第五十一話 予兆
2035年6月15日ーー
レッドロック戦術技術試験場ーー
YUKIの端末に、ケイトは集中していた。
指先は静かに動き、視線はログの奥へと潜っていく。
佐藤が隣で、端末の別系統を確認しながら言った。
「僕も色々試してみたけど……
ログを見ることはできます。
でも、書き込んだり改変したりは完全にガードされてますね。
介入は、今のところ不可能です。」
ケイトは、目を離さずに答えた。
「それでも、YUKIのコア経由だけは、ログの深部まで入れます。
それは明らかに他のものとは違う。
だから、プログラムへの介入も……きっと、可能性はあると思うんです。」
YUKIの視覚センサーが静かに点滅する。
部屋の奥では、アントンとミハイルが並んで立っていた。
「……結局、現時点でどうする事が正しいのか、分からないな。」
ミハイルがぼそりと呟く。
アントンは腕を組んだまま、モニターを見つめていた。
「何かを選ぶには、俺たちには情報が足りなすぎる。でも、時間もあまり残ってない気がするな」
ルカは一人、奥のベンチに腰掛けていた。
何も言わず、格納庫の方を見つめていた。
その時、ケイトの端末が鳴った。
表示された名前に、彼女はすぐ応答する。
「ん、イーサン?」
「ケイトさん、こないだ話していたことだけど……
もしかして、あれは君たちの仕業ですか?」
ケイトは眉をひそめた。
「……どういうこと?」
イーサンの声は少し緊張していた。
「コアが破壊されたって話を、上司から聞きました。
あなたが“コアがもし止まったらどうなるか”って聞いてきたから、その件に関与してるのかと思って連絡しました。」
ケイトは驚きの表情を隠せなかった。
「破壊……?何の話、そんなのまったく知らない。
そもそも、私たちは、まだコアに接続ができてるよ。佐藤さんのYUKI経由で。
遮断はされてない。だから、破壊なんてされてないはず。」
佐藤が口を挟んだ。
「そうですね。今のところ、応答はあります。」
イーサンが少し沈黙してから言った。
「それは本当ですか?
ただ、現実では、世界各地のアークジェネシスが停止してる。EVA-3も、完全に沈黙したって報告が出てる。
どちらにせよ、この状態が長引けば――
人類絶滅のシミュレーション結果は、1〜2ヶ月で100%になります。」
ケイトは、端末を見つめながら静かに言った。
「……分かった。
コアのログを、もっと深く調べてみる。何かが起きたのならログに残ってるはず」
イーサンも応えた。
「僕も、何が起きているのか調べてみます。
何か分かったら、すぐ連絡します」
通話が切れた。
ミハイルが、モニターを操作しながら言った。
「確かにニュースで流れてるな。
“コアが原因不明で停止。復旧のメドは立っていない”って報道されてる」
その時だった。
奥のベンチに座っていたルカが、突然テーブルを叩いた。
乾いた音が、静まり返った作戦室に響いた。
全員が一斉に振り向いた。
「……ルカ?」
アントンが声をかける。
ルカは、ゆっくりと立ち上がった。
表情は読み取れない。
ただ、目の奥に何かが揺れていた。
「すまない。
ちょっと……疲れた。
部屋で休むよ」
誰も止められなかった。
ルカは静かに歩き出し、
無言のまま、作戦室の扉を開けて消えていった。
扉が閉まる音だけが、
彼の感情の残響のように、
部屋に残った。




