第三十一話 記憶断片028-NEAR
2030年11月8日ーー。
レッドロックからアラスカ州フェアバンクスまでの距離は約4,800km。
軍用輸送機C-17でおよそ7時間半の空路。
機内は静かだった。
T2は貨物区画に固定され、ミハイルはその横で目を閉じていた。
アントンが端末を見ながら口を開く。
「フォックスは鉱山事業の集落だ。
人口620人のうち、54人がすでに犠牲になってる。
事業は停止寸前。避難も始まってる。
……現地は、もう限界だ」
ケイトは窓の外を見ながら呟いた。
「……“ラストフロンティア”って言われるだけあるわね。
自然が牙を剥く場所。」
機体が降下を始める。
着陸態勢に入り、機内の照明が切り替わる。
ケイトは窓の外を見て、目を細めた。
「……白い。
でも、なんかこう、静かで綺麗。
……寒そうだけど、嫌いじゃないかもー」
機体が滑走路に接地する。
振動が一瞬だけ走り、そして静かに停止した。
ハッチが開く。
外の空気が流れ込む。
そして――フラッシュの嵐。
報道陣。テレビ局。地元メディア。
T2が姿を現すと、カメラの砲列が一斉に向けられた。
ミハイルは無言で機体から降りる。
ケイトはフードを深く被りながら、ぼそっと言った。
「……誰が呼んだのよ。ほんと、目立つのは好きじゃないのに....。」
すぐに政府関係者が駆け寄ってくる。
「急遽ですが、記者会見をお願いしたい。
国民の不安を和らげるためにも、ぜひ」
ケイトが顔をふくらませて答える。
「あーもう、仕方ないなぁ。」
ーー1時間後。
急造の記者会見場は報道陣で埋め尽くされていた。
討伐隊の到着はすでにニュース速報で流れ、地元メディアは熱気に包まれていた。
司会者がマイクの前に立ち、会場を見渡す。
「本日はお忙しい中お集まりいただき、誠にありがとうございます。
今回の任務にあたり、討伐隊よりお二人にご出席いただいております。
まず――こちらがパワードスーツの開発者、ケイト・モリス博士。
そして――こちらがその操縦者、ミハイル・コルネンコ氏です」
フラッシュが一斉に焚かれ、ケイトは少し肩をすくめながら小さく会釈する。
ミハイルは無言で立ち、わずかに頭を下げた。
司会者が一歩下がり、マイクをケイトに渡す。
「それでは、簡単なご説明をお願いできますでしょうか」
ケイトはマイクの前でしどろもどろに説明を始めた。
「えーっと……このスーツはですね、あの、AI制御と、えっと、
筋電反応の補正を組み合わせた……えー、まあ、簡単に言うと“考える機体”です。
あ、でも考えるって言っても、暴走はしません。ちゃんと制御されてます。
えーっと、あと……冷却系は寒冷地仕様にしてあります。はい」
記者が手を挙げる。
「先ほど、機体を少し見させていただきました。機体名は“NEAR”でよろしいですか?」
ミハイルが即座に答える。
「T2です。Talosの“T”に、2号機の“2”です」
ケイトが慌てて横から割り込む。
「あ、NEARは通称ですねー。愛称っていうか。
“近くにいる”って意味で、なんかこう、親しみやすいじゃないですか」
ミハイルは眉をしかめる。
「……ケイト、何言ってんの?」
ケイトはマイクを手で押さえながら小声で言う。
「しっ、黙っといて。私に任せて」
会場が少しざわつく中、ケイトは笑顔を作って続ける。
「えーっと、まあ、T2はT2なんですけど、
NEARって呼んでもらっても、まあ、いいかなって。
あ、でも公式にはT2です。はい。……たぶん」
記者が再び手を挙げる。
「今回の任務は、ハイイログマ5体――地元では“デスパック”と呼ばれ恐れられている殺人グリズリーの群れとの戦いです。
……正直な所、倒せる自信はありますか?」
ミハイルはマイクに向かって、短く答えた。
「はい、あります」
その言葉に、会場が一瞬だけ静まり、
そして再びフラッシュが焚かれた。
ケイトはマイクを見つめながら、そっと呟いた。
「……あーもう、失敗出来なくなっちゃったじゃん。」
司会者がマイクを手に取り、会場を見渡す。
「それでは――そろそろ時間となりましたので、本日の記者会見は以上とさせていただきます。
ご出席いただいた皆様、ありがとうございました。
T2部隊はこれより現地調査と作戦準備に入ります。
今後の動向につきましては、追って公式発表を通じてお知らせいたします」
2人は席を立ちそそくさとその場から立ち去った。




