第十九話 記憶断片016-帰還
2030年3月17日ーー。
朝の光は、焼けたキャンプの残骸を淡く照らしていた。
ミハイルは、エリザとアリーナの遺体の傍でうずくまっていた。
目は腫れ、声は枯れ、動く気力も残っていなかった。
足音が近づく。
アントンだった。
彼は無言で隣にしゃがみ、しばらく黙っていた。
「……マリクが通信棟を復旧した。
本国と連絡が取れた」
アントンは静かに言った。
「近くのキャンプから仲間が遺体の回収に向かってくれる。
その後、遺体は本国に送られる。
俺たちは迎えのヘリに乗って空港へ。
本国に戻るよう司令から指示が出た」
ミハイルは、しばらく黙っていた。
そして、枯れた声で言った。
「……俺は戻らない」
アントンは眉間に皺を寄せた。
「まだ、ここにやり残したことがある。
ノアを探す。
この辺に潜んでるライオンを、みんな駆除する」
アントンは、しばらく黙っていた。
そして、低く、しかし強い声で言った。
「ミハイル……ダメだ。今は戻らないといけない」
ミハイルは顔を上げた。
その目には、怒りと悲しみが混ざっていた。
「俺は戦う!ノアも連れて帰る!」
アントンは一歩、身を乗り出した。
「ダメだ!俺たち全員が、お前を一人ここに置いて帰る事なんて出来ない!
装備も食料も、何もかも失った。
今ここに残っても、無駄死にだ。
一度立て直す。
来たいならそれから、もう一度来ればいい」
ミハイルは拳を握り、唇を噛んだ。
そして、しばらくの沈黙の後、観念したかのように項垂れた。
2日後ーー。
本国に帰国後もミハイルは、部屋に篭っていた。
窓は閉ざされ、光は遮られていた。
誰とも話さず、何も食べず、ただ時間だけが過ぎていった。
その扉を、ノックする音がした。
アントン、マリク、ルカが立っていた。
「外に出よう。少しだけでも」
アントンが言った。
ミハイルは黙っていたが、やがて立ち上がった。
施設の中庭。
ベンチに座った4人は、誰からともなく話し始めた。
マリクが言った。
「...うん、そうだな、俺は、とりあえず母国に帰ろうと思う。
まぁ、傭兵稼業も……もしかしたら足洗うかもしれない」
ルカは肩をすくめて言った。
「俺は、今更母国に帰るのもな。
かと言って今のチームがこんな形になったから、
とりあえずは別のチームにでも居候するかな。
ま、でも、また集まる時はいつでも呼んでくれ。そん時は飛んでくるから」
アントンは、少し間を置いて言った。
「向こうではおかしな事が多かったから、帰ってから色々調べてみた。
どうやら“凶獣化ウイルス”ってのが、世界で流行してるらしい。
俺は、それについてもっと情報を集めようと思ってる。それについての専門家とも会う約束をしている。」
ミハイルは、ピクッと反応した。
そして小さい声で尋ねた。
「……そのウイルスに感染したやつらが、
アリーナを傷つけたのか?」
アントンは言った。
「はっきりそうとは言えない。
でも……おそらく、そうだろう」
正気を失ったミハイルの目に少しだけ光が灯った。
「俺も、それを手伝いたい。」
アントンは黙って頷いた。
2030年3月23日ーー。軍人基地。
空は澄んでいた。
風は静かで、空気は冷たかった。
エリザとアリーナの遺体は、軍人墓地の一角に並べられていた。
白い布に包まれ、花が添えられていた。
ミハイル、アントン、マリク、ルカの4人は、
静かに立ち尽くしていた。
誰も言葉を発さなかった。
ただ、心の中で、それぞれの別れを告げていた。
ミハイルは、墓の前に膝をついた。
何かをそっと言った。
風が吹いた。
花が揺れた。
そして、空は、静かに見守っていた。




