第一話 記憶断片002-秋田
2023年5月ーー
最初の報告は、秋田県の山間部からだった。
地元の猟師が、異様な痕跡を見つけた。
人の骨のようなものが混じった獣の糞。
激しく引き裂かれたテント。
そして、何より奇妙に思えたのが、足跡が人里の方に向かって迷いなく一直線に伸びていたことだった。
単なる事故ではなかった。
被害者は複数人。
襲撃は夜間であり、通常のツキノワグマの行動パターンとは異なっていた。
地元の人々は「山の神が怒った」と囁き、
役場からは「夜間に人を襲うくまが発生」とだけ発表された。
しかし、この秋田の事件を境に、似たような獣害事件が他の県でも続々と報告され始めた。
青森、岩手、福島、海を隔てた北海道でも。
共通点は、いずれも人里に近い場所で、襲撃が夜間に発生している点。また、クマの行動が何かの目的を持っているようにも見える点だった。
これらのくまの目撃者達は語る。
「目が赤く光ってみえた」「人の声のような唸り声を聞いた」「全身の毛が逆立っていた」
それらはあくまで噂の範疇であり全てが真実だとは呼べない。
だが、記録としては残す価値はありそうだった。
人間の理解を超えた何かが、山から降りてきているのかもしれない。
人々はそれらのくまをひとまず“異常な行動”を起こすくまとして分類した。
だが、もしそれらが"異常な行動"ではなく“何かの意図”を持っての行動だったとしたら――
K-02は、冒頭の秋田の事件の主犯で、"異常行動"を起こしたと分類されたくまである。
夜間襲撃の記録、足跡の軌道、凶暴性――通常のツキノワグマとは大きく異なっていた。
動物医学の研究者の一人が、このくまの異常行動の原因を探る為、被害者に噛み付いた箇所に付着していた唾液を分析してみた所、今までにない未知のウイルスが発見された。
異常行動を起こした原因が、このウイルスの影響である事が強く疑われ、研究者達はこのウイルスを“K-02ウイルス”と識別し厳重管理の元に調査を開始した。
また、依然山に潜んでいるK-02自体も研究の対象とするべく、このくまを捕獲する為の追跡活動も開始された。
しかし、追跡を開始してからすでに約2ヶ月が経過したが、K-02は今現在も捕獲されていない。
複数のドローンによる捜索も成果がなく、熱源追跡も山岳地形の影響で難しい。
目撃情報を元に追い詰めたかと思うと姿を消す。
まるで人間の行動を読んでいるかのようでもあった。
K-02は今も事件があった場所の近くの山に潜んでいると思われているが、最近ではそれも段々疑わしくなりつつある。
なぜなら、感染が周囲の県にも拡大し始めているからだ。もしかすると広範囲を移動している可能性も捨てきれなくなった。
北海道・上士幌町にある民間のクマ保護施設に搬入されたK-07は、K-02とは別のくまで、種類もツキノワグマではなくヒグマである
保護された時点では、このくまに特に何も異常箇所は見られなかったが、保護から72時間後、K-07の隣のケージに居た、この施設で産まれ育ったヒグマ3頭が、突如狂ったように暴れだし始めた。
また、その数時間後、K-07も激しく暴れだし壁を激しく叩くなどの異常行動を始めた。
K-07の血液検査を行った結果、K-02ウイルスと同様状のウイルスを保有している事が判明。このウイルスは空気感染能力を持つことが確定した。
K-07の発症タイミングを考えた時、秋田のK-02の方が2ヶ月以上も前にウイルスを保有している事が判明している為、このウイルスは本土から海を超えて北海道に来たと考えられている。
ウイルスの感染ルートとしては、後に以下のような可能性が提唱された。
• マダニによる媒介感染。渡り鳥などを介して北海道へ
• 感染した別の小型哺乳類が船舶の荷物などに紛れて道内に侵入し、それらが拡散
• 施設職員が、秋田での調査活動後に道内へウイルスを持ち込んだ可能性
また、この出来事から約1ヶ月後、この保護施設がある北海道中央エリアではなく、北海道南部方面でもK-02ウイルスに感染しているヒグマの報告が上がった。
このウイルスのものと思われるクマの異常行動は、
秋田から始まり、近隣県、そして北海道へと広がった。
感染は、凄いスピードで拡大している。




