第三十話 記憶断片027-ラストフロンティア
2030年11月5日ーー。
感染ピューマとの戦いからおよそ半年。
ミハイルたちはT2のコアの制御に磨きをかけるべく、日々訓練と実戦に明け暮れていた。
暴走する水牛を鎮圧したり、別の市街地に出現した感染ピューマを制圧したり....
T2は人々を凶獣から守っていくことで、徐々に信頼を得ていた。
その噂は、アメリカ政府の上層部にも届く。
そして――政府関係者から新たな任務が舞い込んだ。
「アラスカ州。フェアバンクスの北にあるフォックスという集落で5頭の凶獣化したグリズリーの集団が出てる。
すでに54人もの犠牲者が出てるらしい。
このグリズリー達の駆除。……国の威信をかけた討伐作戦だ」
アントンが端末を見ながら言った。
ミハイルは迷わなかった。
「行く。T2はそのためにある」
ケイトは眉をひそめる。
「……ちょっと待って。グリズリーの“集団”って、冗談じゃないよ。
1頭でも危険なのに、5頭って。
しかもアラスカだよ?地形も気候も最悪。
地形はツンドラの針葉樹林帯。気温は-15℃以下。
視界は悪いし、遮蔽も多いし。
それにグリズリーだけじゃなくて、ヘラジカやオオカミだって出る可能性あるよ。
私寒いの苦手だし。」
アントンは地形データを確認しながら言った。
「遮蔽が多い分、T2のセンサーと熱源感知が頼りになる。
でも、集団戦になる可能性が高い。
グリズリーが5頭。しかも感染個体。
……正面からぶつかれば、T2でも持たない」
ケイトは頷いた。
「今、自律型のT2複製機が数台完成間近なの。
それを待ってからでも遅くはないと思うよ……」
ミハイルは静かに立ち上がった。
「いや、ここで立ち止まるわけにはいかない。
グリズリーは確かに危険だと思う。
でも、ライオンの集団を倒すためには、集団戦の経験がもっと必要だ。
今のT2で、どこまで通用するのか――それを試す良い機会にもなる」
ケイトはため息をついた。
「うーん。……こうなったらもう止めても無駄だろうし、お姉さんは技術で支えるしかないかー。」
アントンは端末を閉じながら言った。
「なら、準備は急ごう。死人が増える前に片を付けよう。
……ただし、グリズリーは、ピューマとは違う。
狩る者じゃなく、壊す者だ。それだけは忘れるな。」
ミハイルは頷いた。
出発前夜ーー。
夜の整備ベイは静かだった。
冷却ファンの低い唸りと、ケイトの足音だけが響いている。
T2は出撃準備を終え、格納ラックに立っていた。
ケイトは端末を片手に、最終確認のために機体の腹部を覗き込む。
「……よし、センサー系統は問題なし。
AIコアも安定。脚部の冷却も……」
ふと、彼女の目が止まった。
「……ん?」
腹部装甲の端、塗装の下にうっすらと刻まれた文字。
NEA。
ケイトは目を細めて、指先でなぞった。
「……なにこれ。NEA?
……あー、もう、ミハイルの仕業ね。
ほんと子供はすぐ何にでも落書きするんだから」
彼女は腰に手を当てて、ふくれながら言った。
「わたしの可愛い子供に何てことするのよ。」
端末をしまい、工具箱から細いマーキングペンをを取り出す。
「ってNEAって、なに?意味わかんないし。
……ははーん、きっと“near”ね。
“r”を書き忘れてるんだ。ぷっ。仕方ないな、もう」
彼女は装甲の隙間にしゃがみ込み、
丁寧に“R”の文字を彫り足す。
NEAR。
「……よし。これで完成。
近くにいるって意味でしょ?
うん、いいじゃない。T2はいつも私たちの“そば”にいるからね。」
彼女は満足げに立ち上がり、T2の腹部を軽く叩いて立ち去った。




