第十五話 予感
翌朝。
キャンプは静かだった。
昨夜の偵察任務から戻った隊員たちは、それぞれのテントで眠りに落ちていた。
ミハイルは寝袋の中で微かに眉をひそめたまま、夢の中で何かを追っていた。
ルカは寝息を立てながら、銃を抱えたまま丸くなっていた。
マリクは靴も脱がずに倒れ込んでいた。
アントンだけが、寝る前に銃の分解整備を終えてから静かに横になっていた。
ノアは眠らなかった。
彼は医療テントの裏手で、エリザと並んで座っていた。
「……何かがおかしい」
ノアが言った。
声は低く、風にかき消されそうだった。
エリザは彼の顔を見ずに答えた。
「昨日の遺体の損傷?それとも、敵の動き?」
「全部だ。報告と現場が噛み合わない。
敵の警戒が薄すぎる。あの死体の数にしては、反応が鈍い。
……まるで、何かを“避けて”るようだった」
エリザは少しだけ黙ってから言った。
「ノア、あなたがそう感じるなら、何か理由をつけて本土に戻った方がいい。
この任務、もう限界が近い気がする」
ノアはしばらく考え込んだ。
そして、立ち上がった。
「まずは報告してくる。司令部が何を隠してるか、確認する」
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通信棟での報告は、予想通りだった。
ノアが司令部を問い詰めると、彼らは淡々と答えた。
「あなた方が到着する以前から、時折ゲリラの襲撃情報は入っていた。
それをきちんと伝えていなかったのは、我々の落ち度だ。
最近、ゲリラの活動が特に活発化している。
ただそのゲリラがどこの勢力かは司令部でも把握出来ていない。
無差別に襲っている節もある。
しかし申し訳ないが新たな任務がある。
それは追って連絡する」
ノアは端末を閉じ、無言で通信棟を出た。
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医療テントに戻ると、エリザが待っていた。
ノアは短く言った。
「やはり、何かがおかしい。
政府がゲリラの勢力を把握出来ていないなんて有り得ない。
何かを隠してる。
次の任務が終わったら、本土に戻る。
俺たちの役割は、ここまでだ」
エリザは頷いた。
「その方がいい。アリーナにも、準備させておく」
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2日後。
空は黄褐色に染まり始めていた。
現地の人々が口々に叫んでいた。
「Dabayl ciid(砂風)が来るぞ!」
「テントを固定しろ!」
「水を確保しろ!」
砂嵐の前兆だった。
風が唸り、空気が乾き、視界が揺れていた。
その時、司令部から新たな任務が届いた。
「ビリ・クンバ地下施設に武器が運び込まれている可能性あり。
警備が厳重なため、砂嵐の接近に乗じて接近し、
可能な限り映像・音声・通信データを収集せよ。
交戦は避け、発見されずに帰還すること」
ノアは通信を終えた後、即座に司令部に返答した。
「この任務を完了次第、我々は本土に戻る。
それが条件だ」
司令部は了承した。
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その夜、ノアは隊員たちを集めた。
「次の任務は、ビリ・クンバ。
地下施設の偵察だ。
砂嵐の接近を利用して接近する。
俺はキャンプから指揮を取る。
現地出動は、アントン、マリク、ミハイル、ルカ。
お前たちに任せる」
ミハイルは頷いた。
ルカは軽く拳を握った。
マリクは無言で装備を確認し、アントンは地図を睨んでいた。
ノアは最後に言った。
「これは最後の任務だ。
終わったら、本土へ帰る。」
一瞬、誰も反応しなかった。
風がテントの布を揺らし、砂が地面を撫でた。
ミハイルは、視線を地図からゆっくりとノアに向けた。
「……了解です」
その声には、わずかな安堵と、何かを飲み込むような硬さがあった。
ルカは眉を上げて、軽く笑った。
「やっとか。俺の靴底、もう限界だったんだよ。
それに……この空気、何か腐ってる気がしてた」
マリクは無言で頷いた。
彼は銃のマガジンを確認しながら、短く言った。
「戻れるなら、それに越したことはない。」
アントンは地図を折りたたみながら、静かに言った。
「本土に戻るのは賛成だ。
ただ……この地域、何かが隠されてる。
それを見ずに帰るのは、少し気になるな」
エリザは医療バッグを閉じながら、ノアの言葉を反芻していた。
「……全員で戻る。
それが、今の最優先ね。」
アリーナは少しだけ不安そうな顔をしていたが、兄の顔を見て頷いた。
「.....うん、帰れるなら、嬉しいかな。」
ノアは全員の顔を見渡した。
誰も反対はしなかった。
そして、彼らは最後の任務へと向かう準備を始めた。
砂嵐が、遠くで唸り始めていた。




