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第十九話『宵闇の魔法少女』

「葉月の奴、ナイスタイミングだったな」

「エニフェル先輩!」


 ハラハラとした顔で空を見上げていたビアンカの後ろから、エニフェルは炎を纏って現れた。

 葉月の指示で行動を開始する魔術師達に、巨人は問題ないだろうと微笑む。


「先輩、大丈夫でしたか?」

「あぁ。大事ない。それよりどうだった? 私と葉月の演技は」

「え、わ、私はお二人の間柄を知っていますから騙されませんが、知らない人には分からないと思います。お二人の仲が良いって」

「ふふ。そうだろう」


 ビアンカに太鼓判を押されて、エニフェルは満足そうに胸を張った。

 そしてぐるりと周囲を見渡す。


「葉月が言うには、このフランスにレイがいるそうだ。名前が出なかったってことは、ルナは外だな? まったく、こういう索敵は得意じゃないんだが」


 顎に手を当てて思案するエニフェルは、皮肉だなと苦笑した。

 なにせ三百年前のあの頃、その役割を担っていたのは他でもないレイである。

 闇に紛れ影に扮する。夜が味方する頼もしい仲間。


「さて、どう炙り出そうか」


 何処からか鴉の鳴き声が聞こえた。反射でその方へ顔を向けたエニフェルの背を。


「慣れないことはしない方がいいよ。エニフェル」


 地面に浮かぶ影から突き出た、黒色の刃が貫いた。


「ぐっーー」

「え、エニフェル先輩!!」


 刃はエニフェルの身体を持ち上げたまま突き上がる。

 ぶらん、と足が宙に揺れて、胸から滴る血がその下の地面に血溜まりを作る。


「あ、そ、そんな……」

「は、ははっ。さすが、容赦ない……」


 ごぼっと血を吹きながら、エニフェルはそう言って瞼を下ろした。

 力の抜けた四肢がどう見たって致命傷で、ビアンカはひゅっと息を飲む。

 信じられないと凝視しても、エニフェルの両目が開かれることはない。青ざめて、絶望に染まる心のままにへたり込むーー


「こ、来ないでください!」


 ーー否。

 へたり込みそうになるその足を叱咤して、ビアンカは見えない敵からエニフェルを庇うように前に出た。

 震える手でポケットからブローチを取り出す。


僕が目になろう(アイル・ビー・アイズ)!!」


 光り輝くダイヤモンドのブローチをかざす。

 葉月から貰った、防御結界を張り全方位を守る魔法(アミュレット)道具(・パーツ)

