第五十三話 記憶断片047-ルカ
2035年6月15日・深夜ーー
ミハイルは目を覚ました。
隣室から、低く唸るような声と壁を叩く音が聞こえた。
一瞬、夢かと思ったが、音は現実のものだった。
彼はベッドから起き上がり、音のするルカの部屋の前に立つ。
扉をノックする。
「おい、ルカ、大丈夫か?」
唸り声は徐々に静まり、やがて中から声が返ってきた。
「……すまない。悪い夢を見てうなされてた。
起こしたみたいで悪かったな」
ミハイルは少し間を置いて、もう一度訊ねた。
「おい、本当に大丈夫か?」
「……あぁ」
それだけだった。
ミハイルは気になりながらも、自室に戻った。
眠りは浅く、意識の底に何かが引っかかっていた。
そして、ふと目が覚める。
妙な胸騒ぎがした。
部屋を出てみると、ルカの部屋の扉が少し開いていた。
中を覗いてみたが、誰もいない。
「……ルカ?」
不審に思っていると、静寂の中、施設の奥の方からゲートが閉まる音が響いた。
「ルカか?一体何やってるんだ」
ミハイルは走った。ゲートを開けて外へと出た。
広場を抜けた先ーー
岩場の上に立つルカの姿は、月光に照らされていた。
拳銃のようなものが、こめかみに押し当てられている。
ミハイルは息を切らしながら叫んだ。
「おい待て、ルカ!何してるんだ!」
ルカが振り返る。
その声は、震えていた。
「ミハイルか……来るな!!」
ミハイルは驚いて立ち止まった。
その距離が、言葉よりも重く感じられた。
ルカは、息を整えながら言った。
「……すまない。どうやら、感染しちまったらしい」
ミハイルが声を張る。
「もしそうだったとしても――なんでだよ!
なんで、そんなことを――」
ルカが遮るように叫んだ。
「だからだよ!」
その声は、夜の静寂を裂いた。
そしてルカはゆっくりと語りだした。
「……俺はガキの頃、
俺を産んだ親を恨んでた。
俺自身も産まれてきたことを後悔して、
ずっと、ずっと生きてきた.....
心はずっと死んでいた」
拳銃が少しだけ震えた。
「だけどな、ノアに拾われて――
それから、お前たちに出会って、
初めて俺は生きてるって思えた。」
ミハイルは何も言えなかった。
「まぁ、結果としては、それなりに楽しい人生だったと思えるようにはなったな。
だから、俺は――お前たちには恩返ししなきゃならない。」
ミハイルが一歩踏み出そうとした。
「ルカ、やめろ。
拳銃をおろせ。
まだ、方法はあるかもしれない」
ルカは、静かに笑った。
「……じゃあな」
引き金が弾かれた。
音が、夜を切り裂いた。
ミハイルはその場から動けなかった
月光の下、岩場に倒れたルカの影が、静かに広がっていた。




