第四十九話 記憶断片045-ON/OFF
2035年6月11日午後ーー
レッドロック戦術技術試験場の地下ゲートが開いた。
ミハイルが先頭で歩きだし
後ろにはアントン、ルカ、そして佐藤が続いていた。
ケイトは、作戦室の前で待っていた。
端末を手に、何かを確認していたが、
ミハイルの足音に気づくと顔を上げた。
「……何事もなくて良かったよ。おかえり」
ミハイルは頷いた。
「無事に佐藤博士を連れてきた」
ケイトは佐藤に目を向ける。
佐藤は、周囲の構造を見渡しながら、少し目を見開いていた。
「……すごい、これは、想像以上ですね。
地下にこれだけの設備があるとは。」
ケイトは微笑を浮かべた。
「なんと爆弾が落ちても大丈夫な造りなんです。」
その時、YUKIが静かに現れた。
白い外装に、柔らかな視覚センサーの光。
どこか人懐っこさを感じさせる。
ケイトは、YUKIの姿を見て、表情を和らげた。
「……この子が、噂に聞いてたYUKIちゃんね。
こんにちは」
YUKIは、首を傾けて挨拶した。
「あら、お利口さんだね」
ケイトは、YUKIの頭を軽く撫でた。
場の空気が和むーー
アントンが壁際から一歩前に出て言い出した。
「……みんな揃ったことだし、早速だが今後どうするかについて考えよう」
ケイトが応じる。
「うん。そうね。えっと、ミハイル君たちがいない間に、ヨーロッパが大変なことになってるけど……それは知ってる?」
ミハイルは椅子に腰を下ろしながら答えた。
「ああ。停電してるらしいな。
ネットも遮断されてるって聞いた」
ケイトは、少し目を伏せてから言った。
「……実は、それだけじゃないの。
人型ロボットが、治る見込みのない病気の人たちを――
勝手に安楽死させ始めたみたいなの」
空気が止まった。
「緩和ケア病棟……いわゆるホスピスに入院している人たち。全員に麻酔薬と筋弛緩剤を投与して、
静かに去っていったって」
誰も言葉を発せなかった。
アントンが、ゆっくりと息を吐いてから言った。
「……コアは結局、ただの機械ってことか?
オンかオフでしか判断できない。
死が確定してる人間は、その時点で“オフ”なのかよ」
その声には、怒りとも悲しみともつかない感情が滲んでいた。
ミハイルも、怒りを顔に滲ませながら言った。
「俺は、コアを破壊するべきだと思う。
あれが判断してる限り、EVA-3もアークジェネシスも止まらない」
ルカが頷いた。
「それがいい。
アークジェネシスを相手にするのは、さすがに無理だ。」
ケイトは少し黙っていたが、やがて静かに言った。
「……そうね、そうするしかないのかも。」
佐藤は、モニターに映る沈黙したヨーロッパの地図を見つめながら口を開いた。
「少し慎重に考えないといけません。
今コアを破壊してしまうことで、これまで何とか踏みとどまっていた“人類滅亡”という未来が、確定してしまっては意味がない」
空気が静かに引き締まった。
「まずは、そこを再確認してからの方がいいかもしれません」
ケイトは頷いた。
「……確かに。
コアを止めて、それで人類が滅ぶなら、元も子もない」
彼女は端末を取り出し、連絡先を開いた。
「イーサンに連絡してみる。
知り合いの感染学の専門家で、未来のシミュレーションをしてる人。
今の地球が、どこまで持つかを聞いてみる」
数分後、通信が繋がった。
「イーサン、お久しぶり、ケイトよ。ちょっと急ぎで聞きたい事があるの。
最新の世界の感染状況と、未来の予測シミュレーション結果を教えて欲しいの。」
イーサンの声は、少し疲れていたが冷静だった。
「お久しぶりです。ケイトさん、丁度2日前に最新のシミュレーション結果が出た所です。
感染に関しては、最近の主流は完全に変異株に移っています。重篤化リスクも以前より増してます。確率的には3%
それから哺乳類と鳥類全体での感染体数は、種により差がありますが、推定で約40%程度と見込まれています。
あと動物達の中では違った変異株も結構出現していて現在全ての評価は出来てはいない状況です。
この辺は今後の新たなリスクになりそうです。
ただし、都市近郊の感染体に関しては、アークジェネシスがかなりの数駆除をしてるデータが上がってきています。それら未知の変異株の人類への感染可能性はかなり限定的と言えるでしょう。
人類全体の感染率に関しては横ばいか、やや上昇傾向ですね。推定で感染者数が全人口の6%程。
今は、人から人への感染が主になってます。」
ケイトは息を飲んだ。
「……未来のシミュレーションは?」
イーサンは少し間を置いてから答えた。
「現時点でのシミュレーション結果では、
今後200年以内に人類が絶滅する可能性は92%。
主原因は食糧難となっています。
これは、変異株の影響もあって1ヶ月前より1.5%上昇してます。」
ケイトは静かに言った。
「もし、今コアが停止したら?」
「……その場合、アークジェネシスが止まるので、
野生動物の感染拡大が完全に制御不能になります。それから、感染者の隔離も制御が出来なくなって、1ヶ月もすれば、人類の絶滅確率が100%になると思われます。いや、思われるじゃなくてなるですね。
人間だけじゃなく多くの種が絶滅して、地球は――昆虫たちの世界になります。」
「分かったありがとう、イーサン。助かった」
ケイトは静かに言って、通話を切った。
作戦室に沈黙が落ちた。
誰も口を開かず、ただそれぞれの思考が空気に沈んでいた。
佐藤が、モニターの地図を見つめながら口を開いた。
「……そうなると、コアやアークジェネシスを止めるのは難しくなりましたね。
彼らが支えている均衡が、今の世界の最後の足場なのかもしれない」
アントンが、椅子の背に腕をかけながら言った。
「それなら……EVA-3を破壊していくしかないのか?」
ケイトは、少しだけ首を振った。
「それも簡単じゃないかも。
EVA-3は、自分たち自身で機体を増産してるみたい。
ドイツの旧工場で、誰の指示もなく組み立てを始めてるって報告があった」
再び沈黙が落ちた。
その中で、ミハイルがふと口を開いた。
「……なぁ、思ったんだが。
コアって、オンかオフでしか判断できないって言ってたよな?
もし仮に、人類の絶滅が“確定”してしまったら――
その時点で、コアは無差別に人々の安楽死を始めたりはしないのか?」
空気が凍った。
ケイトが、ハッとしたようにミハイルを見た。
「……そうかもしれない」
佐藤も、静かに頷いた。
「いや……おそらく、そうなると思います。
“将来の生存可能性ゼロ”とコアが判断した瞬間、
コアは“苦痛の最小化”を選ぶ。
それが、現時点での彼らの“倫理”ですから」