 ビアンカの叫び声に呼応して噴き出た銀色の粒子がドーム状に広がった。


 前を睨みつけるビアンカの耳に、かつん、と足音が届く。

 騒がしい上空とは裏腹に不気味なほど静かな街は、いつの間にか暗くなり始めていた。

 その闇の先から、宵闇の魔法少女が姿を見せる。彼女の足元から伸びる影が、まるで生き物のように蠢いた。


 ウルフヘアーの黒髪に、奈落の底のような漆黒の瞳。

 金銀糸で彩られた斉胸襦裙の裾と大袖衫の広い袖を揺らしながら現れたレイは、無表情のままことりと小さく首を傾げる。


「君は、何を必死に守っているの。それはもう、生きてはいないよ」


 表情と同じく、抑揚のない声だった。

 エニフェルとは正反対の、淡々とした彼女の声に。


「聞こえてこないでしょ? エニフェルの心臓の音。だって潰しちゃったからさぁ」

「違う!!」


 ビアンカは叫んで否定する。


「先輩は死んでなんかいません! ねぇ、エニフェル先輩!! 返事をしてください!」


 ビアンカの呼びかけに、しかし背に守った彼女の声は返されない。

 代わりにごぽ、ごぽ、と血の吹き出る音が聞こえて、ビアンカは穴の空いた心臓を目の裏に幻視する。

 涙で歪んだ視界を、ビアンカはぐいっと手の甲で拭った。それでも、涙はあとからあとから湧き出てくる。


「先輩……!」


 とん、とレイは武器である錘の柄先を地面に突いた。


「だからさ」


 そして、一瞬でビアンカとの間合いを詰める。

 レイの背後からまるで大きな掌のように影が伸びて、僕が目になろう(アイル・ビー・アイズ)の結界をいとも簡単に引き裂いた。

 バリンっと硝子を割ったような音が響いて、けれどビアンカはレイを睨むのをやめない。


「死んでんだよ」

「死んでません!」


 未練があると言ったんだ。


「先輩は……!」


 なぜ生まれ直したのだと問いかけたビアンカに、エニフェルは未練があったと言った。

 その時の言葉が脳裏を過ぎる。


 ーーお前を残して逝ってしまった。託された想いも希望も無碍にして、戦場に一人お前を置き去りにした。


 ビアンカは、エニフェルが自分に向ける愛の大きさを知っている。


「エニフェル先輩は、私を置いて死んだりしない!!」


 レイの錘がビアンカ目掛けて振り下ろされる。


「あぁ、その通りだ!」


 錘の玉はビアンカの顔すれすれで停止する。

 動かないはずのエニフェルから聞こえた、間違いようもない彼女の声にレイが動きを止めたのだ。

 瞬間、エニフェルを中心に放たれた炎の波がレイを襲う。


「なっーー!?」


 鉄仮面に罅が入る。驚愕に目を見開きながら、レイは後ろへと飛んだ。

 衝撃波のように広がった炎は、またエニフェルの元へ集まる。

 そして彼女と黒い刃を包んで渦を巻き、ゴォっと凄まじい音を立てて火柱の如く空へと昇る。


「せん……ぱい……」


 レイにとっては灼熱だが、ビアンカにとってはそうではない。

 ほのかに暖かいだけの優しい炎が、エニフェルの無事を伝える。そして。


「もう二度と、お前を置いて死ぬものか」


 四散した炎の中から、背に赤色の翼を羽ばたかせたエニフェルが地面へと降り立った。

 足が地についた途端に、両翼は溶けるように消える。

 真紅の瞳を煌めかせて、エニフェルはビアンカに微笑んだ。


「ありがとう、私を信じてくれて」


 とうとうへたり込んでしまったビアンカの肩に手を置いて、今度はエニフェルが守るために前に出る。

 毅然と立つエニフェルを、レイが刺すように睨みつけた。


「エニフェル、どうして……!」

「お前の十八番(おはこ)は奇襲戦だ。対策くらいしてあるさ」


 エニフェルの足先がトントンと地面を叩く。

 見れば、エニフェルの周囲にだけ灰色の砂が薄く積もっていた。


「私の魔法、不死鳥の再誕(グレイ・レナスコル)は、あらかじめ発動しておくことで心臓を貫かれても身体を完全に元に戻すことができる。オルガンの音が鳴る前にかけておいて正解だったな」


