第四話 記憶断片005-ユキ
以下は、日本が凶獣から人間を守る為の目的で開発を行った、犬型のAIロボット、YJ-01に関連する各種の記録である。
記録対象:ユキ
分類:メスのラブラドール・レトリバー
由来:2011年東日本大震災後、福島県南相馬市にて保護。推定4歳。飼い主不明。
ユキは、津波被害地で瓦礫の間を彷徨っていた。
首輪は外れ、体は泥にまみれ、目は怯えていた。
保護施設に収容されたが、飼い主は現れなかった。
彼女は、夜になると低く悲しい声を上げた。
それは、失われた家族を呼ぶような、遠くを探すような声だった。
佐藤裕二がユキと出会ったのは、震災から半年後。
彼は母親と弟を失い、心にぽっかりと穴が空いていた。
避難所でのボランティア活動の中で、ユキの存在を知る。
彼女の目に映る“人を探す意志”に、かつて出会った救助犬の面影を見た。
引き取った当初、ユキは人の手を避けた。
食事は食べるが、目を合わせない。
夜になると、またあの悲しい声を上げた。
裕二は、彼女のそばで静かに座り、話しかけた。
「家族がいない者同士、仲良くしようよ。」
その言葉が届いたのか、数週間後、ユキは裕二の膝に頭を乗せた。
それが、絆の始まりだった。
ユキは、裕二の高校生活を共に過ごした。
通学前に散歩し、帰宅後は彼の足元で眠った。
裕二にとっては、母親のいない寂しさを、ユキの温もりが埋めてくれた。
彼女は、裕二の心の“防護壁”だった。
大学進学後も、ユキは裕二と共に大学研究室の近くの宿舎に住み続けた。
学生たちにも慕われ、研究室の“看板犬”としても親しまれた。
彼女の穏やかな性格は、多くの人達の緊張を和らげていた。
2023年春ーー。
ユキは静かに天寿を全うした。
老犬らしい白髪が増え、歩みはゆっくりになっていたが、最後の日も裕二のそばで眠っていた。
彼女は、苦しまず、静かに息を引き取った。
裕二は目を閉じたユキに向かって、何度も「ありがとう」と涙を流しながら伝えた。
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裕二は、ユキの名前をロボット犬「YJ-01」にコードネームとして刻んだ。
それは、彼女の“守る力”を技術に継承するためだった。
YJ-01は、ユキの歩き方、吠え方、距離感まで再現されている。
彼にとって、YJ-01は“技術の結晶”であると同時に、“もう一度会いたかった存在”でもあった。
東北大学未来科学技術共同研究センター。
裕二は、災害救助犬支援技術の第一人者・神林教授のもとで卒業後も研究を続け、手伝いをしていた。
神林は、消防庁や国際救助団体と連携し、
救助犬用のサイバースーツ開発をメインに研究を進めていた。
裕二が研究していたのは、犬の行動解析と情動推定アルゴリズム。
彼は、生前のユキの記録をベースに、吠え方・歩行リズム・心拍変動などから
「犬が何を感じているか」を推定するモデルを構築。
この技術は、国際防災技術展でも注目を集め、
「感情を持つ支援AI」の先駆けとして評価された。
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2029年春。環境省から、東北大学未来科学技術共同研究センターに非公式なある打診が届いた。
「獣害対策と人命保護を両立する新技術開発についての協力依頼」
その連絡を受けたのは、センター長であり災害支援技術の第一人者、神林教授だった。
神林は、打診の内容を読み終えると、研究室の隅でセンサーデータを整理していた裕二に声をかけた。
「なぁ、佐藤。お前、人間を守るロボットを作ってみる気はあるか?」
裕二は一瞬、手を止めた。
「……一体何から、人間を守るんですか?」
神林は笑った。「まぁ、これを読めば分かるよ」
そう言って裕二に環境省からの資料を手渡した。
このあと少し経ってから、神林教授を代表理事とする研究法人「K9 Intelligence Lab」が設立された。
裕二は、主任技術者として迎えられ、初期開発チームを率いることとなった。
研究所の第一号プロジェクトは、ユキの記憶を継承するロボット犬「YJ-01」。
それは、人命救助と獣害対策を両立する“守護型AI生命体”の原型だった。
裕二は、YJ-01の首元に小さく刻んだ。
「YUKI」と
それは、技術者としての原点であり、彼の心の中の家族の証だった。




