第二十話 記憶断片017-研究所
2030年4月某日ーー。
アントンとミハイルはウイルスの専門家に会うために、ワシントンD.C.にある米国疾病制御戦略研究所を訪れていた。
第4面談室ーー。
部屋は静かだった。
壁には感染経路図と衛星写真が並び、空気には消毒液の匂いが漂っていた。
アントンとミハイルが席に着くと、白衣姿の男が資料を閉じて顔を上げた。
Dr.イーサン・マクレラン――米国疾病制御戦略研究所のウイルス専門官。
38歳。真面目で誠実な印象を持つ男だった。
「この間は連絡をくれてありがとう」
彼はアントンに向かって言った。
「おかげで何とか感染体の回収に間に合ったよ。
軍はこういうのを隠したがるから、すぐ焼却してしまう。
現場から直接情報が来るのは本当に助かるよ」
アントンは頷いた。
「現場は……ひどいもんでした。
あのライオンたち、ただの獣ではないようでした。
襲撃時以外はまったく姿を見せなかったし、気配すらも感じさせなかった。」
イーサンは静かに聞いていた。
「その報告、非常に重要です。
行動パターンの異常性は、感染進行の一指標になる可能性があります。
東アフリカの状況は、我々も注視していますが……現場の声は何より貴重です」
アントンは続けて言った。
「我々のキャンプだけじゃない。
連日のように襲撃が起きている。
東アフリカの状況は、想像以上に深刻です。
そもそもこのウイルスは一体何なのですか?
詳しく教えていただけませんか?」
イーサンは一度、端末に視線を落とし、
そしてゆっくりと息を吐いた。
「……その気持ちはよくわかります。
現場で命を落とした仲間がいて、
その原因を知りたいと思うのは当然です」
「ただ――本当に申し訳ない。
このウイルスに関する詳細は、現在すべて機密扱いなんです。
本当を言えば凶獣化ウイルスの存在を話す事すら本来は駄目なんですよ。
私の立場では、これ以上の事はお話しできないんです。」
ミハイルの唇がわずかに動いた。
沈黙が落ちる。
だが、イーサンは少し間を置いて言葉を続けた。
「でも、ただ……この件に関して、ある人物が特殊訓練を積んだ協力者を探しています。
現場経験があり、戦闘能力を持つ者を。
もし協力してくれるなら――その人物が、もしかしたらすべてを教えてくれるかもしれません」
アントンが眉をひそめた。
「その人物は、研究者なんですか?」
イーサンは首を振った。
「いいえ。
ウイルスの研究というよりは、凶獣を“やっつける”側の所属です。
……軍の特殊部門に近いですね」
その言葉を聞いた瞬間、ミハイルが口を開いた。
「協力します。
その人物を紹介してください」
アントンは驚いたようにミハイルを見た。
だが、すぐに頷いた。
「俺からもお願いします。」
イーサンは静かに立ち上がった。
「わかりました。
その人物に伝えておきます。追ってまた連絡があると思います。」
「ありがとうございます。」
アントンとミハイルはお礼を言って部屋を後にした。




