第二十八話 記憶断片025-孤高
2030年5月2日ーー。
初戦の戦闘ログは、T2のAIにとって極めて有益だった。
だが、ケイトはまだまだ全然足りないと言った。
「戦闘だけじゃ偏るからね。日常動作のデータもどんどん取っていこう。
歩く、走る、跳ぶ、止まる――そういう“間”の情報が、AIの判断精度を底上げするの」
その言葉に従い、ミハイルはT2に乗り込み、試験場周辺の岩場や砂地を数日間移動した。
散歩のように歩き、斜面を駆け上がり、崖を跳び越え、時には静止して風を読む。
その一つひとつが、すべてAIにとっての学習になる。
ケイトは遠隔から動作ログを監視し、逐次パラメータを調整した。
T2の反応速度は、明らかに日を追うごとに良くなっている。
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その日の訓練を終えた後、三人揃って夕食の準備に取りかかった。
アントンが缶詰のチリを温め、ケイトが冷凍野菜を炒め、ミハイルは黙って皿を並べる。
「……ねえ、アントン。昨日の夜、冷蔵庫の中にあったゼリー、勝手に食べた?」
ケイトが唐突に問いかけると、アントンはスプーンを止めた。
「……え、あれ、賞味期限切れてたぞ。
俺が食べなかったら、いつか誰かが腹壊したかも。」
「いや、それ、私の実験用だったんだけど。
糖分の分解速度を測るための――」
「……食べ物で実験するなよ」
ミハイルは横で静かにチリを口に運んでいた。
ケイトはふくれながら、炒めた野菜を皿に盛った。
その時、壁のモニターにニュース速報が流れた。
三人の手が止まる。
「速報です。ラスベガス西部・サマーリン地区の住宅街で、ピューマによる襲撃事件が発生。
住宅の裏手で住民が死亡しているのが発見されました。
監視カメラを確認した所、2週間前に同地区で被害者を出したものと同一の個体と思われるシルエットを持つピューマが確認されました。
州警察は近隣住民への注意を呼びかけています。」
ケイトは端末を手に取り、地図を呼び出す。
画面には、マウントチャールストンの南麓に広がるサマーリン地区が表示された。
「……ここから2時間くらい。案外近いね」
彼女は地図を拡大しながら、静かに言葉を続けた。
「ピューマは基本的に単独行動する。
だから、感染個体の数はまだ少ないと思う。
おそらく、同じ個体が何度も襲撃してるんじゃないかな。
もちろん危険だけど――一頭なら、対処はしやすいかも」
彼女は端末を閉じ、ミハイルの方を見た。
「……どうする?」
ミハイルはスプーンを置いて答えた。
「もちろん行く。
被害者が出てるならすぐに行くべきだ。」
ケイトは少しだけ笑って、頷いた。
「そう言うと思ったよ。
じゃ、私は戦闘データ取る準備するから――
明日になったら出発しよう」
翌日ーー。
ネバダ州 サマーリンーー。
一行はT2を積んだ車両で現地入りし、住宅街の外縁にある警戒区域に到着した。
ケイトが端末を開きながら言った。
「まずは――ピューマがどこにいるか予測しないとね。
闇雲に探しても、猫科は静かに動くから見つからない」
アントンは地図を広げ、過去の襲撃報道を確認する。
「出没点のデータがあれば、ある程度絞り込めるかも。
時間帯と位置を並べれば、行動パターンが見えるはずだ」
ケイトは端末を見つめて、少しだけ眉をしかめた。
「……うーん。面倒だけど仕方ないか」
彼女は端末を持ちどこかに電話をかけ始めた。
「……はい、ケイト・モリス博士です。
凶獣対策部門の.....ええ、例の件。……はい、うん、そう。……今現地にいるから、急ぎで....」
ケイトは目を泳がせながら喋ってる。
「……うん、そうそう。あの時と同じルートで。
……はい、あの、私が言ってるので。博士です。モリス。マサチュー……マサチューセッ……マサチューセッツ工科大学首席の。
……あ、もう送ってくれる? ありがとう、助かる」
数秒後、端末に映像ファイルが届き始めた。
彼女はそれをまとめて転送し、アントンの端末に向かって手を伸ばす。
「はい、これ。この地区の監視カメラにピューマが映った全部の映像データ。」
アントンは受け取りながら、ちらりとケイトを見た。
「……思ったよりすごい権限持ってるんだな。」
アントンは端末に届いた映像を確認しながら、地図にマーカーを打ち始めた。
「……これがあれば、だいぶ絞れるかもしれない。
出没時間も場所も偏ってる。」
夜間の映像に映る赤目の影。
フェンスの隙間、ガレージの裏、庭の植え込み――
それぞれの座標を地図に落とし、時間帯と動線を重ねていく。
「……出没時間はほぼ夜間。
映像の中で、同じ個体が複数回映ってる。
体格と動きが一致してる。同じ感染個体が繰り返し襲撃してる可能性が高い」
彼はマーカーを打ち終えると、地図の北側を指差した。
「ここ。住宅地の北端、斜面沿いの緑地帯。
遮蔽が多く、人工物も少ない。
逃げ場があるし、日中は日陰になる。
……潜伏してるなら、おそらくここだ」
ミハイルは地図を覗き込み、静かに頷いた。




