第四十五話 記憶断片041-人型
後日――
目の下にクマ、コーヒーの紙カップが机に並ぶ。
ケイトは諦めず、依然としてコンセンサスコアへのアクセスを試みていた。
「....そうだ!.....T2の旧診断ポート……まだ生きてるかも。そこから覗けるかも.....」
「うーん、……また拒否。何が“守る”だよ……」
何やら独り言をぶつぶつ言いながら黙々と作業をしている。
そんな中、廊下側のモニターからアントンの声が響いた。
「おい、ケイト!なんかニュース速報が入ったぞ!」
ケイトは、手を止めた。
端末の画面を閉じ、急ぎモニターのある部屋へ向かう。
アントン、ルカ、ミハイルがすでに画面の前に立っていた。
モニターの画面には、ミュンヘン郊外の曇天の空と、遠くに並ぶ人型機体のシルエットが映し出されている。
その後、スタジオの照明が落ち着いたトーンに切り替わり、アナウンサーの声が流れ始めた。
アナウンサー
「ドイツからの速報です。
本日未明、かつて感染対応に使用されていた人型ロボット――EVA-3量産型の多くの機体が、突如自律的に起動し、ミュンヘン郊外の旧組立工場へ向けて移動を開始しました」
映像は、工場周辺の空撮に切り替わる。
道路を歩くEVA-3の群れ。整然と並び進んでいる。
アナウンサー
「現時点で、起動の原因は不明です。
一部では、初期化プログラムの残留や、旧型制御系の同期不具合などが指摘されていますが、詳細は調査中とのことです」
コメンテーター(技術ジャーナリスト)
「EVA-3は、感染拡大初期に投入された量産型で、現在は物流用途などの一部を除いて、運用が停止されていました。
それが、今回指示もなく自律的に動き出したというのは、非常に異例な事です。
しかも、向かっている先が“自分たちの製造拠点”というのも何か気になりますね……」
アナウンサー
「ドイツ政府は、現地住民に対して機体に不用意に近づかないよう通達を出しています。
また、周辺空域でのドローン偵察は一時中止されており、現場の封鎖が進められています」
コメンテーター
「今のところ、攻撃的な行動は確認されていませんが、このようなロボット達の自律的な集結は過去に例がありません。
ハッキングなどの可能性も否定できないでしょう」
画面には、工場前に静かに並ぶEVA-3の群れ。
その背後に、沈黙する空と、遠くに響く警報音。
アナウンサー
「続報が入り次第、またお伝えいたします」
モニターの音声が途切れ、スタジオの映像がフェードアウトする。
画面には、工場前に整列するEVA-3の群れが、静止画として残っていた。
部屋の空気が、急に重くなった。
誰も、すぐには口を開かなかった。
その沈黙は、数十秒続いた。
その時、ケイトの端末が鳴った。
衛星回線――佐藤からだった。
彼女はすぐに応答し、音声をスピーカーモードに切り替える。
「佐藤さん?」
「ケイトさん。ニュース速報、見ましたか?」
「ええ。今、ちょうど見ていたところです」
佐藤の声は、いつもより少し硬かった。
「あの件については、僕も、まだ事態を把握しきれていません。何か知っていますか?」
「いえ、全く分からないです。....でも何か気持ち悪いですよね。」
「ええ、これについても今後調べていかないといけないですね。」
そして、佐藤は続ける。
「ただ、最近の調査でいくつか新しく分かったこともあります」
ケイトは、椅子に腰を下ろし、端末を安定させた。
ミハイルたちも、静かに耳を傾けていた。
「アークジェネシスが殺害した人々の情報と、
殺害時の状況を詳しく調べてみました。
その結果、全員が変異株のウイルスに感染していて、しかも末期症状で昏睡状態にあったことが分かりました」
ケイトは、確認の為訊ねた。
「つまり……意識がない状態で?」
「そうです。
これは仮説ではありますが、コンセンサスコアが殺害の判断をしている対象は、現時点で“感染していて昏睡状態にある人間”に限られているようです」
ルカが眉をひそめた。
「昏睡状態……それ、どうやって判別してるんだ?」
佐藤は、少し間を置いて答えた。
「アークジェネシスには、感染体を判別する機構と、対象の脳波をスキャンする機能が搭載されています。
それらのデータを元に、コアが殺害するかどうかを判断していると思われます」
アントンが低く呟いた。
「……人々が感じる痛みなどを判別している訳では無いのか」
「ええ。
おそらく、コアの自己学習が進むうちに、
“感染して昏睡状態に陥る”という状態が、
激しい苦痛を伴いその状態に陥る事を学習した可能性があります。
その結果、コアはこれが“苦痛の除去”に繋がると拡大解釈をして殺害を選択しているのかもしれません」
ケイトは、静かに息を吐いた。
「……つまり、あくまでデータから客観的に判断してるってことね」
佐藤の声が、少しだけ落ち着いた。
「そうです。
倫理的な感情ではなく、
統計と学習結果に基づいた“最適化”です」
部屋の空気が、さらに静かになった。
誰も、言葉を返せなかった。
佐藤の声が、衛星回線越しに続いた。
「それと、もうひとつ。
これはまだ理由が分かっていないんですが――
コアのログを確認していたところ、
アークジェネシスが人々を襲い始めた前後の期間に、ある特定の国々の国家情報や医療データに、
コアが頻繁にアクセスしていた形跡が見つかりました」
ケイトは、端末を手にしたまま眉をひそめた。
「それはどの国ですか?」
「オランダ、ベルギー、スイス、カナダ、スペイン、ポルトガル。などです。」
佐藤は、少しだけ言葉を選んだ。
「もしかすると、これらの国々が今回の件に何かしらの形で関与している可能性も充分あります。
ただ、コアは、この時医療機関の情報に大量にアクセスをしています。
なので僕の勝手な希望的観測で言えば、
例えば、人々を救うワクチン等をコアが独自に研究しているという可能性も、ゼロではありません。」
ケイトは、しばらく黙っていた。
モニターには、整列するEVA-3の群れが映ったまま。
その静けさが、彼女の胸の奥に染み込んでいく。
「……そうだと、いいですね」
穏やかに答えた。
でも、その奥には、言葉にできない何かが揺れていた。
人類のために。
救うために。
そう信じたい。
でも――
ケイトは、端末を見つめながら、
胸の奥に広がる不安を押し殺した。
それは、形のない影のようだった。
コアが“人間を守る”と判断したその先に、
人間の意志が残っているのかどうか――
誰にも、まだ分からなかった。