 ちなみにビアンカにもかけてあるぞ、とウィンクを飛ばすエニフェルに、ビアンカは「い、いつの間に!?」と肩を揺らした。

 そして小さく笑いながら、溢れ出る涙を指で払う。


「もう! そういうことは先に言っておいて下さい!!」


 泣き笑いのような顔でビアンカがエニフェルに言い募れば、エニフェルは「すまん」と眉を下げた。

 そしてレイに視線を戻したエニフェルの手に、黒鉄の大剣が握られる。


「私を刺せばビアンカは簡単に始末できると思ったか? 残念だが、こいつはそんなやわな奴じゃない」


 己の右腕を誇らしげに自慢して、すっと腰を落とす。


「そんなこと、お前もよく知ってるだろうに」


 エニフェルとレイ、地面を蹴ったのは同時だった。

 鍔迫り合いの音が鳴り、エニフェルの剣からぶわりと炎が、レイの錘からはドロリと闇が放たれ互いを喰らおうと拮抗する。


「いったいお前に何があったんだ、レイ!」

「世界を救うんだよ! エニフェル!!」


 ガキンッと一際甲高い斬撃音が響いて、両者は距離を取るとそれぞれ詠唱を開始した。


「お前は虹色に輝く救い。お前は空に浮かぶ指標。ーーお前だけが(ハロ・)正しい道を知っている(ビルトート)!」


「新しい日を始めよう。それは闇と共にあり、明けぬ夜が世界を照らす!ーー黒く暗い新(ブラックムーン)月の日に(・ノヴァ)!」


 エニフェルの背後で光輪が回り、目が眩むほどの光が放射される。

 対して、レイの背後にはまるで穴と見間違うほどに黒い円が漂っていた。

 そこから放出されるのは同じ色の闇である。

 光と闇は先ほどの鍔迫り合いのようにぶつかり合い、周囲を白と黒に染めた。


「世界のためにビアンカを殺すと言っていたな。お前達は、そんな崇高な志をしていたか? 世界などクソ喰らえと、刃向かったのが私達ではなかったか!」

「世界を廻さなくちゃいけないんだ! 世界を、救うために」


 エニフェルの後ろでレイを見ていたビアンカは思わず震える。


「そのために、ビアンカを殺さなくちゃいけないんだ!!!」


 レイが言い切った途端、ぐわんとビアンカの視界が揺れた。

 目の前が明滅を繰り返し、思わずビアンカは目を瞑る。

 そして。


『ーーまた無理してる。今日で何徹目だい?』


 聞こえた声は、エニフェルとビアンカに怒声を突きつけてきたレイのものだった。

 しかし柔らかで険のない声色は、誰にもわかるほど労りの色を濃く滲ませている。


「え……?」


 瞼を上げて、ビアンカは驚愕に呆然とした。

 明滅が止んだ目に映ったのは、戦い合うエニフェルとレイでも、静寂に満ちたパリでもない。

 天井に吊るされたシャンデリアがバロック様式の内装を照らす、絢爛豪華な執務室。

 部屋の中央に置かれた焦茶色のローテーブルを前にビアンカは座り、奥にある執務机には難しい顔をしたエニフェルが紙の束を片手に座っていた。


 そしてレイの声に、エニフェルとビアンカは揃って扉の方を見る。

 ワゴンを押しながら部屋に入ってきたレイは、仕方ないなぁという年長者の様な眼差しで二人に笑いかけた。


 知らない場所だ。そして知らない記憶のはずだ。

 けれどビアンカは直感的に理解した。

 この光景を、自分は知っている。この会話を憶えている。

 欠落した自身の記憶の一部なのだと。


 あたかも決まった台詞をなぞるかの様に、ビアンカの口はひとりでに動く。


『仕方ないですよ。今回の終末の戦いは遊びすぎましたからね』

『だからって、被害状況をもっと詳細に書けと送り返してくるのはどうなんだ? いちいち覚えているわけないだろう、どこをどれくらい焼いたかなんて!』


 あの魔術師共め……! と舌打ちするエニフェルの表情や声色は、しかし言葉ほど棘がない。


『その言葉、ヘレンが聞いたら卒倒しますよ? 被害を最小限に、が魔術師(あのひと)達の目標(モットー)なんですから』

『ほんと、エニフェルとソリが合わないよね。終末の戦いが楽しそうだったから、君は魔法使いと魔術師達に手を貸しているんだろ?』


 この記憶は、魔法少女と魔法使いがまだ魔術師達と共にあった時のものだ。

 第二次絶滅戦争で袂を分つよりもずっと前。お互いに背を預けていた頃の。


