外れ、F-47の機動に巻き込まれて消えた。
「迎撃完了。空域、安定」
通信が静かに告げる。
輸送機は、振動を残したまま高度を上げていく。
南フロリダの地形が、雲の下に沈んでいく。
「敵機影なし。高度安定。空域、完全に確保」
通信士の報告が機内に響いた瞬間、誰かが小さく拍手を始めた。
それはすぐに広がり、機内全体が安堵の拍手に包まれる。
ミハイルはT2から降り、静かに周囲を確認していた。
機体の振動は落ち着き、空気はようやく戦場の緊張から解き放たれていた。
防弾車両のドアが開く。
ケイトがゆっくりと降りてくる。
その足取りは、戦闘の疲労と張り詰めた恐怖の余韻を残していた。
彼女はミハイルの姿を見つけると、言葉にならない声を漏らした。
そして、泣きながら言った。
「……怖かった。死ぬかと思った……」
そのまま、彼の胸に飛び込む。
ミハイルは少し驚いたが、自然に彼女を受け止めた。
ケイトの肩は震えていた。
ミハイルは何も言わず、彼女の頭に、そっと手を添えた。




