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くまがあばれてテラフォーミング!  作者: 遊歩人


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第二十九話 記憶断片026-闇の中の大猫

T2の脚部が静かに起動音を立てる。

夜の緑地帯は、風もなく、張り詰めた空気に包まれていた。


ミハイルがハッチに手をかけたその時、ケイトが端末を持って近づいてきた。


「ねぇねぇ、ちょっと待って。分かってるとは思うけどピューマって、こないだの鹿とは全然違うからね。

あいつら、そもそもが狩る側の動物。

草食動物と違って、こっちの動きに確実に反応してくる。」


ミハイルは静かに立ち止まり、ケイトの言葉に耳を傾けた。


「まず、跳躍力。

一跳びで10メートル以上、場合によっては15メートル跳ぶこともある。

高さも4メートルくらいは軽く飛ぶ。

岩場でも木の上でも、空間を使って襲ってくる」


アントンが端末を覗き込みながら補足する。


「つまり、遮蔽物があっても安心はできない。

跳躍して襲って来る」


ケイトは頷きながら続けた。


「足の速さは時速80キロ近く。

ただし、持続はしない。瞬発力型。

だから、最初の一撃が勝負になる」


ミハイルはT2の照準モジュールを確認しながら言った。


「跳躍と突進、両方に備えておく必要があるんだな」


「それから――狙ってくるのは、喉か背中。

首筋に噛みついて窒息させるか、背中に爪を入れて動きを止める。

感染個体でも、その本能は変わらないはず」


ケイトは端末を閉じながら、少しだけ笑った。


「……ちなみに、私だったら絶対に戦いたくない相手。

生身の人間だとまず生きて帰れないかな。」


ミハイルはハッチを開けながら、静かに言った。


「……狩る側と、狩られる側。

どっちになるかは、俺の動き次第だ」


アントンは地図を確認しながら言った。


「木の上から襲ってくる可能性も充分ある。上からの襲撃にも気をつけろ」


夜の空気が、わずかに揺れた。

T2が静かに林の中へ向かって歩き出す。

ミハイルは熱源感知モードを展開しながら、周囲の温度分布を確認していた。


「……異常熱源、断続的に移動してる。

小型動物じゃない。……呼吸が深い。筋肉が動いてる」


アントンの声が通信に乗る。


「おそらくそれだ。遮蔽が多いから、射線は通らない。

接近して、動きを見ろ。跳躍に気をつけろ」


T2のセンサーが熱源を捉えた瞬間、ミハイルはそれが“ただの獣”ではないことを理解していた。

だが、実際に視界に入ったその姿は――予測を更に超えていた。


岩陰から、音もなく現れた感染ピューマ。

その体は、常識の枠を超えていた。

体長3mはあろうかという体で肩の筋肉は異常に盛り上がり、毛並みは風に逆らうように逆立ち、目は燃えるように赤かった。

だが、それ以上に異様だったのは――その静けさだ。


唸らない。

ただ、闇の中に立っている。

誰にも属さず、誰にも従わない。

孤独を選び、狩りだけに生きている者の姿だった。


赤く爛れた瞳が、T2のセンサー越しにミハイルを捉える。

その目は、獲物を見ているのではない。

動く価値があるかどうかを、沈黙の中で測っている。


月光は届かない。

だが、その輪郭は闇の中で異様にくっきりしていた。

筋肉の線、爪の湾曲、尾の揺れ――

すべてが、殺すための芸術作品のようであった。


ミハイルは息を止めた。

T2の照準モジュールが自動で補正を始める。

だが、指は動かない。


「……これは、前とは違う」


前回の大角鹿は、逃げる者だった。

この獣は――待ち伏せる者。

狩る者の沈黙。

その存在は、まるで夜そのものが形を持ったかのようだった。


そして、ピューマが一歩踏み出した。

その動きは、地面を踏むのではなく、空気を裂くようだった。


跳ぶか。回るか。突進してくるか。

その判断は、獣の本能ではなく、研ぎ澄まされた習性だった。


その時だった

沈み込み。

跳躍前の予備動作――その一瞬を狙って、ミハイルは引き金を引いた。

弾丸が空気を引き裂く。


だが、ピューマは跳んだ。

弾道を読んだかのように、空中で軌道を変え、

T2の頭上を飛び越えた。


「くっ……遅れた」


ミハイルが呟いた瞬間、背後に気配。

ピューマが着地と同時に、背中へと爪を振り下ろす。


衝撃。

T2の体勢が崩れる。

だが、背部のシールドが爪を受け止め、貫通は防がれた。


ミハイルは即座に反転し、再照準を試みる。

だが、ピューマはもう動いていた。


攻撃が通じないと判断したその瞬間――

獣は即座に離脱を始めた。


ミハイルがT2の照準を再展開するが、遮蔽物が多すぎる。

熱源は断続的に揺れ、岩と植生の間を縫うように移動している。


「……逃げられた。」


ミハイルの声に、アントンが即座に応じる。


「北西に開けた空き地がある。

遮蔽が途切れるのは、そこだけだ。

そこに出れば、射線が通る。

……そこで仕留めるしかない。」


ケイトの声が通信に割り込む。


「熱源補足、AI補正入れるね。

遅延は0.3秒。予測軌道、送る」


T2のHUDに、逃走ルートと補正射線が重ねられる。

ミハイルは脚部を動かしながら、照準を固定した。


ピューマが岩陰を抜け、空き地に差し掛かる。

その動きは、獣ではなく――弾丸のようだった。


「……標的との距離600m、今だ」

射線が通った瞬間、ミハイルは息を止め、トリガーを引いた。


発射。

弾道が夜を裂き、空気を貫いた。


ピューマの胸部に、衝撃。


獣は一度だけ地面を蹴り、そして崩れ落ちた。

その姿は、最後まで静かだった。


ケイトの声が再び入る。


「おお、お見事!!……やったね!戦闘データも完璧に取れたよ。

ちょっとヤバかったね。感染体が一頭だけで良かったね。」


ミハイルは答えた。


「あの一瞬の遅延がなければ、最初で終わってた。」


彼はT2の操作パネルを閉じながら続けた。


「もっと実戦訓練が必要だな。

AI補正も、センサーも、動きも――全部、実戦で詰めるしかない」


ケイトは少しだけ黙ってから、軽く笑った。


「大丈夫大丈夫!

お姉さんがちゃんと帰ったら最適化するんだから。」


アントンは地図を閉じながら、ぼそっと言った。


「そうしたら次は、もっと素速いやつが来るかもな....。」


ケイトは端末を胸元にしまいながら、ぽつりと呟いた。


「……よし、報告も完了。感染個体、仕留め済み。

博士の私が言ってるんだから、間違いない」


誰もツッコまない。


「じゃ、お腹もすいてきたし、そろそろ帰ろっかね……」


アントンとミハイルは何も言わなかった。

感染ピューマとの戦いを終え一向はレッドロックへと戻っていった。

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