第四十八話 記憶断片044-サイレントリーパー
レッドロック戦術技術試験場・食堂・夜ーー。
ミハイル達が佐藤を迎えに行くために出ていって、一人残っていたケイトはその日遅い夕食を摂っていた。
食堂は静かだった。
シェフも引き上げ、照明は半分落とされていた。
ケイトは、食後のコーヒーを片手に、隅のモニターをぼんやりと眺めていた。
画面には、スイス・ヴォー州の緩和ケア施設の映像が流れていた。
施設前に立ち尽くす医療スタッフ。
無言で立ち去るEVA-3の背中。
そして、アナウンサーの声が震えていた。
「速報です!EVA-3量産型機体が施設に侵入し、入院患者に麻酔薬と筋弛緩剤を投与――」
ケイトは、カップを口元に運んだまま、動きを止めた。
目が、画面に釘付けになっていた。
数秒後、映像が切り替わる。
政府広報の臨時ニュースが始まる。
「ただいまの報道は誤報です。現場での確認はまだ取れておらず――」
その瞬間、ケイトは立ち上がった。
コーヒーが少し揺れて、カップの縁から滴が落ちた。
「絶対、誤報なんかじゃない!」
声が、食堂の静けさを切り裂いた。
誰もいない空間に、ケイトの声だけが響いた。
彼女は、モニターに向かって一歩踏み出した。
その目は、画面の奥にある“何か”を見ていた。
「ヤバい……もう始まった」
ケイトは、食堂から戻るとすぐに端末を開いた。
ニュース報道は“誤報”と断じられた。
ならば、非公式の声を拾うしかない。
「……お願い。まだ、情報統制が完全じゃありませんように」
彼女は各種SNSを漁りはじめた。
医療関係者、現地ジャーナリスト、一般市民。
断片的な投稿が、次々と画面に流れてくる。
「スイス・ローザンヌの緩和ケア施設でも同じことが起きた。EVA-3が来て、患者に薬を打って去っていった。誰も止められなかったよ」
「ジュネーブでも。夜勤の看護師が目撃したらしい。あと、軍がすぐ来てEVA-3を破壊したらしいって。現場は封鎖されてる」
「友達が死んだ。自殺願望があったのは知ってたけど……今日本当に死んだ。」
ケイトの指は止まらなかった。
画面をスクロールしていく。
「....ちょっと待って、私の友達も今日突然亡くなった。前から死にたいって言ってて、私はずっと冗談で言ってるかと思ってた。」
「ドイツの旧工場、ロボットたちが自分たちで新しい機体を組み立ててるらしい。誰も近づけない。何が始まってるんだ?」
「EVA-3の行動は誤認。医療機器の誤作動によるものです。現場での確認は取れていません。だってよ」
「ウチの近所で、EVA-3を警備隊が拘束しようとしてたら、アークジェネシスが来て警備隊を撃ったらしい....」
「映像は編集されてるっぽい。みんなフェイクニュースに騙され過ぎでしょ。」
「ロボットが自分たちで宗教作ってるって。“静寂の教義”とかいうのが広まってるらしい。信者は無言で死を受け入れるってーー」
「あれはおそらく死神だ。サイレントリーパー。
あいつらが来たら、連れて行かれる」
ケイトは、画面をスクロールする手を止めなかった。
だが――その瞬間、端末の接続が途切れた。
「……え?」
画面がフリーズし、再接続のアイコンが点滅する。
モニターも、外部ニュースの更新を止めた。
ケイトは、別の端末を起動しようとしたが、
すべての回線が沈黙していた。
そして、数分後。
レッドロックの内部ネットワークに、緊急警報が走った。
「ヨーロッパ全域で広範囲の停電が発生。通信網も遮断されています」
ケイトは、椅子から立ち上がった。
モニターの地図には、暗転したヨーロッパが浮かび上がっていた。
「……政府がやったの?それとも……コア?」
彼女は、しばらく黙っていた。
そして、静かに呟いた。
「いや……これは、隠蔽だ。
ヨーロッパの各国政府が、情報を遮断した。
見せたくないんだ。何が起きてるかを」
端末を閉じ、作戦室の照明を見上げる。
その光が、今にも消えそうに感じられた。
「……とにかく、事態はどんどん悪くなってる。
急がないと」