『ふふ。その書類は、私達の総司令官(リーダー)であるエニフェルと総指揮官(右腕)のビアンカにしか書けないからね。私に出来ることといえば……』


 レイは茶目っ気にそう言って、自身が押してきたワゴンを引いた。

 銀色のトレイに乗っているのは、ティーセットと色とりどりのマドレーヌ。

 ガタッとエニフェルが席を立つ。


『二人にブレイクタイムの口実を与えることかな?』

『ビアンカ、一旦休憩しよう! 焼きたてだぞ!!』

『ランディアに作ってもらったんだ。あとでお礼言っといてね?』

『あぁ、勿論!』


 ワイワイとマドレーヌを手にするエニフェルに、ビアンカの口元が緩む。

 紅茶を淹れます、と言おうとしてーー。


 バチンッと電気が走ったかの様な衝撃とともに、ビアンカの視界は今に戻る。

 穏やかな執務室は殺伐としたパリの街に。

 そして、剣を交えながら魔法を撃ち合うエニフェルとレイの姿が。


「正しい世界にしよう、エニフェル。それがみんなの為なんだ」


 レイの魔法によって影から生まれた何本もの槍がエニフェルを狙う。

 後ろに飛んでその内の数本を避け、エニフェルは手を横に払った。

 彼女の動作に呼応して、大小様々な大きさの魔法陣が無数に並ぶ。

 そしてそこから弾丸の如く放たれた赤色の光が、全ての槍を撃ち落とした。

 すぐさまエニフェルがレイへと切り込む。


「く、黒の蟒蛇!」


 レイの指示で周囲の影に波紋が広がり、縄状となって彼女の身体を縛る。

 第六次元への干渉を阻害する魔法で押さえ込まれたエニフェルは、けれど余裕を感じさせる笑みを浮かべた。


「二度目が通じる相手だとでも思ったか?」

「何……!?」


 エニフェルがそう言った途端、彼女を縛っていた影にボッボッと黄金色の小さな炎がつき始めた。

 やがてそれは威力と範囲を増して、影全体を燃やしていく。


「ーー明けぬ夜には希望を灯(ナイト・オブ・ライト)そう」


 アメリカで一世を風靡したヒーロー映画“サニーマン”。

 絶望と混沌の世界の中で、それでも諦めなかった男の明日を信じる希望の力が、エニフェルの魔法で黄金に輝く炎に転じる。


「この魔法は外部からの干渉を受けない。お前との戦いのために誂えたんだ。良い出来だろう?」


 拘束を破ったエニフェルに、レイは悔しげな顔で錘を構えた。


「どうして分かってくれないの! 早くビアンカを殺さなきゃ」

「なぜビアンカを殺すことが、世界の為に繋がるんだ」

「だって、ビアンカが! ……ビアンカ、を? ビアンカが?」


 エニフェルの問いに、レイは言葉を詰まらせた。

 何かを探す様に、その漆黒の目がうろうろと泳ぐ。


「あれ? だって、私はそう言われて。そうじゃないと、わたし、わたし……は」


 支離滅裂になりながらも言い募るレイは、まるで壊れた玩具(おもちゃ)のように「世界の為に」と繰り返す。

 その姿にエニフェルは激昂を真紅の瞳に燃え滾らせた。


「……レイ。お前を解放する。お前達を、世界の奴隷になどするものか」


 増えすぎた文明エネルギーを消去する為に、第六次元から世界の敵は生み出される。

 次元の均衡を守るこの一連のシステムは、厄災と呼ばれた魔法少女をも生み出した。

 彼女達の生前の意思や想い、理念の何もかもを犠牲にして。


 怒りが湧き立つ。

 仲間の身体を使われて、彼女達の心を無理やり従わせられたのだ。許せるはずがない。

 それが例え、世界のシステムそのものであったとしても。


「お前達は、一人残らず私のものだ」


 魔法少女と呼ばれたレイ達が忠誠を誓ったのは、世界ではなくエニフェルである。


「お前の意思がそこにないくらい、簡単に分かるさ。そもそも、世界の為に仲間を切り捨てる奴なんて、魔法少女にはいないんだよ!」


 エニフェルが空へ腕を伸ばす。手のひらを翳した先から沢山の鬼火が浮かび列を成した。

 指先と空の間を一本の糸の様に結んだ鬼火はやがて白炎の蛇になると、次の瞬間には手を取り合う小さな小人達(ヒトガタ)を模す。


「あぁ理解した。お前達は操られている。ビアンカを殺し、世界を救おうなどという想いはお前の心に無理やり植え付けられた世界の意思だ。レイ! 私はお前に言ったはずだぞ。傀儡になどなってくれるなと!!」


