第四十一話 記憶断片037-変異株
2035年5月ーー。
レッドロック戦術技術試験場・夜ーー。
ケイト・モリスは、端末の前で静かに座っていた。
画面には、ニュースの見出しが並んでいた。
「新規感染率、減少から横ばいへ」
「変異株の兆候、重篤化例に激しい頭痛」
「ワクチン臨床試験、今月中にも開始」
その中に、ひとつだけ異質なものがあった。
「アークジェネシスが人を撃った――。
都市部での目撃情報 政府は否定、広報は“悪質なデマ”と警告」
ケイトは、眉をひそめた。
記事は曖昧で、証拠もなかった。
だが、何かが引っかかった。
「……え、人を撃った?」
彼女は、レッドロック戦術技術試験場にある無人型T2量産機のコアにアクセスした。
コンセンサスコアの行動ログを、間接的に覗き見るつもりだった。
だが――
「アクセス拒否:プロテクト作動」
「この操作は、現在のプロトコルでは許可されていません」
画面に表示されたのは、見慣れない遮断コードだった。
通常の技術者権限では見られない、**“上位保護”**が作動していた。
ケイトは、しばらく画面を見つめていた。
指先が、かすかに震えていた。
「……何もなければ、こんな遮断はしないよね」
彼女は、端末を閉じた。
その目は、どこか遠くを見ていた。
「……嫌な感じ」
確証はなかったが、ケイトの中で、妙な胸騒ぎがする。
ケイトは、T2量産機のコアに接続した端末の前で、遮断コードの解析を続けていた。
プロテクト層は、通常の技術者権限では突破できない。
だが、ケイトは諦めなかった。
「……この暗号化、どこかで見たことが……」
彼女は、旧型のアクセスプロトコルを呼び出し、
一度だけ成功したバックドア経由のログ閲覧手順を再現しようとした。
だが――
「再接続失敗」
「プロトコル更新:外部干渉遮断」
「アクセス権限:無効化」
端末が、静かに拒絶した。
ケイトは、椅子にもたれかかり、
天井を見上げた。
「あーダメだぁ……無理だ。私じゃ、ここまでか」
しばらく沈黙が続いた。
端末の冷たい光だけが、部屋を照らしていた。
やがて、ケイトは小さく呟いた。
「……そうだ。佐藤さん。
あの人なら、もしかすると何とかできるかもしれない」
彼女は、衛星回線を開いた。
通話先を選ぶ手が、少しだけ震えていた。
「佐藤さん……お願い、出て」
その声には、焦りではなく――信頼が込められていた。
衛星回線が繋がるまで、ケイトは指先をじっと見つめていた。
呼び出し音が三度鳴ったあと、静かな声が応答した。
「佐藤です」
ケイトは、ほっと息を吐いた。
「……繋がってよかった。佐藤さん、今少し話せますか?」
「もちろんです。何かあったんですか?」
ケイトは、端末のログを見ながら言った。
「実はアークジェネシスが人を撃ったって噂が、ネットで広まってるんです。
まだ確証はないんだけど、何か気になって……
それで、コンセンサスコアのログを私のT2経由で確認しようとしたんだけど、
コンセンサスコア側のプロテクトに弾かれて、何も見られなかったんです。
遮断コードも見慣れないもので、通常の技術者権限じゃ無理みたいなんです。」
佐藤は、少しだけ沈黙したあと、静かに答えた。
「……わかりました。ケイトさんの頼みなら、僕の権限の範囲で調べられることを自分なりに調べてみます。
ただ、ちょっと時間をください。
何かが分かったら、すぐに連絡しますね」
ケイトは、短く頷いた。
「ありがとうございます。……本当に、助かります。」
通話は静かに切れた。
ケイトの胸の中には、言葉にならない悪い予感が残っていた。




