第四十話 記憶断片036-対峙
2035年4月ーー。
アフリカ南部ーー。
太陽が傾き始め、赤茶けた岩肌に長い影が伸びていた。
ミハイルは、乾いた地面に膝をつき、
ライフルの銃床を肩に押し当てながら、じっと前方を見据えていた。
岩場の上には、アントンが双眼鏡を構え、戦況を把握している。
さらに高所、崖の縁にはルカが伏せて、狙撃ポジションを維持していた。
標的は――4頭のライオン。
感染体。
岩場の上で双眼鏡を覗いていたアントンが、無線に声を乗せた。
「前方に2頭。距離40。睨んでるぞ、ミハイル。お前の顔が気に食わないらしい」
崖の縁に伏せていたルカが、乾いた声で応じる。
「顔じゃなくて動きが気に食わないんだろ。
ミハイル、囮ってのは死なないのが仕事だ。忘れるなよ」
ミハイルは、ライフルのスライドを静かに引いた。
無線に短く返す。
「わかってる」
アントンが笑う。
「いつも通りだな。やられる前に撃て。ルカ、準備は?」
「視界良好。風もない。いつでも撃てる」
ミハイルは、岩陰から一歩踏み出した。
その背中には、迷いも言葉もなかった。
最初の一頭が、ミハイルに向かって突進してきた。
彼は冷静に横へ跳んだ。
その直後ルカの一撃が頭部を貫いた。
「吠える暇もなかったな」
二頭目は、ミハイルの背後から回り込もうとした。
ミハイルは振り返りざまに腹部を撃ち抜いた。
その瞬間――
岩陰から飛び出てきた三頭目が、咆哮とともに跳びかかろうとした。
だが、どこからともなく放たれた弾丸が、急所を正確に撃ち抜いた。
ミハイルは一瞬、動きを止めた。
三頭目のライオンが倒れるのを見て、残る一頭が怯んだ。
ミハイルはその隙に即座に反応し、胸部に一撃を加えた。
だが、ほぼ同時に――別の方角からの弾丸が、そのライオンの頭部を貫いた。
「……ルカか!?」
ミハイルは、低く呟いた。
「いや、俺じゃない」
ルカが答える。
アントンの声が、無線から響いた。
「ミハイル、何かがいるぞ。高所の南側、岩の影――動いたぞ」
ミハイルは即座に岩陰へと身を隠し、
生体検知器を起動した。
生体反応――なし。
「……生き物じゃない。アントン、機械だ。たぶん、無人型」
アントンが双眼鏡を調整し、視界を拡大した。
「……確認した。犬型。サイズは……サラブレッド並み。
間違いない、アークジェネシスだ」
ミハイルは、息を潜めた。
「......各地に配備されてるって噂で聞いてたやつか」
その時だった。
岩陰の向こうから、砂煙を巻き上げてアークジェネシスが現れた。
その動きは、まるで風のように滑らかで、
だが、確実にミハイルの位置を捉えていた。
ミハイルは銃を構えたまま、動かなかった。
アークジェネシスは、ミハイルの前で静止した。
センサーが起動し、T2と装備を確認するようにスキャンした。
数秒間――沈黙。
そして、何かをする訳でもなく
アークジェネシスは背を向けて遠ざかっていった。
ミハイルは、しばらくその背中を見つめていた。
「あれは“味方”なのか?」
無線が、少し遅れて入った。
「ミハイル、あれは……おそらくアークジェネシスだ。
軍の連中から少し聞いたことがある。
感染体を自律判断で駆除するAI兵器。
犬型で、サイズは大型。
人間の顔も識別できるらしい。
……ただ、あれは、自分の意志じゃなくてバカでかいAIコアの判断で動いてる」
ミハイルは、しばらく黙っていた。
風が、砂を巻き上げていた。
やがて、低く呟いた。
「……もしかして、あれが、ケイトの言ってた“怪物”なのか」
ミハイルは、誰にも届かないほど小さな声で呟いた。
そして、岩陰からゆっくりと立ち上がった。
無線に、短く言葉を乗せる。
「……次の難民キャンプの救助作戦が終わったら、一度本国に戻る。
気になることがある」
アントンは、双眼鏡を下ろしながら答えた。
「了解。お前がそう言うなら、理由は聞かない」
ルカも、崖の縁から静かに「了解」と答えた。