 小人達は青白い燐光を放ちながらレイに素早く巻き付いた。踠くレイを強く締める。


「ビアンカ、頼む!」

「はい……!」


 エニフェルの声に、ビアンカは弾かれた様に立ち上がった。そしてレイの元へ向かう。

 学園で起きた、ビアンカが狙われた終末の戦い。

 レイに押されているエニフェルを助けたい一心でビアンカは言葉を叫んだ。

 自分にしか聞こえない声に導かれるがまま、それがどんな意味なのか分かりもせずに。


「廻す手はここに!」


 しかし今、前世の片鱗、それもレイとの記憶を見たビアンカは、自分の意思でレイに手をかざした。

 胸の内から湧き出る、彼女を助けたいという気持ちが心を占めて、ビアンカは紡ぐ。


「運命の輪の導きは、遥かなる再会の約定である。あの日の戦いをもう一度見よう。あの日の終わりをもう一度祝おう!」


 ビアンカとレイの足元に銀色の魔法陣が展開される。

 そしてその縁から光が放たれ、ベールのように二人を取り囲んだ。


「うぐっ……!」


 風が吹き荒れて、ベールを稲妻が走る。

 レイは苦しげに呻くと、ギロリとビアンカを睨みつけた。


「……あなた(レイ)はそんな目で、ビアンカ(わたし)を見ない」


 ビアンカの胸元に黒色の光が集まった。

 それはゆっくりと彼女の胸の中へ沈み、一つの塊となって再びこの場に現れる。


 黒曜石よりも黒く、ヌーマイトよりも輝く。

 オニキスよりも神秘的な漆黒の魔石。


「ーーすべて虚像(フェイカー・)の黒曜石(オプシディアン)!!」


 魔石はビアンカの声に浮かび上がり、レイの胸へと入り込む。

 びくりと彼女の身体が大きく震えた。


「あ……あ……」


 そして。


「ーーえ?」


 ぱちり、と。

 ビアンカを睨みつけていた目は嘘のように丸く見開かれた。

 レイはそのまま両目を何度か瞬かせると、今度はエニフェルとビアンカを交互に見る。


「あれ? エニフェル……ビアンカ? 私、死んだんじゃなかったっけ?」


 困惑するレイは、もう殺気立ってビアンカを殺そうとはしない。

 本来の彼女に戻ったのだと、ビアンカはエニフェルの方に振り向いた。


「せ、先輩!」

「あぁ。よくやった、ビアンカ」


 満足そうに笑って、後ろで見守っていたエニフェルがレイに歩み寄る。


「レイ。久しぶりだな」

「エニフェル……」


 レイの拘束を、エニフェルは指でなぞって解除する。

 散り散りに千切れた小人達の青白い燐光が名残惜しそうに地面へ落ちた。


「信じられない……」


 呆然と呟きながら、レイは立ち上がる。

 そしてエニフェルの頬に手を添えた。


「本当にエニフェルなの?」

「ふふ、勿論。他の誰に見えるんだ?」


 レイの手の平を受け入れて、エニフェルが信頼に満ちた眼差しを彼女に向ける。そのまま。


「もっと信じられないことを言ってやろう」


 ニヤリ、と口角を釣り上げた。


「え?」

「ここは、私達が死んでから三百年経った世界だ。ちなみに私達は第二次絶滅戦争に負けている。それからーー」

「ちょ、ちょっと待って! 情報量! 情報量が多い!!」

「ビアンカには記憶がない!」

「え、……えぇぇぇ!!?」


 今日一番大きい声である。

 ぐりん、とすごい勢いで顔を向けられ、ビアンカは反射的に「す、すいません……」と肩を縮こませて頭を下げた。


「私とビアンカは死んでからこの世に生まれ変わったんだ。その過程で何故か、ビアンカは記憶を無くしてしまったらしい」

「だ、断片的には夢で見てるかもしれないんですけど、すぐ忘れちゃうんです。……あ! でもさっき、エニフェル先輩と書類仕事? してる記憶を見ました! その部屋に、マドレーヌを持ってきたレイさんが入ってきて……」

「な、なに!? それは本当か!」

「は、はい!」


 レイへの説明をしていたはずが、詰め寄ってきたエニフェルに慌てて頷くビアンカ。

 エニフェルは真紅の瞳をキラキラさせて嬉しそうに破顔する。


「……ふ、ふふ。あはは!!」


 そんな二人のやり取りを見て、レイは声をあげて笑い出した。

 驚いたビアンカが肩をびくつかせる。


「れ、レイさん?」

「ははっ。……いや、記憶がなくても、君はエニフェルのところにいるんだなあって」


 微笑む顔は、ビアンカが記憶で見たのと同じ慈愛に満ちたものだ。


「記憶がないなら、もう一度自己紹介だね」


 片手を胸に、もう一方の手には錘を握って片膝をつく。


「我らが主君、エニフェルの右腕にご挨拶致します。我が名は(レイ)。闇と夜を従え、影を操る宵闇の魔法少女」


「え、えっ」とレイの突然の名乗りにビアンカは小さく声を上げた。

 エニフェルは腕組みをして満足そうに二人を見ている。後方腕組み彼氏面ならぬ主君面である。


「よろしくね、ビアンカ」


 レイはそう言ってビアンカを見上げた。

 ビアンカがしどろもどろに「こ、こちらこそ……」と返す。


「さて、その様子だと、お前はさっきまでのことを何も覚えていないんだろう?」

「うん。何があったの? っていうか、エニフェルの服そんなだったっけ? スカート短くない?」

「それについては私もよく分かっていないんだが……。まぁ、現状の説明はしてやる」


 再び立ち上がったレイがわーい、と手を上げて喜ぶ。

 二人の装いが魔法少女の戦闘服からエニフェルは私服、レイは黒色のアオザイへと変わった。

 そして夜のように暗かったはずの空は茜色に染まり、海へ落ちんとする太陽が最後の日差しを世界に浴びせる。


「うわ、急に空が……!?」

「恐らく、レイが展開していたフィールド魔法、闇の深域(グルームフロア)が解けたんだろう。フィールド魔法は特定の属性の力を底上げする効果を持つ。私達魔法少女はよくそれぞれのフィールド魔法を使っていたな」

「そうだけど。え? 私がフィールド魔法を使ったの? なんで??」


 疑問符を浮かべるレイを置いて、エニフェルは本来の時間へと戻った空を見上げる。


「ーーチェックメイトだな、葉月」


 そして、()()を覗き込む白皙の巨人に目を細めた。

漆黒のゲヘナに立っている、第十九話を読んでくださりありがとうございます!

面白いな、続きが楽しみだな、と少しでも思ってくれたら幸いです。

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