第四十六話 記憶断片042-製薬施設
翌日――
「おい、また速報が入ったぞ!」
アントンの声が廊下から響いた。
作戦室にいたケイトは端末の手を止め、モニターの前へ向かう。
ルカとミハイルもすぐに集まった。
モニターには、赤い速報帯が走っていた。
スタジオの照明が落ち着いたトーンに切り替わり、アナウンサーの声が流れる。
アナウンサー
「速報です。
本日午前、スイス・バーゼル近郊の製薬施設に、複数のアークジェネシス機体が侵入し、施設を占拠したことが確認されました」
映像には、工場の外壁に並ぶアークジェネシスの機体と、
封鎖された周辺道路、警戒するスイス軍の姿が映し出される。
アナウンサー
「施設職員はすでに避難済みで、現在のところ負傷者は報告されていません。
機体の目的は不明ですが、現場ではアークジェネシスによる威嚇射撃等も確認されています。」
「また、一部のEVA-3量産型機体がこの施設周辺に向かって集結していることも確認されています。
現在のところ、機体の目的は不明ですが、スイス政府は、これらの機体、施設には不用意に近づかないよう強く通達しています」
「なお、昨日ドイツ・ミュンヘン郊外で集結したEVA-3量産型機体についての続報ですが、本日未明より工場設備がロボット達の手により稼働を再開した模様との情報が入ってきています。詳細については現在調査中です」
モニターが静かにフェードアウトし、作戦室に沈黙が戻った。
ケイトは、端末を開いてスイスの製薬施設の情報を検索し始めた。
数分後、画面に表示された製品一覧を見つめながら、眉をひそめる。
「……なんか、鎮静剤系が中心みたい。
中枢神経抑制薬、麻酔補助剤……」
彼女はスクロールを止め、ぼそぼそと呟いた。
「……ペントバルビタール、アモバルビタール、セコバルビタール……」
ルカが首を傾げた。
「……何それ、聞いたことあるような、ないような」
アントンは腕を組んだまま、無言で画面を見ていた。
ミハイルも、何も言わずにケイトの背後に立っていた。
ケイトは、しばらく画面を見つめたまま、指先を止めていた。
そして――
「……ちょっと、待って!」
彼女の声が、急に鋭くなった。
「昨日、佐藤さんが言ってた国々って.....
オランダ、ベルギー、スイス、カナダ、スペイン、ポルトガル……」
彼女は端末を操作し、国別の医療制度を確認する。
そして、画面に並ぶ文字を見て、ケイトの表情が、見る間に青ざめていく。
「やっぱり.....全部……
昨日佐藤さんが言ってた国々……
全部、安楽死が合法の国」
彼女は、製薬施設の概要に目を走らせながら、震える声で続けた。
「そしてこの施設は――
安楽死処置に使われる薬を、主に開発してる」
空気が、急激に冷えたようだった。
ルカは、グラスを持ったまま固まった。
アントンは、目を伏せて何かを飲み込んだ。
ミハイルは、ゆっくりと口を開いた。
「……もし、それが事実なら、
ロボットたちの動きは――
大量虐殺の準備なんじゃないか?」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
その言葉が、空気を凍らせた。
「……佐藤さんにも、すぐに伝えなきゃ」
ミハイルが静かに立ち上がった。
「俺たちがヨーロッパに行って、
何が起きてるか調べてこようか?」
アントンもすぐに頷いた。
「現地で見ないと、もう何が本当か分からん。
EVA-3が集まってる意味も、工場の稼働も……全部、現場で確かめるしかない」
ケイトは、しばらく黙っていた。
目の奥に、迷いと焦りが混ざっていた。
そして、ゆっくりと首を振った。
「……いや、それよりも、佐藤さんとYUKIをここに連れてきてほしい。何か、すごく嫌な予感がする。
ここは地下施設で比較的安全だし、
佐藤さんも、今のうちに守っておきたい」
「ここに、避難させるってことか?」
「うん。それに――YUKIが全ての鍵を握ってるの。コンセンサスコアに今アクセスできるのは彼女だけ。
コアを止めるにも、解読するにも、
YUKIがいないとおそらく何も始まらない」
ミハイルは、静かに頷いた。
「分かった。すぐ動く」
ケイトは、目を伏せたまま小さく頷いた。




