第十八話 記憶断片015-崩壊
ビリ・クンバ地下施設周辺ーー。
風が少し落ち着いてきた。
砂嵐の中心は過ぎ、視界はわずかに回復していた。
ミハイルたちは、施設周辺の偵察を終え、必要な映像と熱源データを収集していた。
「通信アンテナは暗号化されてる。
でも、搬入ルートと警備配置は割れた。これで十分だ」
アントンが端末を閉じながら言った。
「そろそろ引き上げても良いかもな。風がまた強くなる」
その時だった。
通信機から、ノイズ混じりの音声が流れた。
「……デルタ……応答……ミハ…」
音が割れ、風にかき消される。
誰もが一瞬、動きを止めた。
「あれ?..…今、無線、何か聞こえなかった?」
ミハイルが言う。
マリクが眉をひそめ、通信機に耳を近づけた。
「……待て。今の……ノアじゃないか?
……“すまない、ミハイル”って……言ってなかったか?」
空気が変わった。
ミハイルの顔が、一瞬で青ざめた。
「ノア!こちらデルタ偵察班!応答願う!ノア、聞こえるか!」
彼は通信機を握りしめ、叫んだ。
「アリーナ!誰でもいい、応答してくれ!」
その叫びに、アントンがすばやく身を寄せ、低く鋭く言った。
「ミハイル、声を抑えろ。敵に気づかれる」
ミハイルは言葉を飲み込んだ。
だが、唇を強く噛み締め、肩が震えていた。
目は通信機に釘付けになり、足はわずかに動いていた。
いてもたってもいられない。
今すぐ走り出したい衝動が、全身から感じられた。
アントンはその様子を見て、すぐに判断を下した。
「引き上げる。今すぐだ」
「このままここにいても意味はない。
キャンプに戻る。何が起きたか、確かめる」
ミハイルは一瞬、動けなかった。
アントンの言葉が、冷たい現実を予感させる。
「……了解」
その声は、かすれていた。
数時間後ーー。
キャンプに戻った一行は、言葉を失った。
そこにあったのは、まるで爆撃を受けたような光景だった。
テントは焼け焦げ、地面はえぐれ、空気には焦げた金属と血の匂いが混ざっていた。
その中心の周りには、無数のライオンの死骸が散らばっていた。
難民たちの遺体も、あちこちに倒れていた。
抱き合ったまま動かない親子、
武器を握ったまま崩れた若者ーー。
ミハイルは、胸の奥がざわついていた。
非常に悪い予感が、喉元までせり上がっていた。
彼は、誰の声も聞かず、ただ歩き出した。
焼けた通信棟の脇。
崩れた医療テントの奥。
その場所に、ふたりはいた。
エリザは、アリーナを抱くように倒れていた。
その背中には、深く裂かれた爪痕。
アリーナの腹部からは、血が乾き、砂に染み込んでいた。
ミハイルは、立ち尽くした。
目を見開いたまま、何も言えなかった。
そして、膝をついた。
手が震え、呼吸が乱れた。
「……なんで……」
声が漏れた。
「....なんで……守れなかった……」
その言葉は、誰に向けたものでもなかった。
ただ、空に向かって、崩れ落ちた。
「エリザ……アリーナ……」
ミハイルは、初めて人前で声をあげて泣いた。
その泣き声は、風に乗って、焼けたキャンプの空に消えていった。
誰も、彼を止めなかった。
誰も、言葉をかけれなかった。




