第五十四話 記憶断片048-連鎖
2035年6月16日ーー
昨夜の出来事から一夜明け、ミハイルは、起床して集まってきた皆にゆっくりと口を開いた。
声は低く、言葉を選びながら。
「……昨日の深夜、ルカが施設を出ていった。
そして岩場で……自分で、命を絶った」
突然の訃報に、全員の表情が凍りついた。
誰もすぐには言葉を発せられなかった。
ケイトは、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳は揺れていた。
声はかすかに震えていた。
「……どうして」
ミハイルは、しばらく黙っていた。
言葉を探すように、ゆっくりと口を開いた。
「……感染したって言ってた。
自分で気づいたみたいだ。
それで……俺たちに迷惑をかけたくないって」
彼は目を伏せた。
「最後に、感謝してるって言ってた。
ノアに拾われて、お前たちに出会えて――
それなりに楽しかったって」
ケイトも佐藤も何も言えなかった。
アントンもしばらく黙っていた。
椅子に座ったまま、拳を握りしめていた。
そしてゆっくりと話しだした。
「……あいつとは、兄弟みたいに育った」
それだけ言って、また沈黙が落ちた。
「……俺からはあいつに感謝を伝えられなかった」
声は低く、かすれていた。
「それが……悔しい」
誰も言葉を返せなかった。
その場にあったのは、静かな痛みだけだった。
アントンは目を伏せたまま、
それ以上、何も言わなかった。
しばらくして、ミハイルが立ち上がった。
「……今から、彼を埋葬しようと思う。
みんなで、ちゃんとお別れをしよう」
誰も反対しなかった。
それが、今できる唯一の敬意だった。
---
ルカとの突然の別れは、静かに彼らの心に影を落とした。
その喪失は言葉にならず、ただ胸の奥に沈んでいた。
ただ、彼らは立ち止まっている訳にはいかなかった。それぞれの使命が、悲しみの中に灯をともした。
ミハイルとアントンは、ワシントンD.C.へ向かった。
イーサンに直接会い、軍との交渉に臨むために。
ルカの死を無駄にしない――その思いが、彼らの背中を押していた。
ケイトと佐藤は、施設に残り、コアへの介入に挑み続けた。
寝る間も惜しみ、YUKIの端末に向かい、ログの深層を探った。
制御権を取り戻す。それが、彼らに残された唯一の希望だった。
だが――
さらなる悲劇は、静かに忍び寄っていた。
ルカの死から一週間。
佐藤は、体の異変を感じ始めていた。
微熱、倦怠感、そして指先の痺れ。
最初は疲労だと思っていた。だが、違和感は日を追うごとに濃くなっていった。
介入はうまくいっていなかった。
ログは開くが、どうしても制御層には届かない。
焦りが、佐藤の言葉を荒らした。
「……何度やっても、反応がない。
このままじゃ、何も変えられない」
ケイトが静かに声をかけると、佐藤は苛立ちを隠せなかった。
「分かってるよ……でも、君に言われなくても分かってるんだ!」
その声に、ケイトは言葉を失った。
佐藤はすぐに目を逸らし、背を向けた。
「.....すまない。ちょっと疲れているのかもしれませんね。」
ケイトは笑顔で返した。
「佐藤さん、大丈夫です。
ちょっと休みましょう。疲れてるだけです」
佐藤は目を伏せたまま、しばらく黙っていた。
その沈黙の中で、何かが崩れていくようだった。
やがて、彼は哀しい顔でケイトに向き直った。
「……まだ分からないけど、
もしかすると、僕も感染してるかもしれない」
ケイトは息を呑んだ。
佐藤は続けた。
「微熱、痺れ、倦怠感……
症状を考えると、その可能性が高い気がする」
ゆっくりと顔を上げた佐藤の目は、充血して赤く染まっていた。
その瞳に、恐怖と諦めが混ざっていた。
ケイトは、静かに首を振った。
「ダメですよ、弱気になって。
......変な事考えちゃ、ダメですよ」
彼女は笑顔を崩さず、そっと言った。
「きっと、疲れてるんです。
ちょっと休んでてください。
元々ダメ元でやってるんだし、
後は私に任せてください」
佐藤は何も言わず、ただ小さく頷いた。
そして彼はゆっくりと部屋の方へと向かっていった。




