第三十ニ話 記憶断片029-アントンの策
2030年11月9日ーー。
翌朝、フォックスの臨時庁舎に軍用車両が到着した。
降り立ったのは、アラスカ州軍の高官と政府関係者数名。
防寒服の襟を立てたまま、彼らは無言で作戦室に入ってきた。
高官はミハイルを一瞥し、眉をひそめた。
「……子供じゃないか。こんな若いのに任せて本当に大丈夫なのか?」
政府関係者が慌てて補足する。
「彼は半年間、実戦で成果を上げています。
フォックスの状況を踏まえれば、彼らの力が必要です」
だが、高官は首を振った。
「成功は疑わしい。
小隊は貸し出すが――人的被害は一切許されない。
安全な場所からのサポートのみ。
前線には出さない。……それが条件だ」
ミハイルは眉間に皺を寄せて静かに言った。
「ならば俺一人でやります。協力はいりません」
空気が張り詰まる。
だが、アントンがすぐに割って入った。
「まぁまぁ。
前線には我々が立つ。
小隊には、後方支援の役割を最大限に活かしてもらう。
それで十分です」
高官はしばらく沈黙した後、頷いた。
「……くれぐれも隊員に被害が出ないように。」
「了解しました。それでは後ほど作戦会議への出席の方もよろしくお願いします。」
そう言ってアントンは一礼した。
1時間後ーー。
臨時庁舎の地下ブリーフィングルーム。
壁にはフォックス周辺の地形図が投影され、アントンはその前に立っていた。
小隊員たちは整列し、若い隊長が前列でメモを取っている。
アントンは地図を指しながら、静かに口を開いた。
「作戦名は――Operation Frost Cage。
目的は、感染グリズリー5体――通称“デスパック”の討伐だ」
アントンは続ける。
「まず前提として、森は奴らのテリトリーだ。
視界が悪く、遮蔽が多く、こちらの動きが制限される。
だから、戦場はフォックス通信棟周辺に限定したい。ここに奴らをおびき寄せる。
ここなら、我々のセンサーと射線が活かせる」
地図が切り替わり、通信棟と周辺の電気柵配置が表示される。
「敵は感染により知能が上昇している。
連携してくる。
一頭を囮にして、周囲から包囲する――そういう動きも確認済みだ」
アントンは小隊長に目を向ける。
「T2が地上でデスパックに対応する。
小隊の役割は、安全な位置からの狙撃支援。
通信棟屋上と、北側ビル屋上に分散配置。
直接交戦は避ける。
人的被害は絶対に出さない。
それが軍からの条件だ」
隊長は頷く。
「了解。狙撃班を編成します」
アントンは地図の端を指差す。
「それと――本日中にフォックスのこのエリアの住民避難を全員完了させてほしい。
避難ルートの確保と誘導は、そちらに任せる」
「了解。避難班を動かします」
「もう一つ。電気柵の敷設。
このラインに沿って、遮蔽を避ける形で設置してほしい。
柵の電圧はケイト博士が調整済み。
普通の獣が触れれば、ほぼ感電死だ」
隊長はメモを取りながら頷く。
「敷設班を編成します。今夜までに完了させます」
アントンは一度地図を閉じ、全員を見渡す。
「最後に――準備中に襲撃される可能性もある。
その場合、T2は即応態勢で待機。
万が一、作業中に“デスパック”が現れたら――全員、通信棟内に避難すること。
外での交戦は避ける。……このルールは徹底してくれ」
隊長は真剣な表情で応じた。
「了解。避難指示と即応態勢、徹底します」
アントンは静かに言った。
「……檻は、今夜完成する。
あとは、獣を引き込むだけだ
明日がデスパックの最後の日だーー。」




