第三話 記憶断片004-模倣の獣
2029年4月ーー
各国でK-02型のウイルスが猛威を奮っている。
世界ではこのウイルスの事を「凶獣化ウイルス」という名称で呼ぶようになった。
感染した動物が凶暴化するという事が、こう呼ばれる大きな理由であった。
しかし、ウイルスの研究が進むにつれ、このウイルスにはまだそれ以外にも懸念すべき事がいくつもある事が後に判明した。中でも特に懸念点とされたのが、感染後に知能が活性化する事と、種を超えて多くの動物に感染する事であった。
各国ではウイルスの調査結果や数々の事例などから、この新ウイルスに対して法の改正や情報統制が行われたりした。
日本では「狂犬病類似症状を示す野生動物」に対する緊急駆除法が可決され、
異常行動を示す個体への対応が強化された。
政府広報では「狂犬病に似た神経症状を示す個体の増加」とのみ説明されているが、
実際の実態は、より複雑である。
北海道での出来事を例に取るとーー。
北海道南部でクマの集団が畜産施設を襲撃。
家畜60頭と人間7名が死亡。
監視映像では、連携しながら人を襲うクマの姿が記録されたりもしている。
集団で襲ってくるくまは前代未聞である。
世界各地でも同様に、感染動物の知能が明らかに活性化したと思われるような事件や、感染体同士が全く同じ行動を行っている事象など、通常では考えられないような事の報告が多く上がってきている。
ある国の研究機関では、感染した野生動物の脳波に異常な同期性を確認したとの報告もなされている。
ただし、この脳波情報は機密扱いとされ、一般には公開されていない。
一方、SNS上では異様な噂も拡散している。
「人間も獣化している」「感染は人間にも及んでいる」
都市部で発生した無差別殺人事件や、過激思想を掲げる集団の出現が
“獣化人間”というオカルト的言説をさらに加速させている。
動画投稿サイトには「人間が四足歩行で吠えている」「異常な咬傷事件」などの映像が投稿され、
真偽不明のまま拡散されている。
報道機関の一部はこの現象を「動物霊の逆襲」「人類の退化」などと
オカルト枠で取り上げているが、
政府はこれらを全て「フェイクニュース」として完全否定した。
また、この頃、アメリカの研究機関が、今後の野生生物の感染状況をシミュレートした報告書を各国上層部へ提出した。
AIによる予測モデルでは、2035年までに地球上の野生動物の半数以上がウイルスに感染する可能性も示唆された。
さらに、獣から人間への感染可能性もゼロではない事が報告書では言及されている。
脳波の同期性と衝動性の拡散パターンが、ウイルス的挙動に類似している犯罪者事例が複数ある事が指摘されている。
この報告書は、一般には公開されていない。
しかし、各国首脳間ではこの報告書の内容が即座に共有された。
結果、この未知のウイルスの流行は地球規模の緊急非常事態であると各国で強く認識された。
各国の上層部はこの件について秘密裏の協議を急遽行い、一般には公開されない極秘の協定を多くの国の名の下で結ぶ事となった。
協定の内容は以下のものとなっている。
• 対動物専用装備の開発推進
• 凶獣化ウイルスの無害化ワクチンの研究
• 感染した獣から人間を守護するAIロボットの開発
また、これらの技術開発は、各国それぞれの得意分野にて、軍事・医療・民間研究機関などと連携し、未知のウイルスに対抗出来る手段を得るよう努力しなければならないという共同宣言もなされた。
各国がこの新たな技術開発に臨むにあたって、ひとつの技術が多くの注目を集めている。
2028年末、米国と台湾の合同開発企業NeuroQ Forge社が、量子技術を応用した次世代AIチップの開発に成功した。
このチップは、従来の演算限界を遥かに超える為、感染体の行動予測精度を飛躍的に向上させる事や、未知のRNA構造に対するリアルタイム解析を行うなど、様々な用途での活用が期待されている。
今後、技術革新を行っていく為の希望の技術として世界中から注目を受けている。
この新たなAI技術は、人類が“意図を持つ獣達”に対抗するための絶大な武器となる可能性を大いに秘めていた。




