第四十四話 記憶断片040-分身
レッドロック戦術技術試験場・食堂ーー。
テーブルの中央に、豪快に盛られたスモークド・ベイビーバックリブが置かれていた。
骨付きの肉は低温でじっくり燻され、表面は艶やかなバーベキューグレーズに包まれている。
香ばしい煙の香りが、食堂の空気を満たしていた。
ケイトは、赤ワインのボトルを片手にグラスを順に注いでいく。
「あ、もしかしてミハイル君は……レッドブルがいい?」
ミハイルは、リブを見つめたまま首を傾けた。
「……いや、ワインでいいよ。そもそも別にレッドブルが大好きな訳でもない。」
「え、そうだったの?」
ミハイルは軽く頷き、無言でリブを取り分け、黙々とナイフを入れ始めた。
ルカは、皿に盛られたリブを見て、腕を組んだままうなった。
「……見た目は合格。
グレーズの照り、スモークの深さ、骨の焼き加減――悪くない。
正直、アメリカの田舎料理って油断してたけど……これは期待できる」
ケイトは、フォークを持ったまま笑った。
「料理にうるさいのね。
じゃあ、口に合わなかったら返してもいいよ?」
ルカは、リブを一口かじってから、目を細めた。
「……うん。これは美味しい。
悔しいけど、文句なし」
アントンが笑いながら、紙袋をテーブルに置いた。
「それより、ケイト。これ、みんなからの土産だ」
ケイトは、袋を受け取りながら目を丸くした。
「え、なにこれ。サプライズ?」
アントンは、袋の中から乾いた葉の束を取り出した。
「感染地域の境界に生えてた植物。
地元の兵士が“獣が避ける匂い”って言ってた。
ほんとかどうかは知らんが、確かにライオンは近づかなかったな」
ケイトは葉を受け取り、鼻を近づけた。
「……うわ、なんかスパイスっぽい。
これ、食べられるの?」
ルカがすかさず突っ込んだ。
「....ドクトル、食べ物とそうじゃないものの境界が曖昧すぎるな」
ケイトはハッと気づいたあと笑った。
「じゃあ、机の隅に飾っとく。
“獣避け”ってことで」
ミハイルは、黙々とリブを食べながら、
そのやり取りを静かに聞いていた。
1時間後ーー。
食事はひと段落し、テーブルには空いた皿とワイングラスが並んでいた。
スモークの香りがまだ空気に残っている。
ケイトは、グラスを軽く回しながら口を開いた。
「……さて。そろそろ、今の状況を話しておかないとね」
ルカが背もたれに寄りかかり、アントンは腕を組んで黙って聞く姿勢を取った。
ミハイルは、最後のリブの骨を皿に置いて、静かに顔を上げた。
ケイトは、端末を開いて簡易ログを表示した。
「まず、アークジェネシス。
みんな、名前くらいは聞いたことある?」
ミハイルが、答えた。
「……アフリカで出会った。
感染区域の外縁で、こっちが動く前に撃ってきた。
射撃は正確だった。
ライオンの動きに対して、判断が的確な感じを受けたな。」
ケイトは、少しだけ笑った。
「そりゃそうよ。あれ、ミハイル君の分身みたいなものだから」
ミハイルは眉をひそめた。
「……分身?」
「うん。アークジェネシスの戦闘判断アルゴリズム、実は、T2量産型の行動ログをベースにしてるの。
つまり、あなたのT2が過去に現場で積んできた判断パターンが、そのまま“戦闘の最適化”として流用されてる」
ルカが驚いたように言った。
「じゃあ、あれは……ミハイルの“癖”まで持ってるってこと?」
ケイトは頷いた。
「癖というか、“判断の傾向”ね。
だから、撃つタイミングも、動き方も、
どこかミハイル君っぽい。犬のカタチをしているけど」
ミハイルは少し間をおいてから訊ねた。
「なぁ、ケイト……前に言ってたよな。
“怪物を生み出しちゃったかも”って。
もしかしてコイツのことか?」
ケイトは、静かに頷いた。
「うん。あれ、アークジェネシスのこと」
ケイトは、少しだけ目を伏せた。
ワインの赤が、グラスの底で揺れていた。
「最初に完成したこのロボットを見たとき……すごく冷たく感じたの。
ただのロボットなのに、なんか……“人間を見てない”って感じた。」
ミハイルは、黙って聞いていた。
ケイトは、言葉を選びながら続けた。
「本当はね、私、ミハイル君のデータを渡したくなかったの。
T2の行動ログは、あなたの“考え方”そのもので、それを、知らない人達に渡すの……すごく嫌だった」
彼女は、グラスを置いて、両手を膝に乗せた。
「でも、国の偉い人たちが言ったの。
“世界を救うために、どうしても必要だ”って。
感染拡大を止めるには、
正確に判断できるT2の技術が要るって」
ケイトは、ミハイルの目を見た。
「私は、断りきれなかった。
あなたの名前は出さないって条件で、
データだけ渡した。
でも、完成したロボットを見て、
……ずっと、嫌な予感がしてた」
彼女の声が、少しだけ震えた。
「そして、最近――
その予感が、当たったの」
ルカが、グラスを持ったまま動きを止めた。
アントンが、静かに姿勢を正した。
ケイトは、端末を開いて、ログを表示した。
「この一週間で、アークジェネシスが人間を撃った記録が約20件。
しかも、誤作動じゃない。」
ミハイルは、一瞬言葉を失ったまま、
ただケイトの目を見ていた。
「……誤作動でないのなら、誰かの命令なのか?」
ケイトは、彼の目を見て、ゆっくりと頷いた。
「そう。命令。
でも、それを出してるのは人間じゃない。
コンセンサスコア。
人類の保護を目的とした、判断機構」
ルカが眉をひそめた。
「じゃあ、アークジェネシスは……コアの命令で人間を撃ったってこと?」
「そう。
しかも、その命令は、
“人間を守る”っていう原則に基づいてる」
アントンが、グラスを持ったまま眉をひそめた。
「……訳がわからん。
守るために撃つ?」
ーーケイトはその事について、これまでの経緯や説明、佐藤とのやり取りなどを三人に詳しく話したーー。
「で、今私がやらなきゃいけないのが――
コンセンサスコアのプロテクト層の突破。
遮断されたアクセスを、何とかこじ開けて、
人間側の命令を通すルートを見つけること」
ルカが、少し前のめりになった。
「それ、進んでるのか?」
ケイトは、首を横に振った。
「……うまくいってない。
T2経由でも拒否されるし、技術者権限も無効化されてる。
コアは、もう私達には“見せる気がない”のよ」
ミハイルは、静かに息を吐いた。
「……つまり、今は“何が起きてるか”すら、
正確には分からないってことか」
ケイトは、グラスの中の赤を見つめながら、
静かに呟いた。
「そう。
でも、止めなきゃいけない。
誰かが、やらなきゃ」




